第二十四話:旗を借りる者たち
第二十四話:旗を借りる者たち
永禄五年の冬も深まった頃、駿府の今川館に、尾張北部からの密報が相次いで届き始めた。
尾張北部――丹羽郡、葉栗郡、そして春日井郡の北部にかけて、美濃国境に近い一帯。
この地には、岩倉織田家の旧臣や、美濃斎藤氏と気脈を通じる小土豪、城館を構える地侍たちが、互いに譲らず割拠していた。
萱津の百姓たちとは違う。先祖伝来の城館を構え、郎党や地侍を率いて土地を守り、合戦となれば自ら槍を取って戦う者たちである。有力な者ともなれば、数百の兵を動かすだけの力を備えていた。
今川義元と鍋蓋翔次は、尾張からの軍事撤退後、国力を回復しながらも、この北部国人衆の利害対立に目をつけ、巨額の調略を仕掛けていた。
送り込んだのは、駿府の金蔵から切り出された金子二千両。
そして何より、今川義元自らの花押を据えた、「知行倍増・本領安堵」という破格の起請文であった。
武士とは、土地のために命を懸ける生き物である。
名門今川家の重臣に取り立てられ、領地を倍に安堵されるとあれば、信長の死後、周囲の勢力との関係が不安定になった北部豪族どもが今川の軍門に降ることも、十分に考えられた。
清須を拠点とする信照の勢力圏と美濃の間に楔を打ち込み、尾張北部への影響力を削ぐ。それが、翔次が前世の知識も踏まえて練り上げた、次なる調略の策であった。
――しかるに。
戻ってきた調略の総責任者・近藤右京亮の口から放たれた報告は、その策を根底から覆すものであった。
「……突き返されました」
右京亮は板敷きに額を擦り付け、苦悶に満ちた声を絞り出した。
「岩倉の織田伊勢守旧臣、丹羽郡の地侍・前野、生駒、さらには春日井の山田八郎左衛門に至るまで……太守様の起請文を、金子もろとも、一通残らず突き返して参りましてございます!」
上段の床几に座す今川義元が、静かに眉を寄せた。
「何と申した。知行倍増の証文じゃぞ。今川の直参に取り立てるという約定じゃぞ。先祖代々の土地に執着する武士どもが、なぜそれを蹴る。清須の信照が、今川以上の恩賞を約束したとでも申すか」
「否! 断じて否にございます!」
右京亮は身を震わせた。
「信照からは、間違いなく恩賞などただの一石も提示されておりませぬ! それどころか……豪族どもは、信照から『家臣にしてくれ』と頼むことすら出来ず、門前払いを食らったとのことでございます!」
「……何?」
翔次が弾かれたように身を乗り出した。
「家臣にすることを、拒絶された……?」
「左様にございます、翔次様」
右京亮は震える手で懐から一通の密偵の書状を取り出した。
「先だって、北部の城持ち豪族十余名が、武者揃えをして清須城へ参上したとのこと。『我らを信照様の御家来衆にお加えくだされ。城を差し出し、兵役を務めまするゆえ、今川と美濃の脅威からお守りくだされ』と、主従の誓いを立てに参ったのでございます。これは武家として、至極当然の筋道にございます。……しかるに、信照は御簾の奥から冷ややかに言い放ったというのです。
『――余は家来など欲しくない。お前たちの城も要らぬ。余を頼るな。……自分たちの城は、自分たちで勝手に治めよ』と!」
広間を揺るがすような沈黙が落ちた。
岡部元信が目を剥き、太刀の鞘を鳴らした。
「家来など欲しくない……!? 城と兵を差し出して忠誠を誓う武士に向かって、門前払いを食らわせたというのか!」
「へえ……。されど、真の地獄はそこからでございました」
右京亮の声が、戦慄で震え上がった。
「その突き放された言葉を聞いた瞬間、老獪なる岩倉の残党ども、前野や生駒の地侍どもの顔色が変わったのでございます。奴らは門前払いを食らって怒るどころか……互いに顔を見合わせ、薄気味悪い笑みを浮かべて膝を打ったというのです。
『……そうか。信照様は、我らを家臣にせぬと仰せられた。ならば、我らは今川の家臣となることなく、信照様の家臣にもならず、軍役を負うことも知行を差し出すこともなく、先祖伝来の城と領地を自分たちの手で治め続けられるということではないか!』とな!」
「……な……に……!?」
翔次の喉から、掠れた声が漏れた。
「結果、奴らの損得勘定は、恐るべきものでございました」
右京亮は畳を拳で叩いた。
「今川様の家臣になれば、確かに知行は増える。されど、大名の家臣となる以上は、重い軍役を課され、合戦となれば先鋒として命を懸けねばならぬ。今川と織田の争いが続けば、真っ先に戦場へ駆り出されるのは目に見えておりまする。
しかるに――信照の旗を掲げればどうなるか!
