第四十話:要塞線と民心の安堵
第四十話 要塞線と民心の安堵
北伊勢の桑名・員弁の国人らが信照旗を仰ぎ始めた勢いに呼応し、境川の対岸に立ち塞がった千数百の民兵・地侍の集団を、翔次が三河騎馬隊の迂回牽制と、村々の暮らしを案じる心の動きを突いて、矢一筋交えることなく退かせてから、ひと月余り。
東海道の山野には本格的な冬の寒気が押し寄せ、三河湾の干潟には霜が降り、境川の葦原を吹き抜ける木枯らしは、夜ごとに鋭さを増していた。
眼前の合戦の危機は去った。されど、今川方の守備が行き届いたわけではなく、敵の側においても、境川を越えて力攻めを仕掛ける動きが途絶えたにすぎなかった。
しかるに――その平穏の陰で、前線を預かる将兵と、国境沿いの郷村の民たちの疲弊は、いよいよ隠しようのないものとなりつつあったのである。
子の月の半ば。
三河国、逢妻川本陣の板敷きにおいて、翔次は机の上に広げられた三河西部の防衛陣割図を前に、深く腕を組んでいた。
部屋の隅には、寒さに身を縮こまらせた三河の郡代や代官らが平伏し、前線警固の過酷さを記した帳面を差し出していた。傍らに控える松平元康の顔にも、隠しきれぬ陰りと心労が刻まれている。
「……翔次殿。これをご覧くだされ」
元康が差し出したのは、境川沿岸の各砦に詰めさせている番兵たちの逃亡・発病の記録、ならびに境目の農村に課している夫役の滞納帳であった。
「敵が攻め寄せてこぬことは、まことにありがたき仕合わせ。されど……境川の西岸は、村ごとに信照旗が立ち並ぶ、まだら模様の保護圏にござる。どこから野伏が紛れ込み、どこから間者が入り込むやも知れぬ。ゆえに我が方は、境川沿いの平野に幾十もの小砦を置き、昼夜を分かたず兵を巡らせねばなりませぬ」
代官の一人が、寒さに震えながら言葉を継いだ。
「三河の農村より、寒風吹き晒しの土手普請や夜番の人足として駆り出される百姓の数は、月ごとに千人を超えておりまする。冬の麦踏みや薪拾いの人手までもが奪われ、境目の村々では百姓が痩せ衰え、田畑を捨てて夜陰に紛れ、尾張の保護圏へ逃散する者が後を絶ちませぬ……!」
「逃散じゃと……!」
遠江の掛川城より巡察に訪れていた岡部元信が、太い眉を吊り上げた。
「今川の施政のもとにある民が、敵の旗の下へ逃げ込むとは、何たることぞ! 逃亡せし百姓の家を取り調べ、親類縁者にも責めを負わせるべきではないか!」
「元信殿、民を責めてはなりませぬ」
翔次は静かに首を横に振った。その眼差しには、現場の痛みを見据える冷徹な理知が宿っていた。
「民が逃げるのは、信照殿の徳を慕っているからとばかりは申せませぬ。今川の防衛線が全域警護という無理を重ね、民に過酷な番役と人足の負担を強いているからにございます。
尾張側へ逃げ込めば、今の苦役から逃れ、田畑を耕して暮らせる。そう思えばこそ、百姓は故郷を捨てるのです。逃散を力ずくで処罰すれば、民心はますます今川を離れ、境目の村々は自ら信照旗を掲げて敵の側へ移るやもしれませぬ」
元信は言葉を失い、太刀の柄を握りしめて押し黙った。
元康が苦渋に満ちた息を吐く。
「……されど翔次殿。巡邏を緩めれば、敵の間者や野伏が三河領内へ入り込み、兵糧道を脅かしまする。全域を守らねば穴が開き、守り続ければ民が逃げる……。いかにして、この板挟みを断ち切るおつもりか」
翔次は立ち上がり、大絵図の前に立った。
白息が薄暗い陣幕の中に漂う。
前世において学んだ城郭と防衛線の変遷が、翔次の頭脳の中で一つの解答を導き出していた。
広大な平野の隅々まで一様に守ろうとするから、兵力が薄まり、人足が浪費されるのだ。
