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「クアルソ様、クアルソ様!!!」


 アーク・デーモンはのたうち回るもミュルグレスが体を貫いていて動けない。

 下半身は既に明日の方向に打ち捨てられている。

 死ぬのも時間の問題だろう。

 アーク・デーモンが連呼するクアルソは気になるが、ここは迅速に処理しなければならない。ひょっとして三軍神の一人か?


「後はアルナイルに任せるわ」

 ミルヒは風のようにサラリと言った。

「今日会ったばかりで俺に託していいのか? 処理を間違えたら国が吹き飛ぶかもしれないのに……」

「あの程度の黒ジェムなら城を吹き飛ばす程度よ。大したことないわ」

 

 人の話全然聞いてねぇ……というより、ミルヒは物事を軽く考えてる気が強い。

 現に一回失敗して迷惑をかけてしまった事実がある。

 

「でも、まだ鍛錬も程々に積んでないのに、弱っているとはいえヒール値1.55以下を本番で放つのは流石に……上位個体ですし……」

 たじろぐレスターに、

「男ならどっしり構えて、交わした約束を果たしなさい」


 ミルヒの喝が入る。

 もうなるようになれだ。


「問題ないわ、きっと成功する――私も一緒に見届けてあげるから、信じて魔法を唱えなさい」

 

 信じる――レスターはその言葉を久しく忘れていた。

 ジェムを取り入れ、スキル1の治癒士ヒーラーになってから、居場所といえば孤児院だけ。ギルドに行ってもパーティになど入れる訳もなく――最近まで入れてこそいたが――いずれにせよ不遇な毎日を送っていた。レスターもそれは受け入れてからの宿命であることは理解している。

 誰かに信じて貰える日が来るなんて思っても見なかった。

 しかも人間じゃない――今日会ったばかりの魔王様に言われた。


 アルビンにさえ言われたことのない言葉を、すんなりと聞けた。

 だから、レスターは少しだけ、ほんの少しだけ嬉しかった。

 やがて嬉しさは、小さな勇気に代わり、レスターは口を開く。


「――分かった。やってみる」


 レスターはアーク・デーモンの前に立つ。

「クアルソ様……! クアルソ様……!」


 レスターは大きく息を吸った。

 今迄の経験を、過去の記憶を全て思い起こして、治癒魔法ヒールを唱える。

 右手に出来上がった光の糸が一つに収斂し、レスターが手を下ろしたと同時に、一筋の輝きが黒ジェムに飲み込まれていく。


「クアルソサマァアアアアアアアアアア!!!」

 それがアーク・デーモンの最期の言葉となった。

 1.55以下の治癒魔法を与えられたアーク・デーモンは灰燼に帰し、手を合わせたレスターは後に残った鈍色になった黒ジェムを拾い、ミルヒに渡した。



 黒ジェムの回収に成功したときには既に、外は真っ暗になっていた。そのため後片付けもままならない謁見の間に集合することになった。


「危うく城が吹き飛ぶところだったわ」

 玉座に腰掛けると一言、ミルヒは嘆息に混じって言葉を洩らす。

 

「えっと……取り敢えず、俺もホッとしてます。自己スキル1の治癒ヒールしか出来ないくせに、ザテリーテンさん達が作り上げた国を吹き飛ばすやもしれない決断を、人間の俺がしてしまうなんて、とてもじゃないですが。想像できませんから……」

「ああでも言わなかったら、自暴自棄になってたでしょう?」

「よく御存じで……」


「長く生きていれば、相手の腹の内なんて嫌でも分かってしまうものよ。嫌でもね」


 黒ジェムに上限以上のヒールを当てると爆発する。

 即死特典は非常に有用だが、代償は大きい。慎重にヒールしないとだな……。


 ともあれ、何とかミルヒに落ち着くようにいわれて詠唱したお陰で、今回は成功した。

 レスターは喜ぶも、一番うれしかったことはミルヒが人間を嫌うと言っていながら、助けてくれたこと。


 誰かに信じて貰えるって、こんなに気持ちがいいものなんだな――。


「三軍神の討伐。お願いしてもよろしいかしら」

 ミルヒが言う。右手をレスターの前へと添えて。

 レスターは首を傾げる。


「人魔のしきたりよ。忠義の誓いを立てる者は相手の手の甲に接吻を――」

「なるほどね」

 レスターは膝を折り、左手を添えて、右手で優しくミルヒの手を握りながら、手の甲に唇を刻む。

「人の話は最後まで聞くべきよ――今アルナイルがした行為は、上に立つ者に膝をつけることで生涯の上下関係を決めるのよ。それでいいのね」

「郷にいては郷に従え――ですかね。特に皆さんは人間のことを嫌っているので、今回は白黒つけた方が得策かなあと。短絡的な考えです」

 

 八百年――国家を維持するのは容易いことではない。

 古いしきたりに、恒例行事は、国家を維持するのに最も簡単で容易な枠組みだ。

 無論、レスターは悪いと考えているわけではない。

 ただ、レスターは他の者よりも、規則ルールに則るのは当然で当たり前だと考えているだけにすぎないのだった。

 

「それでは俺は、出発の準備がありますので――出来ればだれか付き添いを付けてくれると嬉しいですが、できるだけやってみようかと思います」

「私――」

 

 レスターが歩みを止める。

「人間のことは好きになれない。あいつ等の所為で人魔族全員が、キング・デーモンのことを常に考えて生活しないといけないから。その癖、人間は私達のデーモン討伐に反して、今でものうのうと大量のジェムを消費しているときたら思い出しただけでも――ね」


 人間はジェムの恩恵をあずかるのに比例して、人魔は日々強くなるデーモンを延々と討伐していかなければならない。

 多大なる矛盾。レスターはパタゴニア王国に戻って、ジェムの消費を止めるよう説得しようとも考えた。

 けれども、一国だけの問題ではないことは、二人とも理解している。

 一人が、一国がジェムの消費を止めたところで、意味がない。

 延命はできるやもしれないが、根本的な解決は無理だ。

 人間はジェムを使い、戦争から日常生活までその全てをジェムに依存している。


 ならレスターは何が出来るかと考える。

 それはミルヒの欲求を満たすことのみ。

 デーモンと戦い、少しでも人魔の人達の役に立つことだけ。


 レスターはデーモンに対しての、即死治癒ヒール特典を持っている。

 今は不安定だが、慣れればきっと簡単に倒せる筈だ。

 レスターは考える。


 だから、今は黙ってこの場を去ろうとした。

 出来るかどうかは分からない。けれども頑張りたい気持ちは固まった。

 明日から、本当の戦いが始まる。

 レスターは、拳を作って前を向いて謁見の間を去ろうとした。


「礼節を重んじる人は別よ。あなたのこと気に入ったわ。明日から宜しく頼むわね」

 

 レスターは歩みを止める。


「そりゃどうも、ザテリーテンさん」

 レスターは緊張気味に振り返り、少し笑って言った。

「ええ。こちらこそ」

 そしてミルヒもまた、何処か嬉しそうに答えていた。


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