信照様は家臣にせぬと仰るゆえ、信照様への軍役も、知行を差し出すことも求められぬ。城に代官を送り込まれることもない。
そして……村々と同じように、門前に信照様の木瓜紋の白旗を一本掲げておけば、今川も美濃も、迂闊には手を出しにくくなる! 信照様の旗を掲げた城を攻めれば、尾張北部の豪族どもを一斉に敵に回しかねませぬゆえ!
命を危険に晒す軍役を負わず、信照様に知行を差し出すこともなく、城と領地を自らの手で治め続けられる……! 豪族どもは歓喜し、『今川の家臣になどなって、誰が命を捨てるものか!』と、太守様の起請文を突き返してきたのでございます!」
大広間に、死んだような沈黙が落ちた。
三浦上総介も、朝比奈泰朝も、歴戦の武将たちが一様に顔色を青ざめさせ、口を半開きにして立ち尽くしていた。
翔次は、膝から崩れ落ちそうになるのを必死で耐えていた。
激しい悪寒が背筋を這い上がり、頭の芯まで凍らせた。
(……やられた。完膚なきまでに、やられた……!)
萱津の百姓どもとは、次元が違っていた。
百姓たちは、飢えと略奪から身を守るために旗を掲げた。
だが、この北部の城持ち豪族たちは違う。
彼らは、武士としての打算と利己心によって、信照の旗を借りたのだ。
武家社会というものは、鎌倉の昔より「御恩と奉公」という冷徹な契約で成り立っている。
主君が家臣に土地を与え、家臣はその御恩に報いるために命を懸けて戦場を駆ける。土地の安堵と軍役の奉仕――それは、武士を束ね、大名が軍勢を動かすための、最も重要な原理の一つであった。
今川義元もまた、その原理を知り尽くした大名であったからこそ、「土地を倍にする」という破格の御恩を掲げて調略を仕掛けたのだ。
だが、信照の放った「自分たちで勝手に治めよ」という一言は、その武家社会の常識を根底から揺さぶった。
――奉公を求めぬ保護。
――主従の誓いを伴わぬ庇護。
信照は、武士たちに「家臣にならずとも、旗を掲げることは許す」と示したのだ。
武士にとって、これ以上に魅力的な申し出があるだろうか。
大名の家臣となって軍役を負い、命を削られるくらいなら、誰の家来にもならず、信照の旗を掲げて自分の領地を守り抜く方が、はるかに得だと考える者がいても不思議ではない。
信照は、豪族たちを忠誠心で惹きつけたのではない。
豪族たちの胸の奥にある「大名に使われて死にたくない」「自分の領地を誰にも渡したくない」という剥き出しの欲を、否定せずに解き放ったのだ。
「……御恩と奉公が、死んだ」
翔次の唇から、震える呟きが零れ落ちた。
「翔次殿……? 今、何と申された……」
元信が血走った眼で翔次を振り返る。
翔次は畳を爪が割れるほどに強く掻き毟った。
「元信殿……! 大名が武士を従えるための大きな絆である『知行と軍役の契約』が、あの男によって揺さぶられたのです!
太守様がどれほど領地を約束しようと、武士どもは首を縦に振らぬ! なぜなら、信照の旗の下にあれば、主従の誓いを立てずとも、自らの領地を守れる可能性があるのですから!
