第四十五話:伊勢湾の掌握
第四十五話:伊勢湾の掌握
二百十日の大雨が東海道を襲い、矢作川や境川の水位が危険なほどに上がってから、二月余りが過ぎていた。
永禄九年、霜月。
駿河の山々は紅葉を深め、三河の田畑では刈り入れを終えた稲が蔵へと納められていた。先の大雨によって低地の田畑には水が入り、堤の修復に追われた村もあったが、堤防の弱い箇所をあらかじめ見定め、流れを逃がす備えを施していたおかげで、領内の被害は抑えられていた。
災いを完全に退けることはできぬ。
されど、災いのすべてを人の力で防げぬからといって、備えを怠る理由にはならぬ。
鍋蓋翔次は、そのことを家中の者たちに繰り返し説いてきた。
今川義元の治める駿河・遠江・三河では、境川沿いの備えが整えられ、領内の往来も次第に盛んになっていた。戦が絶えぬ世にあって、兵を失わず、民の暮らしを守り、商人が安心して荷を運べる道を築く。それこそが、翔次の目指す国の姿であった。
しかし、東海道に平穏が広がる一方、西方では、別の変化が進んでいた。
霜月半ばを過ぎたある日の夕刻。
駿府の今川館、その大広間に、太守・今川義元をはじめ、岡部元信、三浦上総介、朝比奈泰朝ら重臣たちが顔をそろえていた。
上段の床几に座す義元の前には、伊勢方面より帰還した乱波頭・伴野弥四郎が、道中の見聞を記した注進状を差し出している。傍らには、清水湊の廻船問屋から届けられた書状も置かれていた。
翔次は二通の書状を読み比べ、しばし黙していた。
「……弥四郎。この報せ、相違ないのだな」
「はっ。清水湊の廻船問屋が持ち帰った話と、伊勢山田に潜ませた者の見聞は、いずれも同じ事実を伝えております」
弥四郎は一礼し、続けた。
「北伊勢の桑名湊、南伊勢の大湊、そして伊勢神宮の門前に広がる山田の町において、織田十郎信照の白旗を掲げる船宿や商家が増えておりまする」
「大湊にまで、信照の旗が立ったというのか」
岡部元信が眉をひそめた。
「大湊といえば、伊勢神宮への参詣人が集まり、熊野や紀伊、さらには堺へも船を出す海の要地。伊勢国司たる北畠家は、何をしておるのじゃ」
「北畠家が大湊を明け渡したわけではございませぬ」
弥四郎は慎重に言葉を選んだ。
「北畠具教殿は武勇に優れた御方なれど、伊勢の国人や湊の商人すべてを思うままに従わせておられるわけではございませぬ。商人らは関銭や諸役の負担を嫌い、荷を運ぶ道と船の安全を求めておりまする」
「そこへ、信照が手を差し伸べたか」
翔次が低く呟いた。
「はっ。木下藤吉郎の手の者が、尾張から美濃へ通じる道筋で商人たちを保護し、蜂須賀小六の配下も、伊勢湾を行き交う船の安全を約しているとのこと。大湊の有力な廻船商人たちは、信照方の保護を受ける代わりに、その旗を掲げ始めたようでございます」
大広間に沈黙が落ちた。
白旗を掲げたからといって、その土地が直ちに信照の領地となるわけではない。北畠家の支配も、伊勢の国人たちの権益も、昨日今日で消え去るものではなかった。
されど、商人が自らの荷と船を守るために信照を頼り、湊の有力者がその旗を認め、周辺の者たちもそれに倣うならば、兵を進めずとも、その影響は広がっていく。
城を奪うよりも、道を押さえる。
道を押さえるよりも、人々が自らその道を選ぶように仕向ける。
信照の勢力が恐ろしいのは、まさにそこにあった。
「……されど、上総介殿の申されることも一理ある」
朝比奈泰朝が、絵図へ目を落とした。
「伊勢の商人が信照を頼ろうと、我らの境川の守りが崩れるわけではございませぬ。海の向こうの動きが、いかほど今川の政道に障りましょう」
