第四十六話:寺社勢力の封殺
第四十六話:寺社勢力の浸透
伊良湖岬の沖合に現れた伊勢廻船の船団が、三河湾へ入ることなく引き返してから、三月余りが過ぎていた。
永禄十年、弥生。
駿河の山々には春の色が差し始め、安倍川の流れも雪解けの水を含んで勢いを増していた。駿府の町には遠国からの商人が訪れ、街道には荷を背負う者や参詣に向かう人々の姿が見られた。
境川沿いの備えは維持され、三河沿岸の見張りも少しずつ整いつつあった。されど、国境を固め、海の動きを見張れば、それだけで領国の安寧が保たれるわけではない。
人は道を通じて物を運ぶ。
人は人の言葉を信じ、祈りを捧げ、時にはその祈りを頼りに生きる道を選ぶ。
そして、その心の動きは、兵の数や城の堅固さだけでは測れぬものであった。
弥生半ば。
駿府・今川館の奥御殿に、遠江の秋葉山、三河の鳳来寺、さらには伊勢神宮の御師に関わる者たちの動向を記した注進状が届けられた。
鍋蓋翔次は、数通の書状を前に黙していた。
傍らには、掛川方面の用向きから戻った岡部元信と、三河の警固を預かる三浦上総介が控えている。二人の顔には、軍勢の動きを報告するときとは異なる緊張が浮かんでいた。
「翔次殿。これは、兵や船の動きとは違う厄介事になりそうじゃ」
上総介が、書状の一つを指で叩いた。
「伊勢の大湊や山田に信照の旗を掲げる商人が増えて以来、伊勢神宮の御師と縁を持つ者や、尾張・美濃から来た僧、山伏、旅の宗教者が三河や遠江へ入り込んでおる。その中には、信照の保護圏に入れば通行の負担が軽くなり、商いも参詣も容易になると説く者がおるようじゃ」
「皆が皆、信照の命を受けて動いているわけではございますまい」
翔次は書状から目を上げた。
「御師にも僧にも、それぞれの務めがございます。参詣人を導く者もあれば、薬種を扱う者もあり、寺社の縁を頼りに各地を巡る者もおりましょう。信照方の保護を受ける商人と付き合いがあるからとて、ただちに敵の間者と決めつけることはできませぬ」
「されど、今川の領内で、今川を離れるよう勧める者がいるのは事実ぞ」
元信が太い眉を寄せた。
「『尾張や美濃では関銭が軽く、商いがしやすい。寺社の営みも妨げられぬ。ならば、今川の領内にいるより、信照の旗を頼る方がよい』と、村々で語っている者がいるという。中には、領内の役人を悪しざまに言い、百姓たちの不満を煽る者もおる」
「その話が、どこまで確かなのかを見極めねばなりませぬ」
翔次は書状を重ねた。
「信照方が実際に与えている保護の利を語る者もおりましょう。自らの商いのために、今川の負担を重く見せようとする者もおりましょう。あるいは、今川と信照の双方を争わせ、己の利益を得ようとする者もいるかもしれませぬ」
三浦上総介は苛立たしげに息を吐いた。
「ならば、怪しき者を捕らえて詮議すればよい。国境を越えて入り込み、領民に他国へ移れと説く者を放っておく理由はあるまい」
「詮議は必要にございましょう。されど、僧や山伏であるというだけで捕らえることはなりませぬ」
翔次の声は静かだったが、言葉には一歩も譲らぬ強さがあった。
「寺を焼き、僧を斬れば、信照の旗を掲げぬ者まで今川を恐れるようになります。信仰を守ろうとする者も、寺社の権益を守ろうとする者も、ひとしく我らを敵と見なしかねませぬ。そうなれば、今川が自ら新たな敵を作ることになりまする」
「しかし、宗教の名を借りて国を乱す者まで見逃せと申すのか」
「そのような者を見逃せとは申しておりませぬ。何をしたのかを確かめ、罪があれば、その行いに応じて裁けばよいのです。信仰そのものと、信仰を利用して人を欺く行いとは、分けて考えねばなりませぬ」
元信は腕を組み、しばらく考え込んだ。