線のすべてを守るという考えを捨て、敵が大軍や荷駄を通す道筋と、川の渡し場、そして諸道が交わる要衝を押さえる。そこに兵力を集中させ、見張りと連絡の仕組みを整えれば、平野の隅々に兵を置かずとも、敵の動きを察知し、必要な場所へ兵を向かわせることができる。
守るべきは、すべての土地ではない。敵の侵入を食い止め、味方が迅速に動くための要所であった。
「元康殿、元信殿。全域警護の無理を、今すぐ改めましょうぞ」
翔次の凛とした声が響いた。
「境川沿いに散らばる大小三十余りの小砦、ならびに平野の巡邏線を見直し、守備の薄い仮砦は順次退きまする。兵を置くべき場所を絞り、守りの堅い拠点へと力を集めるのでございます」
「な……小砦を退くじゃと!?」
三浦上総介が目を剥いた。
「砦を捨てれば、境川の東岸は無防備の野原となるではないか!」
「無防備にはいたしませぬ」
翔次は絵図の上に朱の筆を走らせ、三つの地点を囲んだ。
「第一に、東海道が境川を越えて三河へ通じる刈谷の要地。第二に、逢妻川沿いの道と水運を見張る逢妻。第三に、三河北部の諸道が交わる挙母の要地。この三箇所を中心に、既存の砦や柵を改め、堀を深くし、土塁を補い、物見櫓を整えるのでございます」
翔次は諸将を見渡した。
「敵が間道を抜けようとも、大軍や荷駄を運ぶには道筋を選ばねばなりませぬ。要所の物見と騎馬を連携させ、烽火を用いて急を知らせれば、敵の動きを察して兵を向かわせることができます。小砦の一つ一つに兵を張り付ける必要はございませぬ。
拠点を三つに絞り、守備兵を集め直せば、前線警固に必要な兵力は、千五百名から七百名へと減らせまする」
元信が、はっと息を呑んだ。
「兵を……八百名も減らすと申すか」
「左様にございます。後方へ移せる兵は、順次、三河と遠江の郷村へ帰します。寒風吹き晒しの土手に百姓を駆り出す夫役も、差し迫った防備に必要なものを除き、直ちに見直しまする」
元康の瞳に、光明の如き輝きが宿った。
「人足の負担を軽くできるならば、それだけで、どれほどの百姓が救われるか知れませぬ! されど翔次殿、兵を減らして浮いた兵糧や軍費は、本国の駿府へ戻されるのでござるか」
「否」
翔次は首を横に振り、義元から下された全権委任状を胸元から取り出した。
「兵の配置を改めて浮いた兵糧米と軍費は、守備の立て直しに要する分を除き、境川沿いの三河・遠江の境目農村へ還元いたしまする」
陣幕内が、凍りついたように静まり返った。
翔次は淀みなく、第二の策を言上していった。
「太守・義元公の御裁可のもと、二つの施策を直ちに施行いたします。
第一に、境川沿いの国境より二里以内にある村々について、今年度の年貢のうち、未納分を三割減免すること。
第二に、拠点の整理によって捻出した兵糧米の中から三千石を取り分け、逢妻と刈谷に『義倉』を設けることにございます」
「義倉……?」
元康が聞き返した。
「はい。困窮した百姓に、今冬の糧や春の種籾として米を貸し与えるのでございます。返済は秋の収穫の後、借りた分だけでよい。利息は取りませぬ。飢えに苦しむ者を救い、春に田畑を耕す力を残すための備えにございます」
翔次は一同を見渡した。
「諸将の皆様方。民が信照の保護圏に惹かれるのは、旗印が白いからでも、言葉が巧みだからでもございませぬ。戦のない地で、家族とともに暮らし、腹を満たし、明日の暮らしを案じずに済みたい――その願いがあるからにございます。
ならば、我が今川領において夫役の負担を軽くし、年貢を減じ、困窮した折には利息なしで米を借りられるようにする。民がここで暮らしていけると実感できれば、逃散を思いとどまる者も増えましょう。
