第四十二話:二つの理の対峙
第四十二話 二つの理の対峙
美濃の南から届く報せは、秋を越え、冬が近づくにつれて、いよいよ不穏な色を帯びていた。
斎藤右兵衛大夫龍興の家中では、古参の家臣たちが次々と主家から距離を置き、南美濃の国人衆の中には、斎藤家への軍役や年貢の納入を渋り、織田十郎信照の白旗を掲げる者が現れていた。
されど、美濃一国がすでに信照の手に落ちたわけではない。稲葉山城にはなお斎藤家があり、国人たちもそれぞれの思惑を抱えている。白旗を掲げた者たちが、皆ひとしく信照の命に従うわけでもなかった。
その一方、今川家は美濃への出兵を退け、境川と逢妻、刈谷の守りを固めていた。境目の村々では年貢の減免と義倉の米貸しが効を奏し、尾張へ逃れる農民の姿も、以前に比べて少なくなっている。
戦は起きていない。
だが、戦が起きていないからこそ、東海道の両陣営は、互いの動きを一つたりとも見逃せぬ緊張の中にあった。
子の月の末。
三河・逢妻川本陣の一室に、冷たい風が忍び込んでいた。行灯の灯火がかすかに揺れる中、鍋蓋翔次は、尾張と美濃から届いた風聞を記した帳面を広げていた。
墨で書き留めた報せの中には、南美濃の国人衆が信照旗を掲げたこと、尾張の商人が美濃へ足を延ばしていること、そして、斎藤家の命令に従わぬ村々が増えていることが記されていた。
翔次は一つ一つの文言を読み返した。
斎藤家の衰え。
国人衆の離反。
商人の往来の変化。
それらは別々の出来事に見えて、実のところ、同じところへ向かっていた。
「……また、旗か」
翔次は、帳面の端を指で押さえた。
尾張でも、同じことが起きていた。
信照は兵を率いて村々を攻め落とすのではない。城を奪い、領地を取り上げ、家臣に加えることを急ぐのでもない。白旗を掲げる者たちが、それぞれの土地で暮らしを守り、商いを続けられるようにする。その仕組みが、信照の勢力を外へと押し広げている。
そして、その広がりは、今や尾張の境を越え、美濃へ及び始めていた。
翔次は筆を取り、帳面の余白に短く記した。
――旗は、軍勢の先に立つだけのものではない。
書き終えたところで、襖の向こうから声がかかった。
「翔次殿。少しよろしいか」
入ってきたのは、松平元康であった。厚手の羽織をまとった若き当主は、翔次の前に腰を下ろすと、広げられた帳面に目を落とした。
「美濃の報せにございますか」
「はい。斎藤家の家中は、思いのほか早く崩れているようです」
「信照殿の旗を掲げる者が、また増えたと聞きました。城を攻めたわけでもないのに、土地の者たちが自ら旗を選ぶ……。某には、どうにも不思議に思えてなりませぬ」
元康は帳面から目を上げた。
「信照殿は、何をお考えなのでございましょう」
翔次は、すぐには答えなかった。
何を考えているのか。
それこそが、翔次を長く苦しめてきた問いであった。
信照は清須城を拠点としながら、前田利家、木下藤吉郎、滝川一益、蜂須賀小六ら、それぞれに異なる働きをする者たちを用いている。武力、商い、情報、舟運。その働きが重なり合い、尾張の内外に信照旗を掲げる土地が広がっていた。
翔次には、その一つ一つが、あらかじめ張り巡らされた深謀遠慮のように見えていた。
ゆえにこそ、恐ろしかった。
己が知るはずの歴史は、桶狭間の夜に大きく変わった。信長が倒れ、今川義元が生き残り、翔次は今川家の軍師として、この乱世を生きることになった。
その後も、翔次の知る歴史とは異なる出来事が重なり続けた。
その変転の向こう側には、いつも信照の影があった。
翔次は、知らず知らずのうちに、信照のなすことすべてを、底知れぬ策の一部として受け止めるようになっていた。
だが――。
(本当に、すべてが信照の思惑通りなのか)
翔次は、帳面に記した報せを見つめた。
信照旗を掲げる国人たちは、誰かに脅されて従ったのではない。自分の土地を守りたい。年貢や軍役に苦しめられたくない。商いを続けたい。その願いを叶えるために、自ら旗を選んでいる。
信照が一人で美濃の隅々まで命令を下し、すべての者を動かしているわけではないのだ。
