第六十六話:平和な十年の春
第六十六話:平和な十年の春
元亀元年、皐月。
駿府の軍監所では、春の軍役に関する帳面が最後の照合を迎えていた。
「境川の警固分も、これで揃いました」
勘定方の長谷川元長が、綴じた帳面を松井宗信の前に置いた。
宗信は頁を繰り、いくつかの記載を確かめてから、末尾に目を留めた。
「この一年、敵の刃や矢による戦死者は、記録の上では出ておらぬか」
「はい。届け出と各隊の記録を照らし合わせました。病や事故による死者まで含めて、皆無ということではございませぬ」
「分かっておる。そこを混同してはならぬ」
宗信は帳面を閉じた。
数字は数字として扱わねばならない。喜ばしい結果だからといって、記録にないことまで書き加えれば、次の判断を誤る。
それでも、境川の警固にあたる兵たちが一年を通じて刃を交えずに済んだことは、軽い話ではなかった。
かつては小さな争いにも兵を繰り出し、境目の村々はそのたびに人手と作物を失っていた。今では砦の守りを保ちながら、兵の配置を見直し、道や渡し場の様子を確かめる仕事に力を割けるようになっている。
戦がなくなったのではない。戦を起こさずに済ませるための手立てが、ようやく働き始めたのである。
「翔次殿にも、目を通していただきましょう」
宗信がそう告げたとき、部屋の隅で農政の帳面を読んでいた鍋蓋翔次が顔を上げた。
「何かありましたか」
「この一年の境目の記録です。戦死者は、敵の刃や矢によるものに限れば、届け出の上では一人もおりませぬ」
翔次は差し出された帳面を受け取り、数字だけでなく、添えられた報告にも目を通した。
巡回の回数。兵糧の出入り。道の補修。村々から寄せられた訴え。どれも華々しい手柄とは呼びにくい。だが、そうした仕事が途切れず続いたことが、この記録を支えていた。
「よく調べてくださいました。これを、誰か一人の功として扱わぬようにしましょう」
「軍師殿のお考えを、皆が実行した結果でございましょう」
「考えただけでは、兵は動きません。現場で手を動かした者がいて、初めて役に立つのです」
翔次は帳面を返した。
そのとき、廊下から聞き慣れた足音が近づいてきた。岡部元信が障子を開け、軍監所の中を見渡した。
「なるほど、皆ここにおったか。翔次殿、少し外を歩かぬか」
「何かご用ですか」
「用というほどのことでもない。駿府の町を見てきた。その話をしたいのよ」
元信は軍監たちに軽く会釈すると、翔次を連れて表へ出た。
駿府の鍛冶町には、槌の音が絶えなかった。
ただし、聞こえてくる音は以前と少し違っていた。槍の穂先や刀身を打つ店もある一方で、鍬や鎌、鍋の修繕を引き受ける店が目立つ。店先には農具を抱えた百姓が順番を待ち、荷を運ぶ馬の脇では商人が値を相談していた。
「前は、鍛冶屋といえば武具の注文に追われておったものだ」
元信が店先を眺めながら言った。
「今でも武具は要ります。ただ、すべての職人がそればかり作らずともよくなったのでしょう」
「うむ。兵糧蔵を守っていた者の中にも、暇を得て村へ戻った者がおる。先日、そやつらが田の水路を直しておった。慣れぬ手つきでな」
元信は思い出したように笑った。
「見かねた百姓に、鍬の持ち方から教わっておったわ。槍なら誰にも負けぬと胸を張っていた男が、畦ひとつ直すのに半日もかかる。まこと、世の中は思うようにならぬ」
「それでも、戻れる場所があるのはよいことです」
「そうよ。戦場で役に立つことと、村で役に立つことは違う。わしも、ようやくそれを認められるようになった」
元信の声には、かつての自分を笑うような響きがあった。
彼は長く境目を預かってきた。敵の動きを警戒し、砦を守り、兵を鍛えることこそが務めだと信じていた。その考えが誤りだったわけではない。守りを怠れば、村の暮らしはたちまち脅かされる。
だが、守ることだけに追われていては、守った先に何を残すのかを見失う。
「翔次殿。兵を鍬に戻せる日が来るとは、昔は考えもしなかった」
「戻った兵が、また槍を取らねばならぬ日が来ないようにする。それも、これからの務めですね」
「まったく、休ませてはくれぬ軍師殿よ」
元信は笑ったが、その目は町を行き交う人々に向けられていた。
翔次もまた、しばらく足を止めていた。
店先で農具を受け取る百姓。荷の数を確かめる商人。軒先で遊ぶ子供たち。どれも、十年の歳月を経て初めて現れた光景ではない。戦の合間にも、人は暮らしを続けてきた。
ただ今は、その営みを途切れさせまいとする仕事に、少しずつ手が回るようになっていた。
町を離れ、西へ向かう街道を歩く。
道端では人足が側溝の泥をさらい、傷んだ路面に土を入れていた。荷車が通るたびに車輪が小さく軋み、馬の蹄が乾いた音を立てる。旅人の列が途切れることはなかったが、道のすべてが整っているわけではない。雨で崩れた箇所には、まだ修繕を待つ札が立っていた。
荷車を押していた男が、道の脇で車輪を確かめている。翔次が声を掛けると、男は顔を上げた。
「車軸でも傷みましたか」
