泥の妄執 第6話 白金の導き
拘束を解かれた優は、
部屋の状況をざっと見渡した。
袁小と太郎によって、男たちはほぼ制圧されている。
「……勝ったな!!」
満面の笑みを浮かべた優は、
そのまま一直線にリカへ駆け寄った。
「リカちゃーーん!大丈夫かーー!」
その顔は完全にスケベ面だった。
(ぐふふ……後で茜ちゃんとも……ぐふふふ)
最低である。
だがその邪念こそが――
優の“スーパーモード”を再び呼び覚ました。
白金のオーラがふたたび優の身体を包み、
空気がビリビリと震える。
リカに抱きつこうと、
両手を広げて一直線に飛ぶ。
「リカちゃーーん! おいちゃん寂しかったよ〜!!」
(きゃほい〜)
その瞬間――
軌道が交差した。
リカに抱きつくように飛び込んだ優の身体と、
雁楽が手にしていた“人形”
禍々しい気配を放つそれは、
雁楽が錯乱したままリカへ向けて突き出したものだった。
だが――
ぐしゃり、と鈍い感触が走る。
それはリカではなく、
飛び込んできた優の胸元へと押しつけられていた。
「お!?」
一瞬の静寂。
だが次の瞬間、雁楽の顔が歓喜に歪む。
「がはははは!!まさか……久遠優に入るとは!!」
目を見開き、笑いながら叫ぶ。
「天宮との契約を解除して、俺がお前の主になってやる!!」
完全に予想外の幸運だった。
その様子を見ていた遊楽が、叫ぶ。
「いかん!!」
ふらつきながら立ち上がる。
「あれは禁忌聖遺物――《コントロール・ドール “絶”》だ!!」
場の空気が凍る。
「あれに取り憑かれた者は……人形になる!!
その上、ねじ込んだ相手に……逆らえなくなるぞ!!」
「優!!」
「優様!!」
袁小と太郎が同時に叫ぶ。
すぐそばにいたリカの顔から、血の気が引いた。
「そんな……」
絶望が広がる。
その時――
優の身体が白金の光を放ち、
部屋全体が一瞬で光に包まれた。
《コントロール・ドール“絶”》――
それはかつて、意志を奪い──
物語が始まろうとした、その瞬間。
優が、ぽつりと呟いた。
「……メンドクサイ」
次の瞬間、
禁忌聖遺物は優に触れた途端、
まるで存在そのものを否定されたかのように
静かに崩れ落ち、灰となった。
沈黙。
雁楽の顔から笑みが消える。
「……は?」
理解が追いつかない。
「ば、馬鹿な……禁忌聖遺物だぞ……?」
そのまま腰が抜ける
ぺたん、と床に尻もちをついた。
震える声。
「お前……化け物か……?
ありえんあり得んぞおおおおおおおお」
次の瞬間。
「「うるさい」」
優、袁小、太郎。
三人の声が重なる。
ドゴッ!!
ボコッ!!
スカ!!
三方向からの拳が――雁楽を叩き込んだ。
(なお、優の拳は届いていない)
雁楽はそのまま壁へと吹き飛び、
めり込んだ。
ずるり、と崩れ落ちる。
優は、とてとてと雁楽に歩いて近づく。
そして
ぺちん。
軽く雁楽の頭を叩いた。
「……ふっ、勝利だ」
ドヤ顔。
その優に、
拘束を解かれたリカが勢いよく抱きつく。
「優様……!
怖かったよ……!」
蒼穹殿――天宮マリアの政務室。
静寂の中、紙をめくる音だけが響いていた。
マリアは昨晩、濁木邸で起きた事件の報告書に目を通している。
その表情に揺らぎはない。
隣には、側近――華月アイリス。
「マリア様、よろしいのですか?」
抑えた声だったが、棘は隠せていない。
「雁楽を誘拐・監禁罪で拘束
遊楽にはお咎めなし……その判断で進めると」
マリアは視線を落としたまま、さらりと答える。
「ええ、構わないわ」
一枚、紙をめくる。
「濁木家に“首輪”を嵌められる
十分な収穫でしょう」
淡々とした声。
だが、その言葉の意味は重い。
「それに――過去を不問にすることで、
旧三家の派閥もよりこちらに寄りやすくなる」
アイリスの眉がわずかに動く。
「ですが……濁木家は禁忌聖遺物を所持していました」
その声音には、はっきりとした嫌悪があった。
「本来なら――」
「死刑、でしょう?」
マリアが言葉を継ぐ。
そして、ようやく顔を上げた。
微笑んでいる。
「あら。でも――無かったのでしょう?」
空気が、わずかに冷える。
アイリスは一瞬だけ沈黙した。
「優が……いえ記録上は、確認されておりません」
「そう」
マリアは静かに頷く。
「なら、その通りにしておきましょう」
禁忌聖遺物は“無かった”
マリアは報告書を閉じると、
何事もなかったかのように別の書類へ手を伸ばした。
その仕草はあまりにも自然で――
まるで、最初から結末が決まっていたかのようだった。
アイリスは横目でその様子を見つめる。
(土田茜に護衛が付くという情報……
あれを流したのは……
そして、あのタイミングで事件が起きた……)
思考が、ひとつに繋がりかける。
だが。
「……」
アイリスは、そっと目を伏せた。
それ以上は考えない。
考えるべきではないと、理解している。
沈黙。
その空気を破ったのは、マリアだった。
「ふふ」
小さく笑う。
「蒼穹料理闘宴。正直、最初は興味なかったのだけれど」
書類をめくりながら、楽しげに言う。
「ここまで反響があると……面白いわね」
視線だけをアイリスに向ける。
「次は、なにかしら」
すぐに答えが返る。
「スープ、と聞き及んでおります」
「そう」
マリアは、くすりと笑った。
「楽しみね」
蒼穹料理闘宴
第二戦――開幕