敵の旗印の引力を弱める最上の手立ては、武力のみではございませぬ。民の暮らしを安んずることにございます!」
一語一語、陣幕の空気を変えていく翔次の言葉。
ただ守りを固めるのではない。防衛の無駄を省き、浮いた兵糧と費用を民の救済へと回すことで、敵の保護圏に人々が惹かれる理由そのものに対抗する。兵を減らすことと、領国を弱めることは同じではない。守り方を改めれば、民を守る余力も生み出せるのだ。
元康は立ち上がり、畳に両手をついて翔次に深々と平伏した。
「……翔次殿! 三河の領民に代わり、心より御礼申し上げる。貴殿の知恵は、城を守るのみならず、三河の民の暮らしをも守ってくださるのですな」
元信もまた兜を脱ぎ、太い腕を組んで天を仰いだ。
「敵の侵入を防ぐために、ただ兵を増やすのではなく、兵を絞り、民を富ませるか……。某のような武辺者には思いも寄らぬ策じゃ。翔次殿、今川の太守様がそなたに大きな裁量を与えられた理由、今にして分かり申したぞ」
作戦は、冬の寒風が吹き荒れる中、順次施行された。
境川沿いに点在していた小砦のうち、守備上の意味が薄いものは兵を引き、必要に応じて柵や詰所を取り払った。代わりに、刈谷、逢妻、挙母の三つの要地では、既存の砦や土塁を補修し、堀を掘り直し、木柵と物見櫓を整えて、守備の要としての機能を高めていった。
千五百名いた前線の番兵は七百名に再編され、八百名の兵たちは、持ち場の整理が済んだところから後方へ移された。夫役もまた、差し迫った防備に必要なものを除いて減らされ、これまで土手普請や夜番に駆り出されていた百姓たちの負担は、目に見えて軽くなっていった。
そして――。
境川東岸の村々の辻々に、今川義元の朱印が捺された高札が打ち立てられた。
『――境目各村の今年度年貢、未納分の三割を減免す。
困窮せる農民には、刈谷・逢妻の義倉より無利息にて米を貸し与う。今冬の糧と春の種籾を案ずることなかれ。
夫役は防備に必要なものを除き、これを減ず。
今川の民は、今川の太守が守る――』
その高札の内容が村役人によって読み上げられた瞬間、境目の村々に、安堵の声とすすり泣きが広がった。
「ほ、本当か……!? 年貢が三割も軽くなるのか!」
「土手普請に駆り出される日が減るというのか……!」
「義倉から利息なしで米を借りられるなら、今年の冬も越せる。春に田畑を耕すこともできるぞ……!」
百姓たちは、泥に汚れた地面に手をつき、駿府の方角へ向かって頭を垂れた。
「今川の太守様が、わしらの暮らしを案じてくださった……!」
「鍋蓋様のおかげで、村を捨てずに済む……!」
「これなら、尾張へ逃げずとも暮らしていける……!」
民心が一朝一夕に変わるわけではない。長く続いた負担への不満も、隣村に立つ信照旗への関心も、これで消え去るものではなかった。
されど、少なくとも境目の村々では、今川領にとどまる理由が一つ、また一つと生まれ始めていた。
その変化は、数日を出ずして前線にも現れた。
尾張側への逃散が、目に見えて減り始めたのである。
それどころか、すでに尾張の保護圏へ逃れていた者の中にも、年貢減免と義倉の噂を聞きつけ、「今川領へ戻りたい」と申し出る者が現れた。彼らのすべてが戻ったわけではない。尾張で新たな暮らしを築いた者もいれば、今川の施策を疑い、なお様子を見る者もいた。
それでも、境目の村々から人が流れ出る一方だった頃に比べれば、確かな変化であった。
さらに、翔次の施策は、敵方の間者や扇動者が村々へ入り込む際にも、少なからぬ影響を及ぼした。
清須の滝川一益配下の草の者や、尾張の地侍が境目の村々へ潜入し、「信照様の保護圏に入れば、今川の夫役から逃れられる」と農民を誘おうとした時のことであった。
