第七十七話:東海の静謐
第七十七話:東海の静謐
元亀元年、神無月――。
三河と尾張の境に近い高根の村では、秋が深まり、雑木林の木々が赤や黄に色づいていた。棚田では稲の取り入れが終わり、村人たちは脱穀や冬支度に追われている。小川のほとりには落ち葉が流れ、水車が絶え間なく水を汲み上げる音が、山里の静けさに溶け込んでいた。
十年余り、幾度となく兵馬が行き交った国境の地である。
今も、世の争いがすべて消え去ったわけではない。だが、かつてのように、明日にも兵が押し寄せるのではないかと怯えながら暮らす日々は、少しずつ遠ざかりつつあった。
村外れの小川のほとりに建つ、茅葺き屋根の庵。
庭先の畑では、大根や蕪が青々と葉を広げていた。軒下には、市姫が手ずから仕込んだ干し柿が吊るされ、秋風に揺れている。
土間の竈からは湯気が立ち上り、居間には庭の寒菊を活けた素焼きの壺が置かれていた。飾り立てたものは何一つない。それでも、夫婦二人で暮らす庵には、日々の営みが積み重ねた温もりがあった。
「……翔次様。軒下の干し柿、そろそろ白く粉を吹き始めましたよ。もう少しすれば、甘みも増すことでしょうね」
台所から姿を現した市姫が、手拭いで手を拭きながら微笑んだ。
「ああ。今年は雨に悩まされることも少なかったからな。うまく仕上がってくれるといいが」
鍋蓋翔次は畑仕事を終え、縁先に腰を下ろしていた。麻の単衣の裾には土がつき、草鞋にも乾いた泥が残っている。十年余りにわたって今川家の軍略を担い、太守の側近として戦場を渡り歩いた男も、今は一介の百姓と変わらぬ姿で土に向き合っていた。
駿府を離れ、刀と軍配を返してから二月余り。
戦の指図をすることも、兵糧の帳面を調べることもない。朝になれば畑へ出て、日が傾けば家に戻る。そんな暮らしにも、ようやく身体が馴染んできた。
けれど、平穏とは、ただ何も起こらないことではない。
明日も同じ場所で目を覚まし、妻と食事をし、畑の土に触れられる。その当たり前の繰り返しが、どれほど得難いものなのかを、翔次は身に染みて知っていた。
――トントン。
柴垣の木戸を叩く音がした。
「おや。どなたでしょう」
市姫が顔を向ける。
「先日の元康殿のように、また誰かがふらりと訪ねてきたのかもしれないな」
翔次は立ち上がり、木戸へ向かった。
戸を開けると、そこには三騎の馬が控えていた。馬の鞍には、今川家の定紋である丸に二引両が見える。
その傍らで編み笠を脱ぎ、庭先へと足を踏み入れてきたのは、遠江・掛川城主にして今川家の前線を預かる岡部五郎兵衛元信であった。
「……元信殿!」
翔次が驚いて歩み寄ると、元信は武骨な顔をほころばせた。
「翔次殿。いや、今は庵の主とお呼びすべきか。野良仕事の最中に邪魔をいたして、相すまなんだな」
「滅相もございませぬ。しかし、掛川を預かる元信殿が、わざわざこのような山里までお越しになるとは……駿府か前線で、何か起こりましたか」
「案ずるな。合戦の急報を持ってきたわけではない」
元信は首を横に振り、懐から錦の袋を取り出した。
「太守・義元公より、そなたへ直々に渡すよう命じられた御親書じゃ。他の者に託すわけにはいかぬと、この元信が駿府から持参いたした」
袋には封が施され、義元の花押が記されていた。
「太守様から……」
翔次は表情を改め、両手で親書を受け取った。
その様子を見て、市姫も草履を履いて土間へ下りてきた。
「岡部殿、遠路はるばる、ようお越しくださいました」
元信は市姫の姿を認めると、居住まいを正し、深々と頭を下げた。
