八
やばいな──。
率直な感想であった。
これはチラシというよりも公文書だ。しかし、硬い文章にスピリチュアルな要素が虫食いのように入り込んでいる。
違和感に次ぐ違和感で頭に内容が入ってこない。それでも、図書館で見かけた形焚き祭のポスターとは、何もかもが決定的に異なっている。
「毎年、私が印刷をしています」
麻子が白石の心を読んだかのように、そう告げた。「ああ、またやってしまった」と思いつつ振り返った。
「鳥敷にも電話や共聴施設はありますが、インターネット環境はありません。ですから、昔は隆人が……今は私が印刷して皆に配っているのです」
彼女は御盆を居間のテーブルに置いていた。味噌汁の美味しそうな香りが鼻腔をくすぐる。御飯、味噌汁、焼き魚にほうれん草のおひたし。カップラーメンやコンビニ弁当ばかり食べていた白石は、陽太の実家だというのに懐かしさを覚えた。
「どうかしましたか?」
麻子の一言に、白石は空咳をしてから返答した。
「ええと、この禁則事項って……」
「さぁ……冷めてしまう前に、お召し上がりください」
麻子は顔を伏せたまま、目を合わせようとしない。それ以上話す気はないようだ。
白石は台所で手を洗い、居間に戻って手を合わせた。
「ん? この御味噌汁……」
「お口に合いませんでしたか?」
「いえ! とても美味しいんですが……これはサトイモですか?」
「そうですよ。鳥敷で育てているサトイモです」
「鳥敷で……?」
「あとは蕪と人参と豆腐と長ネギ……余っていた具材で作っただけなので、おもてなしができるようなメニューじゃなくてすみません」
「いやいや、泊めていただけるだけでも大変ありがたいのに、夕食まで御馳走いただいて……感謝します」
それ以降、麻子との会話は途切れたままだった。白石は気まずさを覚えて麻子を見たが、黙然としたまま何も気にしていないようだった。
台所にラップのかけられた御椀が置いてある。後で千代に配膳するのだろう。
「……あの」
「何ですか?」
食事を終え、手持ち無沙汰になった白石は口を開いた。
「陽太の遺体は……明日、火葬するんでしょうか」
「土葬しますよ。既に手配は終えています」
「え? 土葬ですか?」
「日本の葬儀はほとんどが火葬ですから、珍しいですよね。でも、鳥敷では土葬です。鳥敷に限らず、土葬が主流の地域はあるらしいですね」
「……ああ、そういうことか」
思い返してみれば、たしかに麻子の話に出てきた北塚の老人は「葬制を切り替えた」と言っていた。
「気がつきませんでしたか? 村の外縁にはボロボロの墓地がたくさんありますよ」
「中央を突っ切ったので。入り口辺りには見かけませんでしたけれど」
「一応、入り口は村の顔なので」
「……はは、おっしゃるとおりで」
顔があの寂れた看板じゃ誰も移住なんてしないだろうに。
それにしても、土葬文化までは調べきれていなかった。
北塚村が被差別部落であった由縁は、皮革業に加えて土葬も関係しているかもしれない。
そもそも、現代こそ火葬文化であるが、江戸時代以前の葬制は土葬が主流であった。
しかし、土葬文化に伴い墓地の管理や葬儀を行う専門職である墓守に就いていた人々は、死=穢れ・不浄という触穢思想により、賤民身分として差別されることもあったという。
北塚が「穢多の地域」であり、北塚を追放された者たちの行き着きそうな位置にあった鳥敷は、「最も穢れた、人ならざる者の住まう地域」と安易に伝誦されてしまったのだろう。
文字通り、北の塚のそのまた向こうに鳥敷があるために。
差別される痛みを知る者が、また別の者を差別する構図なのだ。
虐待された子供が、虫を殺して心の均衡を保つように。やはり、人間の業とは何とも──。
「……では、土葬も鳥敷の掟によるものですか?」
「土葬も鳥敷の掟によるものです」
全く同じように麻子は繰り返した。
「手続きは火葬より一般的ではありませんし、少し手間がかかりますね。とはいえ、環境整備課の職員は鳥敷の葬儀作法に理解がありますから、土葬したいのなら鳥敷でどうぞ」
「別に訊いていません……」
麻子は白石の反応に唇を薄く持ち上げて笑った。軽いジョークのつもりだったらしい。
「でも、やはりやらなければならないことが決まっている分、従うだけでいいので楽ですよ。自分で考えて、自分で決定するというのは意外とストレスですから。それに形焚き祭直前なので、余計な対応をしなくて済んだのはラッキーでしたね」
ラッキーというのは不謹慎ですね、と麻子は他人事のように補足した。
バツが悪かった。それを慮ってくれたのか、彼女は続けて語った。
「気にしないでください。私は今でも、鳥敷の価値観に馴染みきれていません。それに、全く北桶市に染まっていない白石君はフレッシュでした。あなたを拒絶したのも、鳥敷に来てほしくなかっただけですので」
「だったら良かった……のか分かりませんが、はい、ありがとうございます」
彼女は頷いて、冷たいお茶を啜った。
「明日は、告別式を省いて埋葬式だけ執り行います」
「そんなことができるんですか?」
「仕方ありません。そうしないと間に合わないので。明日は形焚き祭です。皆さん、特に鳥敷寺の住職である永央さんは、色々準備してくれている中で、無理に時間を作ってくれているでしょうから」
彼女の言うとおり、鳥敷寺は協力者の一覧に入っていた。「形焚き」の実施場所も鳥敷寺だ。寺院で陽太の葬儀も形焚き祭も執り行うのであれば、鳥敷では産土神信仰と仏教が融合していると考えて間違いないだろう。
「明日の昼までには、帰った方がいいと思います……とだけお伝えしておきます。私は埋葬式の方に行かなければならないので、自由にしていて構いません。鍵を掛けますから、縁側から庭を回って外に出るようにお願いします」
「分かりました」
首を縦に振る白石を、麻子は優しげに見つめる。
「白石君は臆病なのか、無鉄砲なのか……どちらなのでしょうか。物語の主人公とは、往々にして二つの性質をバランス良く兼ね備えているものですが……あなたを『勇敢な人間』だと信じてみることにしましょうか」
御伽噺のワンシーンめいた発言であった。
どういう意図なのだろう。
彼女は微笑んでいる。その微笑みは淡い優しさ一色に尽きると思える。
胸の内が満たされ、寂寥としたままだった幼き心が潤うが──。
この僅かな不安はどこからくるのだろう。この不確かさは何なのだろう。
彼女の声はとても静かで透明だった。それでいて、澄んだ声色に似つかわしくない重たい使命を託されたかのようであった。
白石が曖昧に視線を逸らしていると、彼女は食器を下げ始めた。手伝いを申し出るも、先にお風呂に入るように勧められ、さらに「寝室の準備も終えていますから、先に寝てください」とまで言われてしまった。夕食の準備をしながら空いた時間で手を回してくれていたらしい。
白石は感謝しつつ居間を離れた。
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