それぞれの者が、自分の望むものを求めて動く。
そして、その動きが重なり合った結果、信照の勢力圏が広がっている。
「……そういうことか」
翔次は小さく呟いた。
元康が顔を上げる。
「何か、お分かりになりましたか」
「いえ。まだ、すべてが分かったわけではございませぬ。ただ……信照殿の強さを、少し違う角度から見られるようになった気がいたします」
翔次は筆を置いた。
「信照殿は、土地を治める者に、すべてを命じることを求めておらぬのでしょう。自分の土地は自分で守れ。自分の暮らしは自分で守れ。そのように言い、旗を掲げることを許す。旗のもとに集まった者たちは、己の利益を守るために、自ら考え、自ら動くのです」
「それは……民や国人を信じておられる、ということでしょうか」
「信じておられるのか、あるいは、信じることを求めておられぬのか。それは、私にも分かりませぬ」
翔次は、言葉を慎重に選んだ。
「ただ、結果として、人々が自らの暮らしを守ろうとする力を、信照殿は押さえつけておらぬ。その力が、あの白旗を広げているのでございましょう」
元康は黙って聞いていた。
しばらくして、翔次は続けた。
「されど、我らは同じ道を歩む必要はございませぬ」
「同じ道を……?」
「はい。信照殿が人々に自立を促すのであれば、我らは我らのやり方で、民を守ればよいのです」
翔次は、帳面の脇に置かれた三河の絵図を広げた。
境川。逢妻川。刈谷。
川筋と街道の要所には、守るべき拠点が記されている。かつては境目の村々に小さな砦を幾つも築き、兵を分散させて守らせていた。だが、それでは兵も民も疲弊する。翔次は守るべき場所を絞り、兵を集め、不要な負担を減らすことを選んだ。
浮いた余力は、村々の年貢を減らし、冬を越すための米を貸し与えることに回した。
民を守るという言葉を、ただの願いで終わらせない。
守るための仕組みを整え、必要な兵を置き、食糧を蓄え、万一の時には領国全体で支える。それが、翔次の考える道であった。
「信照殿は、人々に自ら守ることを求めておられる。ならば、我らは、民が自らの力だけでは守りきれぬものを、組織の力で守るのでございます」
翔次は絵図の上に手を置いた。
「堤が崩れれば、村一つの力では直せませぬ。飢えが迫れば、家一軒の蓄えだけでは足りぬこともございましょう。敵が大軍を率いて押し寄せたなら、村人がそれぞれ武器を取るだけでは、守りきれぬ土地もある。そうした時にこそ、国を治める者の務めがあるのです」
元康の表情が、ゆっくりと変わった。
「民に自立を求める道と、民を支える仕組みを整える道……」
「どちらが正しく、どちらが誤りだと、今ここで決めることはできませぬ。信照殿の道には、信照殿の強さがある。されど、我らにも我らの道があるのです」
翔次は、己の言葉を確かめるように、一つ一つ続けた。
「我らは、民を突き放すために組織を持つのではございませぬ。民を守る責任を果たすために、組織を持つのです。兵を養い、道を整え、堤を築き、飢えに備える。それらを成し遂げることができれば、民は安心して田畑を耕し、商人は荷を運び、武士は守るべき土地を守ることができる」
「……翔次殿」
元康は、膝の上で拳を握った。
「某は、これまで、信照殿の旗が広がるたびに、いずれ三河も呑み込まれるのではないかと案じておりました。されど、今の話を聞き、ようやく分かった気がいたしまする。我らには、我らの守るべきものがあるのですな」
「その通りにございます」
翔次は頷いた。
「信照殿がどこまで勢力を広げようとも、我らが守るべきものを見失わぬ限り、いたずらに恐れる必要はございませぬ。敵の動きに心を乱され、己の道を捨ててしまうことこそ、最も避けねばならぬことにございます」
元康は深く息を吐き、頭を下げた。
「かたじけのうございます。三河の民も、我らの兵も、翔次殿の策によって救われておりまする。某もまた、三河を預かる者として、己の務めを果たしてまいります」
「元康殿。共に、守り抜きましょう」
二人は静かに向き合った。