「いや、少し緩んだだけさ。これなら直せる。道が悪けりゃ、荷を積んだまま立ち往生だ」
男は車輪を押さえ、連れの者に楔を渡した。
「昔よりは通りやすくなったが、雨が降ればぬかるむ場所もある。渡し場だって、水が増せば待たされる。それでも、道中で何度も荷を調べられたり、関銭を取られたりすることが減ったのはありがたいね。荷が予定どおり着けば、商いの算段も立てやすい」
「どちらまで運ぶのです」
「岡崎を経て尾張まで。帰りに紙と木材を積むつもりだ。うまく売れれば、次はもう少し荷を増やせる」
男は楔を打ち込み、車輪を確かめた。荷車は再び動き始めた。
翔次はその背を見送った。
道が商いを支え、商いが町を潤す。そのつながりは、軍議の席で語るよりも、目の前の荷車一台を見ている方がよく分かる。
やがて大井川の渡し場に着いた。
川の水は季節の雨を受けて増しており、渡し守たちは流れを見ながら、船を出す時刻を相談していた。岸辺には順番を待つ旅人と荷が並び、茶屋では足を休める者たちが湯をすすっている。
川を思いどおりにすることはできない。堤や水制を整えても、大雨が続けば危険は増す。だからこそ、流れを見定め、渡れる時を選び、無理をしないことが大切だった。
翔次は川岸に立ち、渡し守の指示で荷を移す人々を眺めた。
誰もが、川を渡ることだけを考えている。歴史の行く末を案じる者も、天下の形を論じる者も、この場にはいない。向こう岸へ着き、荷を届け、今日の宿を見つける。それが彼らの一日だった。
その当たり前の営みを、十年前の自分は想像できていただろうか。
翔次は川面から目を離した。
思い出そうとせずとも、田楽狭間の雨は時折、記憶の底からよみがえった。自分の言葉が何を変えたのか。その結果として、誰が生き、誰が歴史の表舞台から消えたのか。答えの出ない問いは、年月を重ねても消えなかった。
信長の死を、今の平穏だけで正当化することはできない。
あのとき、自分は生き延びたかった。それは確かだ。天下を変えようとしたわけでも、誰かを救う覚悟があったわけでもない。目の前の危機から逃れようとした一言が、思いもよらぬ結果を招いた。
その後、自分が選び直してきた道にも、誤りがなかったとは言い切れない。
だが、今ここにある暮らしもまた、確かに現実だった。
翔次は茶屋で白湯を一杯もらい、代金を払った。店の者は受け取った銭を確かめると、次の客へ声を掛けた。特別な礼も、軍師への称賛もない。そのことが、かえって心に残った。
自分が守ろうとしてきたものは、こういう暮らしだったのかもしれない。
そう思っても、過去が消えるわけではない。これまでの働きを誇りに思うことと、信長の死に責任を感じ続けることは、両立するのだろう。
翔次は土器を返し、再び街道へ出た。
夕刻、翔次は境川沿いの刈谷要塞へ着いた。
門番が礼をして道を開ける。城内では兵たちが交代の支度をし、物見の者が川向こうの様子を報告していた。見張りが怠られているわけではない。人々が穏やかに暮らしている日にも、境目を守る者の仕事は続いている。
物見櫓へ上がると、境川の流れと、その向こうの尾張の野が見渡せた。
川辺では、仕事を終えた者たちがそれぞれの岸へ戻ろうとしていた。互いに声を掛け合う者もいる。すべての者が親しくなったわけではないし、昔の遺恨が消えたわけでもない。それでも、顔を合わせるたびに槍を構えるような日々からは、少しずつ遠ざかっていた。
翔次は欄干に手を置いた。
尾張には、織田信照がいる。
信照の考えを、翔次は今も測りかねていた。こちらの守りを試すような動きはあっても、境川を越えて大軍を差し向けることはなかった。信照の保護圏もまた、武力で土地を一つずつ奪うやり方とは異なる形で広がっている。
それがどこまで続くのか。信照が何を望んでいるのか。確かな答えは、まだない。
ただ、今川家が尾張への侵攻を永久に放棄し、恒久の不可侵を目指す方針は、すでに義元の中で定まっている。あとは、その意志を両家の取り決めとして形にし、境目の現場で守れるものにしていかなければならない。
和睦の言葉を交わすだけでは足りない。荷の通行、境目で起きた争いの裁き、兵の動かし方。小さな問題をどう扱うかまで決めてこそ、約束は日々の暮らしを支えるものになる。
川面に夕陽が差し、流れの一部が赤く染まった。
十年という歳月は、すべての傷を癒やしたわけではない。だが、戦を避けるために積み重ねてきた仕事は、確かに人々の暮らしを変え始めていた。
翔次は西の空を見た。
これから駿府へ戻り、義元に報告しなければならない。そして、その先には清須での対面が待っている。
十年の成果を守るために必要なのは、もう一度、知恵比べに勝つことではない。互いの境を認め、守るべきものを明らかにし、破れば双方が困る約束を結ぶことだ。
その道筋が容易でないことは分かっていた。
翔次は櫓を降り、城内の者たちに明朝の出立を告げた。
川の向こうでは、尾張の灯が一つ、また一つとともり始めていた。