……信照は、調略合戦で勝ったのではありません。大名が武士を従わせるための恩賞を、彼ら自身の損得勘定によって色褪せさせてしまったのです……!」
広間に重い沈黙が落ちた。
義元は扇を握り直し、ゆっくりと口を開いた。
「……なるほど。彼奴らは信照に忠誠を誓ったのではない。信照の旗を借りて、己の領地を守ろうとしておるのだな」
義元は絵図の北部に目を落とした。
「ならば、あの者どもが結んだのは主従の盟ではない。己の利を守るため、同じ旗を掲げておるのだ。利が同じうちは固まろう。されど、一度利害が食い違えば、誰が彼らを繋ぎ止める?」
翔次は、思わず義元を見た。
「信照は、奉公を求めぬことで、彼らが同じ旗を掲げることを許した。だが、奉公を求めぬことと、彼らの争いを裁けることは別じゃ。……そこを見誤るな」
義元は静かに続けた。
「されど、今それを試すために兵を向ければ、彼らにこそ結束の口実を与えることになる」
誰も口を開かなかった。
「今は退く。北部の豪族どもを、金で買い戻そうとするな。彼らが何を守ろうとしておるのか、今一度見極めよ」
義元は絵図から目を離した。
「尾張を諦めたわけではない。今、無理に手を伸ばせば、こちらの指を失う。ならば、手を引いて次の機を待つまでじゃ」
義元は静かに命じた。
「調略の者は、すべて駿府へ戻せ。軍議はこれまでとする」
諸将が平伏する中、義元はゆっくりと絵図を畳んだ。
その眼差しには、策を退けられた苦さと、なお次の一手を探る大名の冷徹さが同居していた。
広間を出た翔次は、冬の夜気に肌を刺されながら、静かに息を吐いた。
信照は、またしても自ら兵を動かさなかった。
ただ「好きにせよ」と許し、旗を掲げることを認めただけである。
清須城を拠点とし、尾張に地歩を築いた信照自身は、領地と兵を持つ勢力の主である。
されど、その旗を北部の豪族たちが借りて自立を守るという構図が、今川や美濃に軽々しく手を出させぬだけの重みを持つに至ったことこそ、恐ろしかった。
右京亮の報告によれば、北部の豪族どもはすでに「北部自治連判衆」を名乗り、互いに私闘を禁じ、境目の要所に見張りを置き始めているという。
彼らが誓い合ったのは、信照への奉公ではなかった。互いの領地を侵さず、外から兵が押し寄せたときには報せを回し、必要に応じて力を貸す。そのための約定である。信照の旗は、その約定を外へ示すために掲げるものにすぎなかった。
もとより、連判状一枚で長年の遺恨が消えるわけではない。境目の田畑をめぐる争いも、家同士のわだかまりも残っていた。それでも、今ここで私戦を起こせば、外から押し寄せる敵に付け入る隙を与える。その一点だけは、誰もが認めざるを得なかった。
商人の荷まで遮るつもりはなかった。彼らが警戒したのは、敵の軍勢が領内を通り、兵糧を徴し、村々に負担を押しつけることだった。道を守るのは、商いを妨げるためではなく、戦のために領地を踏みにじらせぬためである。
信照を心から敬う者ばかりではなかった。あの旗の下なら商いが守られると考える者もいれば、今川の知行を受けるより自領を保てると踏んだ者もいる。互いの思惑は違っていた。それでも、今は同じ旗を掲げることが、各々の家を守る有力な手立てだった。
されど、信照の兵など一人もおらぬというのに、北部の城々は互いに備えを固め、今川が尾張へ再び手を伸ばすことを容易ならざるものにしていた。
(御恩を与えず、奉公を求めず。それでも人が集まる……)
翔次は、清須の方角を遠く見つめた。
あの男は、武家社会の常識そのものを、静かに書き換え始めている。
その変化は、今川義元をもってしても、容易には押し戻せぬほどの力を帯び始めていた。