「市姫様におかれましては、ご健勝のご様子、まことに祝着至極に存じまする。太守様も、そなたがこの庵で穏やかに暮らしておられると聞き、安堵しておられましたぞ」
「お気遣いをいただき、ありがたく存じます。わたくしは、翔次様と共に、幸せな日々を送っております」
市姫は柔らかく微笑み、元信を庵の奥へと案内した。
供の近習二人は庭先に控えさせ、元信だけが板敷きへ上がる。市姫は囲炉裏の湯釜から茶を用意し、客の前へ静かに置いた。
元信は茶碗を押し戴き、一口すすった。
「……駿府の御殿でいただく茶もよいが、この庵でいただく一服は、また格別でござるな」
「何もございませんが、ゆっくりおくつろぎください」
「いや、何もないどころか、ここには今川家の者が望んでも得難いものがある」
元信は茶碗を置き、翔次を見た。
「翔次殿。そなたが刀を置かれたことを、惜しむ者は少なくない。されど、そなたが築いたものは、そなたが軍配を握っておらねば保てぬようなものではなかった。今川家の者たちも、ようやくそのことを知り始めておる」
翔次は苦笑した。
「俺一人で築いたものではございませぬ。太守様がお決めになり、松井宗信殿や長谷川元長殿をはじめとする軍監衆が、日々の務めを果たしてくださっているからこそです」
「うむ。太守様も、そなたが残した仕組みを家中の者が受け継いでおることを、何より喜んでおられた」
元信は、そこで言葉を切った。
「……さて、そろそろ親書をお改めくだされ。太守様は、そなたの返答を待っておられる」
翔次は錦の袋を解き、巻物を広げた。
行灯の明かりの下、美濃和紙には義元の流麗な筆跡が並んでいた。
『――翔次よ。庵の暮らし、息災なるや。
そなたが駿府を去りてより二月、東海道三州の秋の実りは、まことに天の恵みの如く国中を満たしておる。
そなたが築いた霞堤の治水は、安倍川をはじめとする河川の氾濫を抑え、深耕と干鰯を用いた農政は、駿河・遠江の田畑を潤しておる。駿府の会所には諸国の商人が集い、塩や茶の商いも盛んとなった。
三河の元康もまた、そなたと共に定めた兵の養い方を守り、民の父として三河の武士団を束ねておる。
そなたが刀を置き、庵へ退いてなお、そなたの残した理はこの東海道に息づき、今川の民を潤し続けておる。
予は、そなたという無二の友を得たことを、日々ありがたく思うておる』
翔次は、巻物を持つ手に少し力を込めた。
自分が駿府を離れた後も、今川家は歩みを止めていない。軍監衆は兵站を回し、領国の役人たちは田畑と市を支え、義元はそれらを束ねている。
己の知恵が、ただ一人の軍師の才覚に依存するものではなく、家中の者たちが受け継げる仕組みとして根づき始めている。
それは、翔次にとって何よりの知らせだった。
巻物には、さらに西方の情勢が記されていた。
『――尾張、美濃、伊勢、近江、越前に広がる信照公の保護圏との境目においても、今のところ大きな衝突は起きておらぬ。
境川の水上通商定書は川並衆によって守られ、大湊の廻船も、我が伊良湖岬の海防と互いに定めた取り決めを侵すことなく、交易を続けておる。
朝廷との交渉、上杉謙信との誓約、武田・北条との修好も、今のところ大きく崩れてはおらぬ。
今川と信照公が戦を避ける道を選んだことは、諸国にも知られ始めておる。されど、平穏は一度結んだ約定のみで保てるものではない。互いが約定を守り、境目を見張り、民の暮らしを損なわぬよう努めてこそ、長く続くものと心得ておる。
予とそなたが十年の苦闘の果てに築きしものを、今後も守り抜く所存じゃ』
翔次は小さく息を吐いた。
境川の取り決めも、尾張との和睦も、今川が築いた国の仕組みも、これで永遠に安泰となったわけではない。
