第四十三話:美濃平定と境川の絶対防壁
第四十三話 美濃平定と境川の絶対防壁
永禄九年、卯月。
東海道の山野には若葉が萌え、境川の流れにも、春の光が穏やかに揺れていた。
桶狭間の合戦において織田信長が討たれ、鍋蓋翔次が今川治部大輔義元の軍師として歩み始めてより、六年余り。かつて戦乱に荒れた駿河、遠江、三河の三か国は、治水や新田開発、年貢の軽減、義倉の整備によって、着実に国力を蓄えていた。
境川の国境では、刈谷、鷲塚、挙母の三拠点を軸とする防備の組み替えが進められていた。いたずらに砦を増やして兵を分散させることをやめ、要所に兵を集め、烽火と物見によって互いに連絡する。兵の数を減らしながらも、国境の守りを弱めぬための備えである。
その折も折、駿府へ届いた報せが、今川家中の空気を一変させた。
美濃国、全土帰属。
尾張の織田十郎信照が進めてきた保護の仕組みに、美濃一円の国人衆が加わったのである。
駿府・今川館の大広間には、濃尾の地形を描いた絵図が広げられていた。今川義元は白扇を膝に置き、絵図の北方を見据えている。その傍らには、軍師の鍋蓋翔次、岡部元信、三浦上総介らが控えていた。
「……弥四郎。美濃の様子、詳しく申せ」
義元の声は低く、静かであった。
板敷きに平伏した乱波頭、伴野弥四郎が、慎重に言上した。
「はっ。安藤伊賀守守就、稲葉一鉄良通、氏家卜全直元ら美濃三人衆をはじめ、西美濃の国人衆が相次いで清須城へ使者を送り、信照殿の保護を願い出ておりまする。稲葉山城の周辺においても、信照旗を掲げる者が増え、かつて斎藤家に従っていた者たちの間にも、帰属を改める動きが広がっております」
「兵をもって攻め取ったのではない。国人どもが自ら旗を替えたというのか」
元信が眉を寄せた。
「左様にございます」
「信長が生きておった頃までは、織田家は幾度も美濃へ兵を進めた。それでも稲葉山の城下を容易には崩せなんだ。それを信照は、清須に居ながらにして成し遂げたというのか」
元信の声には、驚きと警戒が入り交じっていた。
「元信殿」
翔次が口を開いた。
「美濃の武士らが、ただ信照殿に屈したと考えるべきではございませぬ」
翔次は絵図に目を落とした。
「彼らが求めておるのは、先祖伝来の土地と城を保ち、己の領内を己の手で治めること。信照殿は、家臣となって命に従えと迫る代わりに、各々が自らの地を守ることを認めている。美濃の国人衆にとっては、領地を失わず、軍役に追われることも減らせる。ならば、その旗を仰ぐ者が増えるのも道理にございます」
「されど、結果は同じではないか」
三浦上総介が口を挟んだ。
「美濃の国人どもが信照の保護を受けるならば、敵は尾張一国にとどまらぬ。美濃の兵と兵糧を背後に控え、我らの境川へ迫ることもできましょう。次は三河、あるいは遠江を狙うに違いございませぬ」
広間に緊張が走った。
翔次は絵図の尾張と美濃を指でなぞった。そこには、信照の勢力が広がる様子が、いくつもの白い旗印によって示されていた。
「確かに、信照殿の保護圏は広がりました。尾張の背後に美濃が加わったことで、東へ向かう道筋を探る余地も増えております。されど、領地が広がったからと申して、ただちに一つの軍勢となるわけではございませぬ。国人衆はそれぞれの土地を守ることを望み、信照殿もまた、彼らを一律に従わせようとはしておらぬ」
「ならば、恐れるには及ばぬと申すか」
「いいえ」
翔次は、静かに首を横に振った。
「恐れるべきは、信照殿が兵を率いて攻め寄せることだけではございませぬ。新たに保護圏へ加わった者たちが、己の武名を立てようと動くことにございます」
翔次は、美濃と三河の境目を指した。
