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 真夜中、月明かりの下。

 森で一番大きく太い木。

 一人の男が豊穣の女神を祭る落葉高木オークの下で体を横にしていた。


 体中に裂傷の数々、出血もしている。

 その勇者――アルビンがその人だ。


 アーク・デーモンの爆発に巻き込まれこそしたが、地面に寝そべっていたこともあり、致命的な傷を負うことはなかったが、先の戦いで既に体はボロボロ。


「畜生……」

 アルビンは息も絶え絶えに呟く。


「――昔、この木の枝を切った王がいた」

 アルビンの耳に聞き馴染のない男の声が届く。

 草を踏む音も同時に聞こえて来る。


 アルビンは似たような気配を思い出す。

 王都でフローラに振られたときに、感じたあの――気配そのものを。


「か、体が……」

 アルビンは身体が言うことを聞かない。

 男は語る。


「怒った豊穣の女神は飢餓の女神を差し向け、王は国にある全ての食料を食べ尽くしてしまった」

 アルビンの前に立つ男――ローブ姿で角が二本生えていた。

 アルビンは見る。男の手にリンゴが握られているのを。


「それでも空腹は収まらず、やがて王は自らの手、足、胴体を食べ――最後に唇を食べたとき、欲望は満たされた――」


 男はリンゴにかぶりつく。


「お前は富、名誉、栄光を得ても尚、欲望は満たされないのか」

 男はアルビンに齧りかけのリンゴを差し出す。

「俺は……」

 

 アルビンは黙って涙を流した。

「委ねなさい――」


 懐から男は黒ジェムを取り出し、月光に当てる。

 それ(・・)雫へと変わり、グラスを満たす。


「――黒ジェムの力。お前の飽くなき欲望を全て満たしてくれようぞ」

 言うと男は、アルビンの口元にグラスを傾けた。

 そしてアルビンは――。



「アルナイル? アルナイル!!!」

「あっ――ごめん。どうしたの?」

「どうしたのじゃないわよ。地図ばっか凝視してて、まるで石にでもなったんじゃないかと思ったわ。勿論石になってもアルナイルを背負うことなんてしないけれども」


 出発して間もなく、レスターは地図を見返していた。

 今いる場所は東ソーレンセン地方、そしてこれから向かう場所は、中央ソーレンセン地方のルントラ湿地帯である。

 だが、レスターは地図上のルントラ湿地帯を見失っていた。

 レスターは自分が地図が余り得意ではなく、特に方向オンチであることは言えなかった。

 何しろ、今迄王都周辺で活動を殆どしていたのだから、いきなり十三もある地域に跨る冒険など到底、苦労する訳で――。


「で、すぐにルントラ湿地帯にいくつもり?」

 少し語気を荒らげるミルヒに、

「三軍神を含めた歴史についても知りたいから、情報を仕入れられるところがあれば嬉しいんだけど――写本には五百年前のことしか記されてないから、もっと古い歴史記述のあるザテリーテン興亡記があればね。出来れば第一巻、二巻とか読みたいな」

「第一巻は消失しており、複写本も存在しません。暗黒時代シニスター・レイン期、幾多の争いの中で全てを失ったと記憶しております」


 暗黒時代――生誕暦0年から五百年の間の時期のことだ。

 人間はキング・デーモンの復活の後に訪れた災厄のことは知らない。

 大陸に天変地異が起こり、生存競争が尤も激しかった時期として、知られている程度の時代だ。

 人魔は長生き故、情報が正確に残りやすいのかもしれない。

 レスターは考える。


「断片的な情報でもいいから、そんな施設があれば――例えば図書館とか……?」

「一般的な資料でしたら、各十三の地方に資料館が建てられておりますが、特に国家の歴史に関する情報は各地方の教会が、その管理を担っております。当然ながら、そのほとんどは口伝でのみですが。ここから一番近い村は――ルンビア村でしょうか」

 

 ヴァルターはルンビア村の位置に指を差す。

 一方、レスターは別のことを考えていた。

 口伝こうでんとは人魔の最も特筆するべき特徴で、人魔は己のギフトを次世代に口伝えのみで伝承する。紙の媒体で残すことはしない不思議な風習の一つである。


 ちょっと気になってたんだよな。

 レスターはこの際だから聞いてみようと考えて、二人に聞いた。


「ギフトの伝承は何故、口伝のみなのですか。有用なギフトなど、後世に参考になりそうな類はきちんと資料に残しておいたほうがいいと思うのですが……」


 レスターの問いに、ミルヒが答える。


「難しい質問だけど、一言で表すなら多様性ね。紙を通して何かを習うより、口で伝えた方が印象も変わってくるでしょう。そういうことよ」

「でも正確性に問題がでてきそうな……」

「人には様々な性格があるように、ギフトにも各々の特徴があるべきだって昔の人が決めて、以来口伝にしようって決めたのよ。私達はずっとそれでやりくりしてきたってわけ。それに、いつの時代も紙媒体での伝承は固く禁じているわ。違反しても罰則はないからザル法ばかりだっだけど、元々人魔は古きを重んじているから、犯す者はいないのよ。ジェムに逃げた人間・・と違ってね。私達はとても真面目な種なのです」


「へいへい……」


 皮肉たっぷりのミルヒの回答に、レスターは呆れながら、地図に再び目を向ける。

「ええと……ルンビア村っと……」

 教会は愚か村を見つけることすら叶わない。

 ヴァルターを見ていなかった付けが帰ってきた格好だ。


「あらら。アルナイルひょっとして……?」 

 声の調子を上げて、ミルヒが嬉しそうにレスターの横に割り込む。

「ああ、そうだよ! 地図――地図だけは見るのが苦手なんだ……言えなくてごめん」

 

 宣託後のレスターは良くも悪くも人付き合いを最近まで疎かにしていた。

 一人でいることも多かったから。

 だから誰かを頼るとかそういうことは極力さけている癖があった。

 早い話人付き合いが苦手で――でも、そんなことを言える訳でもなく落ち込むレスターだったが、ミルヒに背中を思いっきり叩かれた。

 

「もう、正直に言いなさい」

 ミルヒは指を鳴らしてヴァルターを呼び、レスターから地図を受け取ると印をつけた。

 ざっと今いる場所から半日といったところだった。

「分からないことあったら、私かヴァルターに聞くこと。いいわね?」

「あ、うん……ありがとうね」


 レスターはもやもやした気持ちをそのままに頭を下げると、地図を受け取り、三人はルンビア村へと向かうことになった。

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