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泥の妄執4話 《濁木邸 狂詩曲(ラプソディー)》

屋敷の中を、ひとつの小さな影が縦横無尽に駆け回っていた。


久遠優――

白金の髪は腰まで伸び、

緋色の瞳が宝石のように輝く。


アイドル衣装が驚くほど似合うその姿は、

どう見ても三歳ほどの幼女。


だが――

中身は転生してきた元オッサンである。


元々いい加減な性格だったのが、

この幼い身体になったことで

むしろ拍車がかかっていた。


(待てよ……? 酒じゃなくて――

ししし……こんな成金屋敷じゃ、絶対いい“お宝”あるだろ!!)


連日のカラオケ三昧で、

優のテンションは完全におかしくなっていた。


「きゃほいいいい!!」


叫びながら、

優は濁木邸の廊下を全力疾走していた。


後ろでは抜楽が何やら騒いで、優の後を追う。


袁小は冷ややかな目で、暴走する優と追いかける抜楽を眺めていた。

「……ふむ。そろそろ動くとしようか」


今日、リカが会場に来ることは霧音から聞いていた。

だがカラオケ大会が始まってから、リカの姿はどこにもない。


袁小たちはずっと気になっていた。


袁小のレギス能力が発動する。


嗅魂探査スピリット・トレーサー

相手の“魂の匂い”を記録し、都市内どこにいても所在を特定できる。


袁小は鼻をひくつかせた。

「……やはり、リカ殿はこの屋敷にいるな」


袁小とリカは何度も顔を合わせている。

そのため、魂の匂いは完全に記録済みだ。


隣で犬飼太郎が身を乗り出す。

「まじですか。なら、どこに?」


袁小はさらに鼻を研ぎ澄ませる。

「……掴んだ。こっちだ。行くぞ」


使用人たちは優のカラオケ地獄で疲れ切り、

注意が散漫になっている。


(今が絶好の探索時期じゃな)

袁小が走り出す。

その後を犬飼太郎が追い――


太郎の身体の一部が、わずかに揺らいだ。


次の瞬間、

その“揺らぎ”から、もう一人の男が姿を現した。


日陰譲二ひかげじょうじ レギス能力者――

優の護衛であり、太郎の契約者。


長い前髪で目元を隠し、

青白い顔色、ひょろりとした体つき。

一見無口そうだが、実はお喋りが大好きな男。


彼のレギス能力は

変宿メタモルホーム

契約したヴァッサル(太郎)の身体の一部に、

自分専用の“ホーム”を作る能力。

ホームにいる間、契約者は狙われず、太郎は常に100%の魔力を扱える。


日陰は太郎の肩からひょっこり顔を出し、

心配そうに呟いた。


「……リカちゃん、大丈夫かな」


太郎の身体そのものから現れるという異様な光景に、

太郎は慣れた様子でため息をつく。

「お前、出てくるタイミング考えろよ……」


だが、日陰は気にしない。

「だって心配なんだよリカちゃん最近悩んでたからね」


太郎は苦笑しながら走る。

「……まあ、確かにな」


――濁木邸・隠し部屋


茜が目を覚ますと、

口にしっかり猿轡を当てられ、声を出せない状態になっていた。


隣には――

同じように猿轡をされ、寝かされている女性がいる。


(……この人、誰だろう。すごく綺麗……)


茜はぼんやりと視線を動かし、

次の瞬間、自分が拘束されていることに気づいた。


その途端、悔しさに顔を歪める。


(……騙された)


電話越しに聞いた“父の危篤”。

その声の主は、最近土田家に雇われたばかりの使用人だった。


本来なら疑うべきだった。

だが――


信濃行きの終電が数分後。

母のことを思い出し、心が揺れた“タイミング”。

たった一人の家族である父の悲報。


気が動転し、

「すぐに向かわなきゃ」という思いだけが茜を動かした。


家を飛び出し、

焦るように近道を走る。


人通りのない路地裏を抜けようとした、その時。


「茜様」


突然、背後から使用人の声がした。


「え……?」

茜の視界が揺れた。


それからは、あっという間だった。

茜の行動は最初から“監視”されていた。


逃げようと必死に動いたが、

複数の男たちに囲まれ、

薬品の匂いが鼻を刺し、意識が暗転する。


遠のく意識の中で、

使用人の男が笑っていた。


「お嬢様……これで、やっとこのくだらない使用人を辞められますよ」


その言葉で、茜は悟った。


(……私、騙されたんだ)


麻袋に押し込まれ、

どこかへ運ばれていく感覚だけが残った。


そして――

目覚めた場所が、倉庫の隠し部屋だった。


茜は半泣きになりながら、

どうにか逃げる方法を探していた。


そのとき、

隣で同じように猿轡をされて寝かされている女性が、

ゆっくりと目を開ける。


(……起きたの?)