「新たに信照旗を掲げた武士の中には、己の力を示したい者もおりましょう。境川の守りが弱まったと聞けば、少人数で川を渡り、こちらの備えを探ろうとする者が現れるやもしれませぬ。信照殿が侵攻を命じずとも、前線の者たちが独断で動くことはあり得まする」
「つまり、敵の本隊が来る前に、境目で小競り合いが起こると見るか」
「左様にございます。こちらが備えを誤れば、敵に手薄な場所を知られ、後々の守りを難しくいたしまする。逆に、兵を減らした今も守りが崩れておらぬと示せば、無益な侵入を思いとどまらせることができましょう」
義元はしばらく黙していた。
やがて白扇を手に取り、ゆるやかに開く。
「よかろう。敵が攻めてくると決まったわけではない。されど、攻められてから備えるのでは遅い。翔次、三河の境川へ赴け。元康と力を合わせ、先に整えた守りが真に役立つことを示してまいれ」
「ははっ」
翔次は深々と頭を下げた。
「兵をいたずらに増やすことなく、国境を守り抜いてみせまする」
義元はうなずいた。
「我らは我らの国を守る。信照がいかなる道を選ぼうとも、こちらまでその歩みに振り回されることはない。東海道の安寧は、我らの手で保つのじゃ」
その言葉に、諸将は一斉に頭を垂れた。
同日、翔次は岡部元信らとともに駿府を発ち、三河へ向かった。
五月初め。三河国境、刈谷の砦。
境川を望む物見櫓の上では、松平元康が対岸を見据えていた。川面には春の名残を帯びた風が渡り、岸辺の草木は濃い緑を増しつつある。
翔次と元信が櫓へ上がると、元康はすぐさま振り返った。
「翔次殿、元信殿。お待ちしておりました」
元康は二人を迎え、絵図の前へと案内した。かつては家中の難事に胃を痛めていた若き当主も、今や家臣と領民の命を預かる者として、落ち着いた眼差しを備えていた。
「ここ数日、尾張側の街道筋で、見慣れぬ武者の往来が増えております。尾張の地侍ばかりではござらぬ。美濃の斎藤家に仕えていたと思しき者たちも、境川の浅瀬を調べるように行き来しておりまする」
「敵の数は」
元信が問うた。
「まとまった大軍ではございませぬ。物見の報せを合わせれば、騎馬と歩兵を合わせて数百ほど。こちらの守りを探り、渡河できる場所を見定めているものと存じます」
元康は絵図の上に指を置いた。
「彼らは、我らが砦の数を減らし、前線の兵を後方へ移したことを知っておりましょう。守りが薄くなったと見て、試しに踏み込んでみようという腹かと」
「新たに信照旗を仰いだ者どもが、手柄を求めて動いておるのであろうな」
元信は太刀の柄に手を置いた。
「こちらが弱くなったと早合点しておるなら、思い違いを正してやらねばなるまい」
翔次は物見の格子窓から、境川の対岸を見下ろした。
土手の向こうに、十数騎の武者が姿を現していた。彼らは川の流れを眺め、馬を進めたり止めたりしながら、浅瀬の様子を探っている。旗指物には、尾張のものに交じって、美濃の国人に属すると思しき印も見えた。
翔次は、川の流れと両岸の地形を順に確かめた。
兵を減らしたのは、守りを捨てたからではない。守るべき場所を選び、そこへ兵を集めるためである。敵がその変化を見抜けず、手薄になったと考えているならば、こちらから無理に出向く必要はなかった。
「元康殿。兵を動かすのは、敵が川を渡ろうとした時にございます。今は物見を絶やさず、烽火の合図を確かめておいてくだされ」
「承知いたした」
「元信殿は、刈谷の兵を率いて土手の内側にお控えくだされ。敵の姿が見えたからとて、先走って打って出てはなりませぬ。こちらの備えを悟らせぬことが肝要にございます」
「心得た」
翔次は、対岸から目を離さずに言った。
「兵を減らしたから弱くなったのではない。守る場所を絞ったからこそ、少ない兵でも互いに助け合える。そのことを、敵に知ってもらいましょう」
