番外編 エヴァンの生き甲斐 後編
シオダの『家』は、本当に犬小屋のようだった。
家というより部屋だ。厨房も居間もなければ付き人もいない、これが平民というものか。
「言っとくけどな!!!オメェら顔に哀れみが出てるんだよ!!これでも家賃十万だからな!!俺は立地で選んでんだよ!!」
「僕、初めて優越感というものを知った気がします…」
「私も、このような民たちを無くし、国全体を豊かにさせなくてはと、身が引き締まる思いですわ」
「お前らはまず思い込みを捨てろ!!」
シオダは狭い部屋の中の、さらに仕切られた一角にある、壁側の薄い黒い板をいじった。すると黒い板は光り出し、その中に絵が浮かびあがった。
「これは、何の魔法ですの?」
「ババリアーナ様、絵が動いています!伝声水晶の一種でしょうか」
「魔法じゃねぇよ、電気と電波だ。まあ見てろ」
シオダが何やら虹色に光る丸い板を箱の中に入れる。すると、黒い板に女性が浮かび上がった。
「………これは、お前の服の…」
「悪役令嬢な、これはアニメ。なんつーか、動く絵本とか平たい劇だと思え」
そこから先はあまりの衝撃に言葉が出てこなかった。その物語はあまりに鮮やかで、美しい音楽に彩られ、面白おかしくも切なく、最後は胸を穿たれたような痛みに襲われた。
「………………」
「…………すごかった、ですわ」
「だろ!!!??すげぇだろこのアニメ!!!お前ら人生初のアニメがこの作品だったの、最高に恵まれてんぞ!!」
「…………………………シオダ」
僕を突き動かしたのは、経験したことのない衝動だ。これはこの世界でこいつにしか頼めない、ならば絶対にこの機を逃すべきではないのだ。
「っエヴァン!!手荒なことはやめてくださいまし」
「何だテメェ、その見た目で胸ぐら掴まれても全然怖くねぇぞ?」
「…………………………他の『あにめ』も、教えてくれ」
ババリアーナ様が目を見開き、シオダはにやにやと笑っている。それすらもどうでもよかった。僕には、なりふり構っていられない、欲しいものが出来たのだ。
ふと、ババリアーナ様が僕の服の裾を掴んでいることに気付いた。
「……遠くへ行かないでくださいまし」
「ババリアーナ様……」
「貴方が、私以外の何かに夢中になることは、とても喜ばしいことだと思いますわ。でも、私は今とてつもない喪失感の中におりますの」
こうして見下ろすと、いつも威厳に満ちたババリアーナ様は、何と小さくか弱い存在であるのだろうと思えた。
「………くそ」
「どうしましたシオダ、何故泣いているんですの」
「泣いてねえよ!!!た、玉ねぎが目に染みただけだ!!」
「玉ねぎの匂いなんてしませんが…??」
「うるせえ!!!」
僕にはシオダが何故泣いたのか、理解できた。こいつババリアーナ様が大好きなんだ。癪に障るような気もするが、誇らしい気もする。
「……ババリアーナ様、僕、こいつと仲良くなれそうな気がします」
「お前が勝手に思ってるだけだ!!!アニメは教えてやるけどもよ!!何系がいい、感動系か?お笑い系か?ダークなのもある」
「主人公が気が強くて素直じゃないけど本当は優しい人がいい」
「悪役令嬢は大体そうだけどよ!てめーの好みは分かった。それだとコレかコレがいいな」
「ちょっ…勉強!私たちは文明を学びに来たのですわー!!!」
「いいぜ、テレビが何で付くのか説明してやるよ、アニメ再生しながら」
ババリアーナ様がむくれているが、そんなお顔も美しく可愛らしいと思う。多分横にいる男も同じことを考えているのだろう、口元を押さえて俯いていた。




