番外編 成島の苦労
・馬場の独り言
あの人はどこにいても存在感がある。
挨拶の声がまず響く。つられて周りの人も大きな声で挨拶を返す。
全然離れた席の私のところにも必ず来て挨拶をし、『今日は暑い』『寒い』などの雑談を振ってくる。だいたい『そうですね』しか返せていない。
仕事中の会話も声がでかいので聞こえてくる。質問とか話を聞いてくれ系が多い、頼られている。
かと思いきや、突然こちらにやってきて『馬場はどう思う?』と聞かれる。だいたい通り一遍の無難な答えしかできてない。聞かれても困ることの方が多い。
昼休みも油断できない、食堂のすみっこの方でこっそり食べていると、いきなり隣に来たりする。『ここ空いてていいな』などと言いながら。
身長がでかい、動作がでかい、食べる一口がでかい。
こういう時はだいたい入社したばかりの頃の話をする。『あの頃はシステムが古くて大変だったよな』『あの時の先輩元気かな』みたいな。共通点がそれぐらいしかないからである。
仕事上がりの頃、よく飲みに誘われている。だが油断ならない、三回に一回ぐらいは『馬場もどう?』と聞かれるからである。こういう時は用事を捏造しなければならないので心が苦しい。ぼっちに予定なんかある訳ないだろ。
もう十年も前のことになるが、成島さんが体調不良(多分熱中症)で倒れたことがあった。あの時日陰まで運んで水をあげたことを、まだ義理堅く感謝してくれているのだろう。もうそろそろ忘れて欲しい。
・成島の独り言
あの日、意識が朦朧として、身体が動かなくて、「あ、死ぬ」と思った。
気付いたら馬場と通りすがりの人たちに、日陰まで運んでもらっていたようだ。
馬場は顔を真っ赤にして、汗だくで、俺を仰ぎながらずっと何か話しかけてくれていた。意識を失ったらまずいと思ったのだろう。
首元とか脇の下にありったけのペットボトルが置かれていた。ありがたかった。
あれからなんだか、馬場を見るとほっとするのだ。今何をしているんだろうと目で追うと、一日のルーティンが読めるようになった。
俺が違う業務に携わるようになってから、ほとんど会話はしなくなっていたけど、すれ違えば雑談はするし、同期なんだから接点はいくらでもあると思っていた。
よくコピー機の前で固まっていた。困ってるんだな、と思って用もなく側を通っても、特に何も言わない。画面と格闘していた。いや頼れよ。聞けよ。
来ないかな、と誘っても飲み会に来てくれたことは一度もない。二人で食事なんか誘えるはずもない。
そうだ、割と詰んでいた。
それでも挨拶が返ってくれば嬉しいし、たまに雑談できれば、まだ話せるとほっとする。
この日常の打開の仕方が分からない。