数日後、昼過ぎ。境川の浅瀬に、美濃の武者たちが姿を現した。
率いるのは、美濃南部の土豪、日比野六郎左衛門である。彼は信照の保護圏に加わったばかりの武士たちの間で武名を立てようと、配下を率いて境川まで赴いていた。
後方の林には、前田利家の朱槍隊とおぼしき一団が控えていた。ただし、その姿は遠く、日比野の一隊を支えるために来たのか、それとも行動を見定めているだけなのか、今川方には判然としなかった。
「見よ。川向こうに人影もない。砦の兵を引き揚げたという話は、まことらしいぞ」
日比野は浅瀬を指し示した。
「まずは渡ってみよ。向こうの出方を見れば、今川の守りがどれほど衰えたか分かる」
配下の武者たちは、互いに顔を見合わせた。
彼らの役目は、三河の奥深くへ攻め入ることではない。川を渡れる場所を探し、今川方の備えを確かめることにあった。だが、手柄を急ぐ日比野は、慎重さよりも勢いを選んだのである。
「進め!」
先頭の武者たちが、馬を進めて浅瀬へ入った。
その時、刈谷の物見櫓から烽火が上がった。
白煙が風に流れ、空へと細く伸びていく。
それを見た鷲塚と挙母の物見櫓からも、相次いで烽火が上がった。三つの拠点が互いの合図を確かめ、敵の動きと渡河地点を知らせたのである。
「烽火だと?」
日比野が顔を上げた。
その視線の先、浅瀬の両岸には、いつの間にか今川方の兵が姿を現していた。川辺の草陰や土手の内側に控えていた者たちが、合図に従って持ち場についたのである。
敵が進もうとする浅瀬は、川底の状態が場所ごとに異なり、流れも一定ではない。物見を重ねて安全な渡河地点を見極めていた今川方は、その入口を押さえるように兵を配置していた。
先頭の馬が足を取られ、進みを止めた。
「慌てるな! 隊列を崩すな!」
日比野が叫ぶ。しかし、後続の歩兵たちも浅瀬へ入り始めており、狭い渡河地点で動きが滞った。川底の深みに足を取られる者が出ると、先へ進む者と岸へ戻ろうとする者が入り交じり、隊列は乱れ始めた。
そこへ、刈谷の土手の内側から、長柄の槍を持った今川・三河の兵が姿を現した。
槍の穂先が揃い、川岸に一筋の壁をなす。
彼らは川を渡ろうとする敵へむやみに突き進まず、岸を守る位置を崩さなかった。背後には弓兵が控え、敵が無理に進もうとすれば、渡河地点を射程に収められる備えとなっていた。
「な……!」
日比野は息を呑んだ。
砦が減り、番兵も少なくなったと聞いていた。ところが、いざ川を渡ろうとすれば、要所には兵が集まり、後方の拠点からも合図が届く。目の前の人数だけを見て、守りの全体を見誤ったのである。
さらに、川上と川下の土手から、元康率いる騎馬隊が姿を現した。騎馬隊は敵の背後へ無闇に突撃することなく、岸へ戻る道を見渡せる位置に展開した。
渡河を続ければ、正面の槍衾と弓兵に阻まれる。退こうにも、乱れた隊列では容易に身動きが取れない。
日比野は、ようやく己の判断が軽率であったと悟った。
「これ以上進むな! 隊を立て直せ!」
その声に、今川方の弓兵が矢をつがえた。
「それ以上、川を渡るな! 武器を収め、退くならば追いはせぬ!」
元信の声が、川面を越えて響いた。
日比野は歯噛みした。ここで意地を張れば、配下を無駄に失うことになる。かといって、今川方の備えを確かめるという目的は、すでに果たせぬほどに失敗していた。
「退け! 無理に渡るな!」
日比野の命を受け、武者たちは慎重に岸へ引き返し始めた。足を滑らせて泥にまみれる者はいたが、今川方は追撃せず、岸の守りを保ったまま敵の動きを見届けた。
後方の林に控えていた朱槍隊も、今川方の連携を見て動かなかった。利家は無理な突入を命じず、日比野の一隊が岸へ戻るのを待ってから、静かに馬首を巡らせた。