「三河には一向宗の門徒も多い。寺社を一様に敵と見なせば、門徒の間に不安が広がるだけでは済まぬかもしれぬな」
「左様にございます」
翔次は頷いた。
「寺社と門徒の結びつきは、ただ武力で断ち切れるものではございませぬ。弾圧すれば、今まで今川に不満を抱いていなかった者まで、寺を守るために立ち上がるかもしれませぬ。信照方にとって、我らがそのような騒ぎを起こすことは、願ってもないことでございましょう」
そのとき、奥の座から声が落ちた。
「翔次。そなたは、この動きをいかに見る」
今川義元であった。
義元は白扇を膝に置き、重臣たちの言葉を聞きながら、静かに注進状へ目を通していた。
「信照が寺社を用いて我が領国を乱そうとしておると、そなたは考えるか」
「その可能性はございます。されど、すべてが信照方の謀り事とは限りませぬ。信照の保護圏が商人や宗教者に利を与えているならば、その利を求めて人が動くのは自然なことでございます」
翔次は一礼した。
「ゆえに、我らがすべきことは、寺社を敵に回すことではございませぬ。今川の領内にいることで得られる安心と利を、改めて示すことでございます」
「安心と利、か」
「はい。寺社にも、商人にも、百姓にも、それぞれ守りたいものがございます。寺社であれば境内と祭礼、参詣人の往来。商人であれば荷と船、道中の安全。百姓であれば田畑と家族の暮らし。今川家がそれらを守ると約し、その約束を実際の政道で果たせば、わざわざ他国の旗を頼らずともよいと考える者は増えましょう」
義元は、わずかに目を細めた。
「ならば、寺社の望みを聞く場を設けるか」
「御意。駿河・遠江・三河の有力寺社に使者を送り、寺領や諸役、参詣路の治安、商いの通行に関わる問題を聞き取りたいと申し伝えまする。伊勢神宮の御師についても、伊勢の側の意向を確かめたうえで、こちらに縁のある者を通じて話を聞くのがよろしゅうございます」
「伊勢の御師を、ただ呼びつけるのではなく、まず縁ある者を通じて話を聞くということか」
「左様にございます。伊勢神宮とその御師たちは、今川の家臣ではございませぬ。こちらの都合だけで動かせるものではないのでございます」
義元はしばし黙考したのち、白扇を閉じた。
「よい。寺社を敵と決めつけず、まずは話を聞こう。されど、領内の者を惑わせ、偽りをもって騒ぎを起こす者については、事実を調べたうえで相応に処置せよ。信仰を尊ぶことと、領国の秩序を守ること、その双方を違えてはならぬ」
「ははっ」
元信と上総介が頭を下げた。
こうして今川家は、寺社を武力で押さえつけるのではなく、対話を通じて領内の不安を取り除く方針を定めた。
それは、信照の動きを一度に封じるための奇策ではない。寺社が何を求め、何を恐れ、どのような事情を抱えているのかを知り、今川の政道を改めるべきところは改める。その積み重ねによって、他国の旗を頼る必要を減らそうという試みであった。
弥生の末、駿府から使者が各地へと向かった。
遠江の秋葉山、三河の鳳来寺、駿河の寺院、そして街道沿いの社寺へ。使者たちは、太守の命を伝えるだけでなく、寺社の抱える問題を聞き取るよう命じられていた。
境内の地子や諸役の負担、参詣人が通る道の治安、寺社領から物資を運び出す際の関銭。土地や寺社によって事情は異なり、すべてを一律に免除することはできなかったが、少なくとも、どのような負担が課され、どこに不満が生じているのかを確かめることはできた。
やがて、いくつかの寺社から返書が届いた。
ある寺は、境内の修繕に必要な木材を運ぶ際、街道の番所でたびたび荷を改められることに困っていた。別の寺は、戦乱を恐れて参詣人が減り、寄進も少なくなったと訴えた。山伏の往来についても、正当な修行や務めのために通行する者と、身分を偽って各地を探る者とを、どのように見分けるべきかという問題が挙げられた。