そこに、信照への恐怖に縛られた姿はなかった。信照の勢力が拡大しているという現実は、何も変わっていない。だが、翔次は初めて、その広がりをただ恐れるのではなく、自らの道と比べて考えることができたのである。
信照は、民に自立を促す。
翔次と義元は、組織の力によって民を支える。
その違いを認めた時、翔次の胸を長く締めつけていたものが、わずかに緩んだ。
翌日。
駿府・今川館では、義元のもとに美濃の情勢を記した報告が届けられていた。
義元は、書状に目を通し終えると、静かに白扇を畳んだ。
「……南美濃の国人どもが、信照の旗を掲げ始めたか」
「はっ。斎藤家の家中には離反の兆しがあり、信照旗を掲げる者も増えておりまする。されど、美濃全土の帰趨はいまだ定まっておりませぬ」
報告に控えた者が答えた。
義元は、しばらく絵図を見つめていた。
「ならば、なおさら我らが軽々しく動くべきではあるまい。美濃の内で何が起きておるか、引き続き見極めよ。境目の守りを崩すことなく、領国を富ませることに力を尽くすのじゃ」
「御意にございます」
義元は翔次の言上書に目を落とした。
そこには、国境の拠点を守り、農政と治水を進め、民の暮らしを安んずることが、今川家の進むべき道として記されていた。
「他国の動きに惑わされ、己の国を損なってはならぬ。予は、駿河、遠江、三河を束ね、民が安心して暮らせる国を築く。その大方針に変わりはない」
義元の声には、迷いがなかった。
信照の旗が美濃へ伸びようとも、今川がただちに兵を動かす必要はない。境目を守り、領内を整え、来たるべき時に備える。それもまた、一国を預かる者の戦いである。
義元は書状を置き、静かに命じた。
「翔次には、引き続き境目の守りを任せよ。兵を無用に損なわず、民の暮らしを守る。その務めを果たす限り、今川は揺るがぬ」
「はっ」
駿府の空には、冬の陽が淡く差していた。
その頃、逢妻川本陣の物見櫓に立った翔次は、西の空を見つめていた。
尾張の向こうには美濃がある。そこでは斎藤家の支配が揺らぎ、南の国人衆が信照旗を掲げ始めている。信照の勢力は、これからも広がるかもしれない。あるいは、思いもよらぬところで足を止めるかもしれない。
今の翔次には、その先を断言することはできなかった。
だが、先の見えぬ乱世であるからこそ、目の前にある務めを果たすほかはない。
兵を無駄に死なせぬこと。
民を飢えさせぬこと。
領国を守る仕組みを整え、己の知恵を尽くすこと。
それが、翔次の選んだ道であった。
(信照……)
翔次は、西の空を見据えた。
かつては、その名を思い浮かべるだけで、胃の腑が締めつけられるような恐怖を覚えた。自分の知らぬ策を次々と繰り出し、歴史の流れさえ意のままに変えてしまう、底知れぬ魔王。
だが、今は違う。
信照の道が強大であることは認めよう。民の自立を促し、その力を束ねて勢力を広げる手法には、確かに恐るべきものがある。
されど、今川には今川の道がある。
民を守る責任を引き受け、組織の力をもって暮らしを支え、兵の命を守り抜く。己が築いてきたものを信じ、その道を歩み続ければよいのだ。
翔次は、静かに拳を握った。
(受けて立たん、信照)
その決意は、恐怖から生まれたものではなかった。
相手を知り、自らの道を知ったうえで、それでも退かぬと決めた者の決意であった。
西には、白旗を掲げて自立を求める者たちの世界がある。
東には、組織と政道によって民を守ろうとする今川の国がある。
二つの道は異なる。されど、どちらも乱世の中で生き残るための理を備えていた。
いずれ、その違いは、東海道の境目において避けて通れぬ問いとなるだろう。
その時こそ、翔次は己の知恵のすべてをもって、今川の道を示さねばならぬ。
翔次は、暮れゆく空を見つめたまま、しばらく動かなかった。
信照の勢力は、なお広がり続けるかもしれない。
されど、今川もまた、退くわけにはいかぬ。
戦わずして広がろうとする者と、組織の力で守り抜こうとする者。
二つの理は、東海道を挟み、いま静かに向かい合っていた。