だが、義元はそれを承知している。
戦を避けるために何を守り、何を怠ってはならないか。太守自身が、その重さを理解しているのだった。
翔次は、胸の奥にわずかな安堵を覚えた。
――しかるに。
巻物をさらに読み進めた翔次の視線が、一点で止まった。
ここから先は、先ほどまでの太守としての公の言葉とは異なっていた。筆跡には、書き手の胸の内に沈んでいた苦悩がにじんでいる。
『――しかるに、翔次よ。
国が富み、民の暮らしが落ち着くほど、予の胸には、誰にも明かせぬ重き棘が残り続けておる。
……我が愛娘、嶺のことである』
「……嶺姫様」
翔次の口から、かすかな呟きが漏れた。
傍らで茶をすすっていた市姫が、はっと顔を上げる。
今川嶺姫。
太守・今川義元の娘であり、足利源氏の名門に連なる姫君。かつて甲斐の武田家との同盟を結ぶため、武田信玄の嫡男・義信に嫁いだ女性である。
しかし、夫の義信は重い病に倒れ、若くして世を去った。嶺姫は駿府へ戻り、それから三年、奥御殿に身を置いていた。
巻物の墨跡は、ところどころ震えるように乱れていた。
『――嶺が甲斐より駿府へ戻りてより、早や三年。
あの子は今なお亡き夫を悼み、喪に服して奥御殿に籠もり、経文を唱えるほか、人前に姿を現そうとはせぬ。
庭の桜が咲こうとも、季節が巡ろうとも、あの子の心がほどける気配はない。
駿府の館が祝宴に沸き、家中の者たちが国の豊かさを喜ぶ折にも、予は奥御殿から聞こえる嶺の忍び泣きを耳にする。父として、その声を聞くたび、胸が裂ける思いがするのじゃ。
甲斐との同盟のため、予は娘を政略の具として嫁がせた。その夫を失い、あの子を駿府へ連れ戻すこととなった。親として、娘の笑顔を守れなんだことを、今も悔いておる』
翔次は、巻物から目を離せなかった。
天下に名を知られた大太守が、一人の娘の悲しみを前に、己の無力さを噛みしめている。
義元は、ただ娘を哀れんでいるのではない。自らが国を治める者として下した決断が、愛する娘の人生を深く傷つけたことを、忘れられずにいるのだ。
『――嶺の美貌と家格を求め、諸国の大名からは、今なお再嫁の申し出が絶えぬ。
相模の北条、西国の毛利、さらには京の公家衆に至るまで、嶺を正室に迎えたいと使者を寄越してくる。
されど翔次よ。予は、もう二度とあの子を政略の鎖に繋ぎとうはない。
大名の思惑のために娘を嫁がせ、本人の心を顧みぬまま婚姻を強いることなど、断じてできぬ。
しかれど、このままでは、あの子は誰の温もりにも触れぬまま、奥御殿の中で孤独に生涯を終えてしまうやもしれぬ。
予が世を去った後、あの子は一体いかにして生きてゆけばよいのか……』
親書の結びには、義元の切なる願いが綴られていた。
『――翔次よ。
そなたは兵を損なわぬ用兵を考え、大水を鎮め、人の心を汲み取り、東海道に平穏をもたらしてくれた。
なれば、どうか嶺の心を救う道を考えてはくれまいか。
あの子が再び笑顔を取り戻し、一人の女子として心から安らげる場所を見出してはくれぬか。
これは太守としての命ではない。
一人の父親として、そなたに頼むことである。
どうか、力を貸してほしい』
翔次は、巻物を静かに閉じた。
板敷きの上に、深い沈黙が満ちた。
元信は太い髭を震わせ、苦しげに息を吐いた。
「……太守様のお心、まことに胸を打つものがあるな。嶺姫様は気品高く、情け深いお方であられた。武田の若殿が亡くなられ、駿府へ戻られた折には、館の者たちも皆、心を痛めておった」
元信は目を伏せた。