以前ならば、不満を抱えた百姓の中には、耳を傾ける者もいたであろう。
しかるに――高札の内容を知った農民たちは、扇動者の言葉を疑い、代官所へ届け出るようになった。
「今川の夫役が減り、年貢も軽くなると決まったばかりじゃ。なぜ、今すぐ村を捨てねばならんのだ」
「義倉から米を借りられるかどうか、まずは自分の目で確かめてみる。口先だけで、わしらを動かそうとするな」
「怪しき者め。代官所で話を聞いてもらおう!」
扇動者たちは、村人の疑念を解くことができず、身元を探られる前に立ち去る者もあった。
すべての間者を捕らえられるわけではない。信照の保護圏が持つ人々の結びつきも、これで失われたわけではなかった。
それでも、民の不満に付け込んで人を動かそうとする策は、以前ほど容易には通じなくなっていた。
城や兵だけが国境を守るのではない。民が自らの暮らしを守りたいと願い、その土地にとどまる理由を持つこともまた、領国を支える力となるのである。
数日後。
駿府・今川館の御座所において、逢妻からの復命を聞き届けた太守・今川義元は、畳の上に広げられた防衛陣割図と義倉の帳面を見つめ、白扇を静かに置いた。
庭には初冬の澄み渡る陽光が降り注ぎ、富士の嶺が凛然と輝いている。
「……守備兵を千五百から七百へ改め、浮いた兵糧の一部を民に貸し与えて人心を繋ぎ止めたか」
義元の低く重厚な声が、静まり返る広間に落ちた。
傍らに控える重臣たちは、感嘆の念を隠せず、ただ頭を垂れていた。
義元は翔次を見据え、その高貴な唇に深い笑みを浮かべた。
「翔次。そなたの用兵は、まことに孫子の説く『上兵は謀を伐ち、其の次は交を伐ち、其の次は兵を伐ち、其の下は城を攻む』の道に通ずるものよな。
信照が放任と通商の利をもって民を惹きつけるならば、予は国の仕組みを整え、仁政をもって民を安んずる。敵の誘引に抗するため、ただ兵を増やすのではなく、民の暮らしを支えることに力を注ぐとは……見事な考えである」
「太守様の大英断あればこそにございます」
翔次は深々と平伏した。
「兵を減らし、年貢を減ずることは、並の大名には容易にできぬこと。太守様が目先の損得のみならず、民の命と領国の先々を見据えてくださったからこそ、三河の民も今川のもとにとどまる道を選べるのでございます」
「うむ」
義元は力強く頷き、白扇を手に取った。
「これで境目の守りは、いたずらに兵を費やすことなく、要所を押さえる形へと改まった。民の暮らしもまた、少しずつ立て直せよう。……翔次、大儀であった」
軍議が引けた後、翔次は逢妻川本陣の物見櫓の上に立ち、夕暮れに染まる西の空を見つめていた。
境川の対岸、尾張平野の彼方には、冷たい夕靄が立ち込めている。
守備を要所に絞り、兵の配置を改め、浮いた兵糧と費用で民の暮らしを支える。今川家は、信照の保護圏に人々が惹かれる理由を見定め、それに対抗するための一歩を踏み出した。
されど――それは、敵の勢力を完全に押し返したことを意味しない。
(……だが、流れは止まらない)
翔次は自らの胸元を強く押さえた。
東海道の境目では、守りの形が改まりつつある。一方、西の彼方――美濃の斎藤家は、家臣団の離反によって、いよいよ滅亡の坂を転がり落ちようとしていた。
史実において織田信長が天下への飛躍台とした美濃一円が、今や戦うことなく、信照の保護圏へと組み込まれようとしているのだ。
(来るか……美濃の完全併呑)
翔次は夕闇迫る空を睨み据え、固く拳を握りしめた。
境目の守りを立て直した不敗の軍師の前に、時代という名の濁流が、さらなる巨大なうねりを伴って押し寄せようとしていた。