「障りは、いずれ現れましょう」
翔次は静かに答えた。
「ただし、今すぐ伊勢湾全域が敵の手に落ちたと考えるのは早計にございます。白旗を掲げる商人が増えたことと、海そのものを支配することとは別でございますからな」
翔次は絵図を引き寄せ、尾張から伊勢にかけての海岸線を指でなぞった。
「されど、桑名と大湊の商人が信照を頼り、船の往来にまでその保護が及び始めたならば、話は変わりまする。尾張や美濃の物資が伊勢湾を通じて運ばれ、商人が信照方の定めた約定に従うようになれば、信照は兵を出さずとも、海上の商いに大きな力を及ぼせるようになります」
「商いの力、か」
義元が白扇を閉じた。
「兵を動かさずして、人と物の流れを己に引き寄せる。まこと、あの者らしいやり口よ」
その声には、警戒とともに、敵の手並みを認める響きがあった。
翔次は頷いた。
「さらに恐ろしいのは、伊勢湾の動きが三河の海にもつながっていることでございます」
彼は絵図の東端、渥美半島と志摩半島の間を示した。
「伊勢湾から外海へ出る船は、伊良湖水道を通り、三河湾の入口へも近づけまする。もし信照方の船がこの海域を自由に行き来し、三河の沿岸に詳しい者を味方につければ、我らの陸の備えだけでは目の届かぬ場所が生まれましょう」
三浦上総介の顔から、険しさが消えた。
「境川を越えずとも、海から三河へ近づけるということか」
「左様にございます。もっとも、伊勢湾に船を出せることと、三河湾へ大船団を送り込めることは同じではございませぬ。潮の流れも、風も、沿岸の湊も知らねば、船は思うように動かせませぬ。されど、敵がその道を調べ始める前に、こちらも備えを整えておくべきでございます」
義元は翔次を見据えた。
「では、いかに備える」
「まずは、海の動きを知ることでございます」
翔次は懐から、三河湾と渥美半島を描いた略図を取り出した。
「田原城と吉田城を中心に、渥美半島沿岸の湊と浜を改めて調べ、船が寄せられる場所、潮待ちに適した場所、陸から見通せぬ入江を洗い出しまする。伊良湖岬には見張りを置き、船影を認めれば、狼煙や早馬で田原、吉田、岡崎へ知らせる仕組みを整えます」
「狼煙だけで、海の向こうの動きが分かるか」
「海の向こうをすべて見通すことは叶いませぬ。されど、見える範囲を見張り、見えぬ場所は船を出して確かめ、得た報せを速やかに伝えることはできまする。肝要なのは、敵を一人も見逃さぬことではなく、敵が何を企てているかを、こちらが遅れずに知ることでございます」
翔次は、さらに続けた。
「次に、三河沿岸の舟手衆を改めて組み合わせ、吉田や田原の城兵と連絡を取り合えるようにいたします。戸田、牧野ら、海に縁の深い者たちの力を借り、船の数だけでなく、船頭や水主の腕、船の速さ、積める兵糧の量まで確かめまする」
「舟手を一つにまとめるということか」
「ただ命令を下すだけでは、まとまりませぬ。船を出す者たちに役目と褒賞を明らかにし、普段の荷運びにも支障が出ぬようにせねばなりませぬ。海を守るために商いを絶やしては、本末転倒にございます」
義元は満足げに頷いた。
「よい。城と浜を調べ、見張りの仕組みを整えよ。舟手衆についても、元康に命じて話を進めさせる。されど、いたずらに船を集めて商人を怯えさせることは許さぬ。海を守ることと、海の商いを損なうことは違うぞ」
「御意」
翔次は深々と頭を下げた。
義元は白扇を膝に置き、絵図を見つめた。
「信照が伊勢の湊を頼みにするならば、こちらは三河の湊を守り抜く。陸の境を固めるだけで国が保てると思うてはならぬ、ということじゃな」