「御殿の奥で塞ぎ込まれる姫様のお姿を見るのは、古参の者にとっても辛いことでござった。諸大名から求婚が届くたび、太守様は『娘を二度と道具にはせぬ』と、頑としてお断りになってこられた。されど、娘の行く末を案じぬ日はなかったのでござろう」
翔次は、親書を胸元に押し戴いた。
胸の奥に、熱いものが込み上げていた。
(……太守様)
駿府の館に座す義元の姿が、脳裏に浮かぶ。
東海道の大名たちを束ね、戦を避ける道を選び、領国を豊かにしてきた男。その義元が今、太守としての命令ではなく、一人の父親として、己に頭を下げている。
軍師としての肩書を離れたからこそ、利害を超えて頼ることのできる相手だと思ってくれたのだろう。
その信頼を、軽々しく受け取るわけにはいかなかった。
「元信殿」
翔次は静かに顔を上げた。
「太守様の御親書、確かに承りました。嶺姫様のお心を少しでも和らげ、御自身が望まれる生き方を見つけられるよう考えてみます」
元信は、翔次の顔を見つめた。
「おお……引き受けてくださるか」
「ただし、勝手に姫様の行く末を決めるわけにはまいりません。どなたと縁を結ぶにせよ、まずは嶺姫様御自身のお気持ちを大切にしなければならない。そのことだけは、太守様にもお伝えください」
元信は、深く頷いた。
「……うむ。そなたなら、そう申すと思うておった。太守様も、きっとお分かりくださるであろう」
元信は茶を飲み干すと、改めて翔次に頭を下げた。
「よろしく頼むぞ、翔次殿」
「できる限り、力を尽くします」
元信は市姫にも礼を述べ、供の近習たちと共に庵を後にした。
元信の一行が境川の向こうへ去り、庵に再び静けさが戻った頃、夕暮れの光が縁先を茜色に染めていた。
翔次は縁側に腰を下ろし、義元の親書を膝の上に置いたまま、西の空を見つめていた。
隣に、市姫がそっと腰を下ろした。
「……嶺姫様のお話、わたくしも胸が締めつけられる思いで聞いておりました」
「お市……」
翔次が振り返ると、市姫は悲しげに目を伏せていた。
「嶺姫様は、今川家の大切な姫君。尾張におりました頃から、その清らかな美しさと、慈悲深いお心は風聞に聞き及んでおりました。名門に生まれながら、武田家との同盟のために嫁がれ、若くして夫を失い……今は駿府の御殿で、心を閉ざしておられるのですね」
市姫は、膝の上に置いた両手をそっと重ねた。
「わたくしも、武家に生まれた女子でございます。家のため、国のためと申されれば、本人の願いが後回しにされることもある。その悲しみが、どれほど深いものか……少しは分かるつもりです」
市姫は翔次の手を両手で包んだ。
「わたくしは、翔次様に巡り会い、こうして愛され、田舎の庵で暮らすことができました。けれど、もし翔次様と出会えなかったなら……わたくしも、いつか誰かの都合で嫁がされるか、清須の奥御殿で孤独に暮らしていたかもしれませぬ」
「お市……」
「だからこそ、嶺姫様にも、ご自身の人生を取り戻していただきたいのです。誰かの思惑のためではなく、ご自分の心で生きる道を選んでいただきたい」
市姫は、翔次の手を握る指に少し力を込めた。
「翔次様。どうか、嶺姫様が再び笑えるよう、力を貸して差し上げてくださいませ。わたくしにできることがあれば、何でもお手伝いいたします」
翔次は、妻の手を握り返した。
「ああ、お市。俺も、同じ気持ちだよ」
しばらく、二人は黙って夕空を眺めていた。
やがて翔次の脳裏に、ある人物の姿が浮かんだ。
尾張・清須城に座す織田十郎信照。
信長の死後、四天王と呼ばれる家臣たちを従え、五か国に広がる保護圏を築いた男。天下の大名たちから恐れられ、何を考えているのか分からぬ存在として語られている一方、市姫にとっては、幼い頃から自分を気にかけてくれた大切な兄でもある。