翔次は、それらの訴えを一つずつ確かめ、役人たちへ指示を出した。
寺社の修繕に必要な木材や物資については、出所と用途を確かめたうえで通行の手続きを簡素にする。参詣路では、盗賊や乱暴者への取り締まりを強める。寺社の名を騙って不当な金品を求める者については、訴えを受けた場合に限らず、具体的な被害の有無を調べる。
また、関銭や諸役についても、寺社ごとの由緒や従来の取り決めを確認せず、一律に免除を約束することは避けた。新たな特権を与えるならば、その範囲と条件を明らかにし、他の領民との間に新たな不公平を生まぬようにせねばならなかったからである。
翔次は、義元に上申した。
「太守様。信照方が関銭を軽くし、道の安全を約して人々を惹きつけているのであれば、我らも道の安全を守り、無用な負担を減らすべきにございます。されど、何もかも免除すればよいというものではございませぬ。役を担う者の暮らしも、街道や橋の修繕に要する費えもございます。負担を減らすならば、何を減らし、何を残すかを定めねばなりませぬ」
義元は頷いた。
「免税を競うあまり、領国の仕組みを損なっては本末転倒じゃ。民にも寺社にも、道理をもって説明できる政道でなければならぬ」
「御意にございます」
四月朔日。
駿府の今川館に、駿河・遠江・三河の有力寺社から代表が招かれた。
伊勢からは、伊勢神宮の御師と縁を持つ商人が、伝言と見聞を携えて出席した。神宮そのものが今川の呼びかけに従ったわけではない。伊勢の事情を知る者から話を聞き、今川領内の参詣や商いに関する問題を確かめるためであった。
広間には、寺社の代表たちがそれぞれの立場に応じて座していた。
彼らの表情は一様ではない。今川家の保護に期待する者もいれば、武家の言葉を容易には信じまいとする者もいる。信照の保護圏に利を見出す者もあり、今川と信照の争いに巻き込まれることを恐れる者もいた。
義元は、彼らを見渡して静かに口を開いた。
「此度、皆を招いたのは、軍役を求めるためでも、他国との縁を詮議するためでもない。寺社の務めと、領内の人々の暮らしをいかに守るか。その道を共に考えたいがためじゃ」
義元の言葉に、代表たちは互いに顔を見合わせた。
「寺社が神仏に仕え、民の祈りを受け止めることは、乱世にあっても欠かせぬ務めである。今川家は、その務めを妨げることを望んではおらぬ。されど、寺社もまた領国の中にある以上、領民との間に争いが起きれば、互いに話し合い、道理をもって解決せねばならぬ」
義元は、翔次に目を向けた。
翔次は一歩進み出て、用意した書付を広げた。
「本日は、寺社の皆様から寄せられた訴えをもとに、今川家として改めるべき点を申し上げまする」
彼は、街道の通行、寺社領からの物資の運搬、参詣路の治安について、ひとつずつ説明した。
寺社の名を記した通行証を設け、正当な務めで往来する者が番所で何度も荷を改められぬようにする。ただし、その証を持たぬ者をすべて不審者と決めつけるのではなく、身元と用向きを確かめる手順を整える。寺社の修繕や祭礼に必要な物資については、用途を明らかにしたうえで、従来の負担を見直す。参詣路の治安については、街道を預かる役人と寺社の側が連絡を取り合い、被害があれば速やかに申し出られるようにする。
それは、何もかもを免税とする約束ではなかった。
寺社の由緒や領地の事情を確かめ、既存の権利を尊重しつつ、無用な取り立てや不当な扱いを減らすための取り決めであった。
説明を聞き終えた秋葉山の代表が、静かに口を開いた。