戦いと呼ぶには、あまりに短い対峙であった。
今川方は追撃せず、敵も深追いをせずに退いた。双方に大きな損害は出なかったが、境川の守りが見かけほど手薄ではないことは、敵の目にも明らかとなった。
刈谷の砦。
元康は太刀を鞘に収め、川向こうへ退いていく武者たちを見送った。
「翔次殿。敵は、我らが兵を減らしたことを見て、守りまで弱まったと思い込んでいたようですな」
「そのように見えたのでございましょう」
翔次は答えた。
「兵を数えるだけでは、備えの強さは分かりませぬ。どこを守り、どこで敵を止め、いかにして味方同士が連絡を取るか。それが整っておれば、以前より少ない兵でも、かえって守りを固めることができまする」
元信が、満足げに笑った。
「なるほどな。砦を増やせば兵が要る。兵を増やせば兵糧も要る。されど、守る場所を定めて互いに助け合えば、いたずらに人を増やさずともよいというわけか」
「左様にございます。もっとも、これで境川が永遠に破られぬと申すつもりはございませぬ。敵も今日の敗因を考え、次には別の手を試してまいりましょう。守りを整えたからこそ、こちらもまた、油断してはなりませぬ」
翔次の言葉に、元康は深くうなずいた。
「勝ったと浮かれるのではなく、次に備える。肝に銘じまする」
翔次は欄干に手を置き、境川の流れを見つめた。
信照の保護圏は、今や尾張に加えて美濃へも広がった。しかも、その広がりは、必ずしも一つの軍勢が征服して得たものではない。各地の武士たちが己の土地を守ろうとし、その願いが信照の旗の下で結びついているのだ。
その力を、槍働きだけで測ることはできない。
だからこそ、今川もまた、ただ兵を集めるだけでは足りなかった。民を疲弊させず、兵糧を絶やさず、必要な場所へ兵を動かせる国でなければ、いずれ大きな勢力に呑み込まれる。
境川の守りは、そのための一歩にすぎなかった。
数日後、駿府・今川館。
刈谷からの報せを読み終えた義元は、白扇を静かに閉じた。
「敵は退いたか。よく守った」
その声には、安堵よりも、家臣たちの働きに対する確かな評価があった。
「翔次の策もさることながら、元康が兵を動かす時を誤らず、元信もまた持ち場を守り抜いた。兵を減らしてなお国境を守れたのは、日頃の備えあってこそじゃ」
義元は絵図へ目を落とした。
「信照の勢力が西で広がろうとも、我らは我らの道を行く。領民を疲弊させて兵を増やすのではなく、国を富ませ、その富をもって守りを固める。東海道の安寧は、そうして保つものよ」
重臣たちは、義元の言葉に頭を垂れた。
夕刻、刈谷の砦。
翔次は土塁の上に立ち、西の空を眺めていた。境川の水面は夕日に染まり、遠く尾張の野には、暮れゆく光が静かに落ちていた。
美濃を保護圏へ加えた信照は、次にどこへ手を伸ばすのか。
東へ進む道が容易ではないと知れば、別の道を探ることもあろう。尾張と美濃を結ぶ力が、今後どのように広がっていくのか。翔次には、まだ見通せぬところも多かった。
ただ一つ、確かなことがある。
信照がどれほど勢力を広げようとも、今川は自らの国を守らねばならない。そして、そのために必要なのは、敵の動きを恐れて闇雲に兵を増やすことではない。国を富ませ、兵を養い、民の暮らしを守りながら、戦うべき時に戦える備えを持つことだった。
翔次は、夕風に揺れる旗を見上げた。
(東海道は、渡さない)
胸の内でそう誓い、再び境川へ目を向けた。
西には、国人衆の選択によって広がる信照の勢力がある。東には、その広がりを受け止めようとする今川の国がある。
二つの道は、いずれまた相まみえることになろう。
その時までに、今川の守りをさらに確かなものにしておかねばならない。
境川の流れは、夕闇の中を変わらず東へと下っていた。




