番外編 ローワンの一日
小さく飾り気のない詰所、ここが俺の職場だ。
警備に必要なものが詰め込まれたこの狭い空間を、少しでも居心地の良いものにしようと色々工夫をしてきた。例えば珍しい茶葉をストックしておくとか、観葉植物を飾るとか。
出勤後、部屋の掃除をし終わった後に一服するのが俺の日課だった。
決まりきった一日を過ごすのが何より心地よかったのだが、その日常がある輩によって壊されることが多くなった。
詰所のドアのベルが鳴る、件の奴のお出ましだ。
「ローワン先生ごきげんようですわ〜」
「俺がドアを開ける前に勝手に入るな、勝手に物をテーブルに置くな、勝手に椅子に座るな」
「スコーンが奇跡的に上手に焼けましたの、今日はとっておきの付け合わせもあるんですのよ!」
「人の話を聞け」
このふくよかな体型でよく喋る女性は、ノルト学園の生徒にして王女候補筆頭であるババリアーナ・フォン・バーバリア令嬢…に瓜二つであるが、ババリアーナではない。
名を『馬場』という。
「俺は忙しいんだ、今すぐ帰れ」
「せんせー早く!早く召し上がらないと溶けてしまいますわ!あっ丁度いいところにお茶が」
「俺が俺の為に入れた茶を勝手に奪っていくな」
「洋菓子に緑茶の組み合わせも悪くないですわね!」
彼女は俺の言うことをとにかく聞かない。今の彼女はもう俺の生徒ではないのだから、仕方ないと言えばそうなのだが。
「…その白い物体は何だ?」
「お気づきになりました??クロテッドクリームです!スコーンと相性抜群なのですよ!密輸いたしました」
「危険な発言は控えろ」
「悪役令嬢が板についてきましたでしょ?あっもう悪役でも令嬢でもないんだった」
「悪役令嬢というよりただの犯罪者だ」
甘い物は嫌いではないが、特別好きという訳でもない。この間の『ダイフク』は美味かったが。
「スコーンはこうして半分に割り、クリームとジャムを添えていただくのですわ!どうぞ」
「いや、自分で出来るから…というか、何故そんなに馬場は俺に食べさせたがるんだ」
「驚くお顔を見た…何でもないですわ、美味しいものを分けたくなるのは、人の性なのですわきっと」
差し出された皿からスコーンを取る。こうなったら彼女はてこでも動かないのを知っている。口に入れると、香ばしい香りと共にほろほろと崩れていく。
「…これは、牛乳の類いか?」
「そうですわ!クリームですわ!!」
「食べたことのない味だ…成程、美味いな。馬場は、食べないのか?」
「あっいえその、食べますわ」
じっとこちらを観察するばかりで一向に食べようとしない彼女が慌てて口にいれる。すると突然立ち上がった。
「ひらめきましたわー!!!ちょっと私調理室へ行ってきます!」
「口に食べ物を入れたまま立ち上がるな、落ち着け、せめて飲み込め」
口に入れたものを無理やり飲み込み、茶で流すと彼女は凄い勢いで詰所を出て行った。あちこちにぶつかる音と悲鳴を残して。
やれやれ、と茶を飲む。本当に騒がしい元令嬢だ。いなくなるとこの部屋の静けさが際立つ。
暫くして彼女はまたドアを勢いよく開けて駆け込む。その頭には小さなタヌキ、腕の中にはキツネと皿を抱えていた。だから俺がドアを開ける前に勝手に入ってくるな。
「ローワン先生!あんことクリームです!これがせんせーの最適解のはずですわ!!」
彼女が以前作った、豆の砂糖煮。それを俺の皿にたっぷりと乗せる。
「…太るな」
「え!?先生も私のような体型に!?」
「絶対嫌だ」
「心無い拒絶!」
俺がそれを口に入れるまで、彼女は絶対に動かない。期待に満ちた目でこちらを見つめている。
暫く手をつけずにいると、彼女は生唾を飲み込んだ。つい吹き出す。
「俺に構わず食べていいぞ」
「ダメです!せんせーが先です!」
「一緒に食べる選択肢はないのか」
「食べたら食べることに夢中になってしまうのでダメです!」
何故かキツネとタヌキもこちらをじっと見る。無言の圧に耐えかねて食べると、キツネとタヌキも皿の中の豆に勢いよく食らいついた。
「………」
「どうです?」
「……………………うん」
馬場が胸の前で手を組み、身を乗り出してくる。
「あんこホイップとあんこバターの中間!和洋折衷の極みですわ!!!」
「すわ」
「なん」
「馬場は、何と言うか、不思議なものを次々思いつくな」
「私の世界には既にあるものですわ!私たちはグルメな民族なのです!」
「そうか」
そこへベルの音と共にドアが開く音がした。こいつも俺がドアを開けるのを待たない。身勝手な奴らばかりで頭が痛い。
「ーーー成島さん」
「馬場、仕事で聞きたいことがあって。進まなくて困ってるんだ」
「あの、私今日有給ですので明日以降で」
「俺も有給」
「お休みの日は仕事の話はやめましょう!?」
この男は馬場の仕事仲間らしいが、馬場はいつも煙たがっている。ほんの少し前まで、俺の中にいた男だ。
「ナルシマ、馬場を連れて帰れ」
「嫌です!まだスコーン食べてませんわ!」
「俺の仕事の邪魔だ」
「せんせー最近冷たいですわ!」
「優しかったのは俺じゃない、ナルシマだ」
「ローワン余計なこと言わないでくれ」
こうして、俺が整えた空間の、決まりきったはずの一日は、招かれざる客によって大体ぶち壊される。
「ババ様!やっぱりここにいらしてたのですね」
「おい馬場!いい加減俺の貸したゲーム返しやがれ!」
「リリアと塩田じゃない、デートしてたの?」
「してねえよ!!!!!!!」
「お前ら全員帰れ」