「太守様。寺社の務めを守ると仰せられること、ありがたく存じます。されど、我らが最も恐れるのは、争いが起こった折、武家の都合によって境内を踏みにじられることでございます」
「その懸念はもっともである」
義元は、間を置かずに答えた。
「寺社の境内を軍勢が通らねばならぬ場合が生じたとしても、無断で踏み入り、仏具や神具を損なうことを許すわけにはいかぬ。急を要する時であっても、可能な限り寺社の側へ事情を伝え、損害が生じたならば、その始末を明らかにする。今川家の兵であろうと、法を免れるものではない」
代表たちの間に、かすかなざわめきが広がった。
武家が寺社を保護すると言うこと自体は珍しくない。されど、保護を口実に一方的な負担を課すのではなく、兵の振る舞いまで問うと明言したことは、彼らにとって軽い話ではなかった。
翔次は、さらに言葉を添えた。
「我らが望むのは、皆様方が信照殿の旗を捨て、今川の旗だけを仰ぐことではございませぬ。信仰や寺社の務めは、武家の都合だけで左右されるものではないからです。ただ、今川領内で暮らし、務めを果たす者が、不当な取り立てや乱暴に悩まされぬようにする。その約束を、実際の働きによって示したいのでございます」
伊勢の御師と縁を持つ商人が、慎重に問いかけた。
「されど、尾張や美濃では、関銭を取らぬ道が広がっていると聞き及びます。荷を運ぶ者にとって、負担が少ないことは大きな利でございます。今川様は、その点をいかにお考えでございましょう」
「商いの負担が軽いことは、確かに利であろう」
義元は率直に答えた。
「されど、道を守る者がおらず、橋が落ちても直す者がおらず、盗賊に襲われても訴える先がないならば、関銭がないというだけで、その道を安心して通れるとは限らぬ。今川家は、道を守る責を負う。その費えをいかに分かち、無用な負担をいかに減らすか、今後も改めていこう」
その言葉に、商人は深く一礼した。
会談は、その場にいた者すべてが今川への忠誠を誓うようなものにはならなかった。寺社の代表たちはそれぞれの立場へ戻り、持ち帰った取り決めを自らの寺社や関係者と相談することとなった。
それでも、駿府で交わされた言葉は、各地へ伝わっていった。
今川家が寺社を一律に敵と見なしていないこと。領内の通行や物資の運搬について、従来の取り決めを見直す意思があること。兵の乱暴を見過ごさず、訴えを受ければ調べること。
それらは、信照の保護圏に利を見出していた者たちにとっても、今川に留まる理由を考え直す材料となった。
一方で、信照方の保護を頼ることをやめぬ者もいた。今川の取り決めを疑う者もいた。領内に不満を抱えたまま、なおも他国の旗に望みを託す者もいた。
翔次は、そのすべてを一度に変えられるとは考えていなかった。
人の心は、朱印状一枚で動くものではない。
まして、長年の習わしや寺社の由緒、土地に根差した信仰を、武家の命令だけで変えることなどできぬ。
だからこそ、約束を守り続けるほかなかった。
数日後、駿府の役所には、街道の番所で不当な取り立てを受けたという訴えが届いた。翔次は役人に調べを命じ、事実が確認された場合には、取り立てた者を処罰するよう指示した。
また、寺社の名を騙り、村人から金品を奪った者についても、被害を受けた村の訴えを受けて追跡が始まった。
その者たちが信照方の命を受けていたのか、単に寺社の名を利用した盗人であったのかは、まだ判然としなかった。翔次は、証拠が揃うまでは決めつけぬよう命じた。
それは、敵を見逃すためではない。
事実を確かめずに人を裁けば、かえって無実の者を敵へと追いやり、真に警戒すべき者を見失うからであった。
数日後、今川館の庭先で、三浦上総介が翔次に頭を下げた。
「……先日は、怪しき僧や山伏を捕らえよと、声を荒らげてしまった。そなたの申す通り、信仰を持つ者すべてを疑っては、我らの方から敵を増やすことになろう」