「その通りにございます」
「ならば、海の備えもまた、今川の政道の一つ。元信、上総介。吉田城と田原城へ触れを出せ。元康には、沿岸の見分と舟手衆との協議を命じる。清水湊にも船頭を選び、三河の湊との連絡を密にするよう申し伝えよ」
「ははっ」
重臣たちは一斉に平伏した。
かくして、今川家は三河湾の海防を改めて整えることとなった。
それは、信照の勢力が伊勢湾を完全に支配したからではない。むしろ、そうなる前に、その動きを見定め、必要な備えを施すためであった。
数日後、翔次は松平元康とともに三河へ向かった。
道中、田畑の間を吹き抜ける風は冷たく、刈り取られた稲株の上には朝露が光っていた。村々では、洪水で傷んだ水路や堤の手入れが続いている。翔次は馬上からそれを眺め、道の傍らに立つ農民へ声をかけた。
「堤の具合はどうだ」
「おかげさまで、前よりは水が引きやすくなり申した。されど、まだ直さねばならぬところもございます」
「そうか。無理に急ぐな。危ういところがあれば、村だけで抱えず、代官へ知らせよ」
農民は何度も頭を下げた。
その姿を見送りながら、翔次は胸の内で呟いた。
(海の守りも、結局は同じだ。備えを整えるのは、敵を倒すためだけじゃない。人が明日も同じ場所で暮らせるようにするためだ)
やがて一行は吉田城に入り、元康とともに沿岸の地形や湊の様子を確かめた。城の者たちから船の出入りや潮の具合を聞き、渥美半島の先へも人を遣わした。
伊良湖岬の海は、陸から見るだけでも一様ではなかった。
潮は刻々と向きを変え、風が変われば波の立ち方も変わる。見張り台を設けるにしても、崖の上ならどこでもよいというものではない。遠くを見通せる場所、狼煙を上げやすい場所、荒天でも人が立ち続けられる場所を選ばねばならなかった。
「……翔次殿。海の守りは、陸の城を守るのとは勝手が違いますな」
元康が、岬から吹きつける風に目を細めた。
「左様にございます。陸の城なら、敵が攻め寄せる道を絞ることができます。されど海には、道が幾筋もございます。ゆえに、すべてを塞ごうとするより、敵の動きを早く知り、こちらが動けるようにしておくことが肝要にございます」
「ならば、船を増やすだけでは足りぬか」
「船も要りまする。されど、船を操る者、潮を知る者、湊で荷を扱う者、そのすべてが欠かせませぬ。舟手衆を一つにまとめるにも、まずは互いの事情を知るところから始めねばなりませぬ」
元康は海を見つめ、ゆっくりと頷いた。
「承知した。戸田や牧野の者たちとも話をいたそう。三河の海は、三河の者が守る。そのための力を、今川の御為にも役立ててみせまする」
「頼もしいお言葉にございます」
その後、沿岸の見張り場所が定められ、狼煙と早馬による連絡の手順が整えられた。舟手衆の編成も、各湊の事情を確かめながら段階的に進められていった。
巨大な櫓が一夜にして海を睥睨することもなければ、船を並べただけで海全体を閉ざせるわけでもない。
それでも、何も知らずに敵を待つのと、見張りを置き、船の動きを調べ、備えを積み重ねるのとでは、いざという時の違いは大きかった。
そして、年が明けた永禄十年正月。
伊良湖岬の見張りから、吉田城へ急ぎの報せが届いた。
「伊勢湾より、こちらへ向かう船影がございます!」
知らせを受けた元康は、すぐさま沿岸の者たちに船の行方を確かめさせた。報せは早馬と狼煙によって伝えられ、翔次のもとにも届いた。
船影は、大湊を出た廻船数艘と、それに付き従う小舟であった。船首には信照の白旗が見えるという。