市姫の話では、信照は妹を深く慈しみ、民を傷つけることを嫌い、天下の重責を一身に背負うかのように、清須城の奥で沈黙を守り続けているという。
(……待てよ)
翔次は、ふと考えた。
(信照殿は、今も独り身のままだったはずだ。もし、嶺姫様を迎える相手として考えるなら……)
そこまで思い浮かべた瞬間、翔次は我に返った。
(いや、待て待て。何を考えているんだ、俺は)
思わず額を押さえた。
信照は、天下の大名たちがその一挙手一投足に目を凝らすほどの人物だ。彼の本心を知る者は少なく、その沈黙は周囲の者たちに畏れと憶測を生んでいる。
市姫が兄を慈しみ、信頼していることは分かる。だが、それだけで信照の心の内をすべて知ったつもりになるわけにはいかない。
まして、嶺姫は夫を失い、長い悲しみの中にいる。そこへ、天下の勢力図や家格の釣り合いだけを理由に、別の縁談を持ち込むなど、義元の願いに背くことになりかねなかった。
(太守様が求めておられるのは、政略のための新たな婚姻じゃない。嶺姫様が、自分の心で生き方を選べるようにすることだ)
翔次は深く息を吐いた。
軍師として長く生きてきたせいか、何か問題が起きれば、つい人と人を結び、勢力と勢力を組み合わせて、最も都合のよい形を探そうとしてしまう。
だが、人の心は、駒ではない。
嶺姫が何を望んでいるのか。何を恐れ、何を失い、何を取り戻したいと思っているのか。それを知らずして、良縁を探すことなどできない。
(まずは、嶺姫様のお気持ちを知ることから始めよう。誰と結ばれるかを決めるのは、俺でも太守様でもない。嶺姫様御自身なのだから)
「……翔次様?」
市姫が心配そうに顔を覗き込んだ。
「急に額を押さえられて……どうかなさいましたか?」
「いや。少し、考えを整理していただけだよ」
翔次は苦笑し、妻の手を握り直した。
「太守様の願いに応えるためにも、まずは嶺姫様のお気持ちを知る必要がある。良縁を探すにしても、それはその先の話だ」
「はい。わたくしも、その方がよいと思います」
市姫は安堵したように頷いた。
「嶺姫様が、ご自分の心を取り戻せるように。わたくしも、できる限りお力になります」
「ああ。二人で考えていこう」
夕陽は山並みの向こうへ沈み、空には一番星が瞬き始めていた。
秋の夜風が、庵の茅葺き屋根をそっと撫でていく。
遠く、境川の水音が聞こえていた。
東海道には、ようやく戦を避けて暮らしを立て直すための時が訪れつつある。だが、国の平穏が人々の心の傷まで癒やしてくれるわけではない。
翔次は、膝の上の親書をもう一度見つめた。
かつて自分は、己の保身から歴史を狂わせ、信長を死なせた。その悔恨は、今も消えてはいない。
それでも、目の前にある願いから目を背けるつもりはなかった。
一人の父親が娘を案じている。
一人の女性が、長い悲しみの中で立ち止まっている。
その人が再び自分の足で歩き出せるよう、何ができるのかを考える。それもまた、これからの自分にできる務めなのだろう。
翔次は立ち上がり、市姫へ手を差し伸べた。
「さあ、中へ戻ろう。夜は冷える」
「はい、翔次様」
二人は手を取り合い、庵の中へと戻っていった。
囲炉裏には、赤々とした炭火が熾っている。
その小さな灯の下で、翔次は新たな務めに思いを巡らせ始めた。
戦場を離れた軍師が、今度は一人の姫の心に向き合う。
その道筋は、兵を動かすよりも難しいものになるかもしれない。
けれど、だからこそ、誰かの思惑だけで結末を決めてはならないのだった。