翔次は首を横に振った。
「上総介殿の懸念も、もっともにございます。領内の秩序を守るには、怪しき動きを見逃すわけにはまいりませぬ。ただ、誰を警戒し、何を裁くのか、その筋道を誤ってはなりませぬ」
「うむ。武力を用いる前に、確かめるべきことがある。今度の件で、それを学ばせてもらった」
岡部元信も頷いた。
「信照は、道や商いだけでなく、人々が抱く不満にも目を向けておるのだろう。ならば、こちらも不満の種を放置してはならぬ。敵の策を破るというだけではなく、領内の政道を改める機会とせねばなるまい」
「左様にございます」
翔次は、西の空へ目を向けた。
信照の保護圏は、武力によってすべてを従わせるものではない。人々が利を求め、安心を求め、時には既存の支配に不満を抱いて、自らその旗を頼ることで広がっていく。
その仕組みは厄介であった。
だが、だからといって、今川にできることがないわけではない。
民の訴えを聞き、寺社の務めを尊び、商いの道を整え、約束を守る。そうした積み重ねが、領国を支える力となる。
義元は、今川館の奥で報告を聞き終え、静かに言った。
「翔次。寺社の者たちが、すべて我らを頼るようになったわけではあるまい」
「御意。今川の取り決めを受け入れる者もあれば、なお信照方の保護を頼る者もございます。これからも、動きは続きましょう」
「ならば、こちらも努めを続けるまでよ。寺社の心を奪い合うことが政道のすべてではない。民が安心して暮らし、寺社が務めを果たし、商人が荷を運べる国を作る。それができてこそ、我が領国を守ることにもつながる」
義元の言葉には、太守としての揺るぎない威厳があった。
「引き続き、訴えを聞き、必要な改めを進めよ。信照の旗がどこに立とうとも、我らは我らの政道をもって応じる」
「ははっ」
翔次は深く平伏した。
春風が庭の木々を揺らし、若葉の匂いを運んできた。
今川家は、寺社を武力で封じ込めたわけではない。信照の保護圏を一挙に無力化したわけでもない。
ただ、領内に生じていた不満の一部を確かめ、改めるべきところに手を入れ、寺社や商人との間に新たな話し合いの道を開いたのである。
その小さな変化が、いずれ大きな違いを生むかもしれなかった。
しかし、翔次の心は晴れなかった。
東海道では、境川の備えが続き、三河の海防も少しずつ整いつつある。寺社との対話にも道筋ができた。
それでも、信照の勢力が止まったわけではない。
東へ進めぬなら、西へ。陸で押し通れぬなら、商いと人のつながりを頼りに、別の道を開く。
その先にあるのは、美濃から近江へと続く道であろうか。
琵琶湖の水運を押さえれば、京の都も遠くはない。されど、六角家の支配する近江には、近江の国人や商人たちの思惑があり、足利将軍家をめぐる畿内の勢力もある。信照の旗がそこへ届いたとしても、すべてが思い通りに進むとは限らぬ。
それでも、翔次には一つだけ確かなことがあった。
信照は、城を奪うことだけを天下取りの道とは考えていない。
人々が自ら選ぶ道を増やし、その道が幾つも結びついた先に、今までとは異なる世を築こうとしている。
(信照……お前は、武力で国を奪うよりも、国を支える仕組みそのものを変えようとしているのか)
翔次は西の空を見つめ、静かに拳を握った。
境川を守るだけでは足りぬ。
海を見張るだけでも足りぬ。
人々がなぜ他国の旗を頼ろうとするのか。その理由を見失わず、今川の政道を磨き続けなければならない。
不敗の軍師が守る東海道は、今日も静けさを保っていた。
されど、その静けさの向こうでは、天下の形を変えようとする見えざる波が、確実に西へと広がり始めていたのである。