しかし、船団がただちに三河湾へ押し入ろうとしているのか、それとも沿岸の様子を探っているのかは、まだ分からなかった。
「敵の船と決めつけるのは早い。まずは、何をしに来たのかを見極めよ」
翔次は使者に命じた。
「こちらからも舟を出す。ただし、先に矢を射かけてはならぬ。相手が商いの船であるなら、無用な争いを起こすことになる」
元康もまた、舟手衆に命じて沿岸の警戒を固めた。岬の見張りは船影を追い、湊では船の出入りを確かめる。船団が進むにつれ、今川方の小舟も一定の距離を保ってその動きを見守った。
やがて、船団は伊良湖水道の外側で進路を変えた。
三河湾の奥へ押し入ることも、沿岸の湊へ兵を上げることもなく、船は海上でしばらく動きを見せた後、再び伊勢湾の側へと向かっていった。
今川方に損害はなかった。
されど、それをもって敵の企てをすべて退けたと断じることはできなかった。相手が何を確かめ、何を持ち帰ったのかは、船が去った後も分からぬままである。
「……翔次殿。敵は引き返しましたな」
元康が言った。
「ひとまずは、左様にございます」
翔次は海を見つめたまま答えた。
「されど、敵が三河の海を見に来たという事実は残ります。こちらが備えを整えたことを知ったなら、次には別の場所を探るかもしれませぬ。ゆえに、これからも見張りを怠らぬことです」
元康は頷いた。
「勝ったと浮かれることなく、次に備える。陸であろうと海であろうと、変わりはござらぬな」
「その通りにございます」
数日後、駿府へ戻った翔次は、船団の動きと今川方の対応を義元に報告した。
義元は報せを聞き終えると、白扇を静かに閉じた。
「船は引き返した。されど、伊勢の動きが止まったわけではない。そういうことじゃな」
「御意。今のところ、信照方が三河湾へ兵を上げる意図を持つとまでは申せませぬ。されど、海上の往来を調べ、こちらの備えを探っている可能性はございます」
「ならば、こちらも備えを続けよ。敵が来ぬからとて、見張りを怠るな。されど、商いの船をむやみに敵と見なすことも許さぬ。守りを固めることと、争いを招くことは違う」
「ははっ」
義元は満足げに頷いた。
「陸の境川に加え、海の備えもまた一歩進んだ。翔次、そなたの働き、見事である」
翔次は深く頭を下げた。
だが、胸の内には、晴れぬ思いが残っていた。
伊勢の湊で白旗を掲げる商人たち。尾張から美濃へと広がる保護の道。そして、兵を出さずとも人と物の流れを変えていく信照の手立て。
船団が引き返したからといって、信照の勢力が退いたわけではない。
むしろ、伊勢の海に築かれつつある新たな結びつきは、これから先、さらに西へと広がる可能性を秘めていた。
(陸で押せぬなら、海を通じて人と物を結ぶ。信照は、ただ領地を広げているのではない。人々が自ら選ぶ道を増やしているのだ)
翔次は駿府の庭から、西の空を見つめた。
今川の守りは、陸にも海にも少しずつ形を成しつつある。されど、守りを固めれば固めるほど、信照の勢力が向かう先は、東海道以外のどこかへと絞られていく。
美濃から近江へ。
琵琶湖の水運を通じ、やがて京の都へ。
それが直ちに起こると断じることはできぬ。されど、信照が人と物の流れを結び続ける限り、その先にある天下の形もまた、変わらずにはいられまい。
(信照……貴様は、いったいどこまで世を変えるつもりなのだ)
翔次は静かに拳を握った。
東海道の平穏を守る戦いは、まだ終わってはいない。
そして、西の海では、誰も知らぬ新たな時代の潮が、確かに満ち始めていた。