女性――リカが目を覚まし、

茜と視線が合った。


互いに声は出せない。

それでも二人は、必死に目と仕草だけで

意思疎通を試みようとした。


その時――

隠し部屋に足音が響いた。


男たちが一斉に姿勢を正す。


現れたのは、

どこか遊楽に似た顔立ちの男。

だが遊楽より若く、鋭い目をしている。


雁楽だった。

雁楽はリカを見て驚く。

そして顔を真っ赤にし、開口一番、怒声が飛ぶ。


「……お前たち、何をしている。

この女は久遠優のメイドだぞ。

なぜ攫っている」


男たちは驚いたように答える。

「す、すみません雁楽様……見られちまったんで……」


雁楽は深くため息をつき、

懐から小さな“人形”を取り出した。


顔も衣服もない、

ただ人の形だけを模した無機質な人形。


だが――

その存在から漂うのは、生理的に拒絶したくなるような、

どす黒い“気配”。


「馬鹿者。

このアイテムは一人にしか使えん」


それは――

禁忌聖遺物 《コントロール・ドール”絶”》


発見されれば即破棄、

所持していれば七大法に触れ、

問答無用で死刑になるほどの危険物。


だが、その効果は絶大。


対象に“ねじ込む”ことで、

対象を人形のように従わせる。

対象が死ねば、また戻ってくる。


ミスティック級の禁忌指定聖遺物。


”濁木家の切り札”


雁楽は茜を見下ろす。

「……茜、お前そのものには興味はない。

欲しいのは――その血筋だ」


茜は震えた。


リカは必死に茜を見つめ、

どうにか助けようと身をよじる。


だが、

雁楽の冷たい笑み。


雁楽はリカを一瞥すると、

冷たい声で告げた。

「……やむを得んな。君には、ここから退場してもらおう」


その言葉に、周囲の男たちがざわつく。

「じゃ、じゃあ雁楽様……“処理”の前なら、俺たちが――」


雁楽は面倒そうに手を振った。

「好きにしろ。ただし、手間をかけるなよ」


男たちが勢いづき、

リカにじり寄ろうとした――絶望その瞬間。


ドォォォン!!


隣の倉庫から、

とんでもなく大きな物が落ちる音と幼女の声が響いた。


「おおおおお!! 宝ありそうだなぁぁぁ!!

山吹色の箱の臭いがするぞ!!」


ガラガラと棚を倒し、

箱をひっくり返し、

明らかに“家探し”を始めている。


雁楽の眉がピクリと動く。


「……誰だ?」


続いて、聞き覚えのある声が響いた。


「優様~~~!! 勘弁してくれぇぇぇ!!」

抜楽の叫びだ。


一方その頃、

遊楽は青ざめた顔で全力疾走していた。


どうやら、

優の暴れっぷりに途中で遊楽まで巻き込まれ、

二人が全力で追いかけているらしい。


優が適当に壁や棚に触れるたび、

遊楽の顔色がどんどん青ざめていく。


(マズイ……! あの辺りは“拉致部屋”に繋がる装置……!

今はカラだが、あそこを見られるのはマズイ)


「おい!! そこは触るな!!」

遊楽が叫ぶが、

優はまったく気にしない。


むしろ――

何かに気づいたように、幼女の顔が変わった。


「……ん? なんか違和感あるな」

優は棚を軽く動かした。

ただそれだけのはずなのに、妙に引っかかる感覚があった。


「なんだ? 押してダメなら――引いてみるか〜」


「やめ!! 本当にやめろ!!」

遊楽が優を止めようと手を伸ばす――

だが、その瞬間。


カチッ。


小さな音とともに、

壁の一部がゆっくりと動き始めた。


隠し部屋に繋がる扉が開く。


優は目を輝かせ、

満面の笑みで叫んだ。

「がははは!! 越後屋だ〜〜〜!!

お主も悪よの〜〜〜!!

こういう隠し部屋って絶対これだろ〜〜〜!!」


その声に、リカの表情がパッと明るくなる。


(優様……!)


聞き慣れた声に、

リカは初めて安堵の息を漏らした。

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