第十一話 シャルロット様のひみつの悩み?
エデン村の食堂でアルバイトを始めてから、何日か経ったある日のこと。
毎日、アイちゃんデザインの可愛いメイド服を着て、村のみんなに「可愛いー!」って大歓迎されながら、パタパタ働くの、すっごく楽しいんだよね! 自分で稼いだお金でポチるお菓子も、まじで最高!
今日もそろそろアイちゃんとお仕事に出かけようとした時のことだったの。
「シャルロット様、行ってきまーす!」
いつものように縁側からお声をかけると、シャルロット様は温かい緑茶をすすりながら、なんだか私の方をじーーっと見つめていたの。
氷藍色の綺麗なおめめが、なんだか不安そうに揺れていて、私に何か言いたそうに口をもごもごさせているんだよね。
「あれれ? シャルロット様、どうしたんですか?」
私がお首をかしげて尋ねてみると、シャルロット様はハッと我に返ったみたいに、あわててお顔を横に振ったの。
「ううん……気のせいかもしれないわね。モカちゃん、ごめんなさい。なんでもありませんわ」
「え〜? 気のせい?」
いつものお上品なお嬢様言葉だけど、なんだか声が少しだけ震えている気がするの。うう〜、すっごく気になるよぅ!
「おーい、モカちゃん早く早くー! 遅刻しちゃうよー!」
陽キャなアイちゃんが元気よく私を呼ぶ声が聞こえてきたの。
シャルロット様が何を言いたかったのか、すこし気にはなったんだけど、お仕事の時間が迫ってきているから、私は「じゃあ、行ってきます!」って叫んで、急いでアイちゃんのところへダッシュしたんだ。
歩きながらも、私の胸の奥のモヤモヤは全然消えなかったの。あんなに賢くて温厚なシャルロット様が、あんなお顔をするなんて。一体、何が「気のせい」だったんだろう……?
でも、お仕事が始まっちゃえば、フロアは目が回るくらいの大忙し!
私はシャルロット様の様子が気になりつつも、アイちゃんと一緒に声を掛け合って、精いっぱいお仕事をがんばったんだ。
◇
「モカちゃん、今日もお疲れ様ー!」
「アイちゃんもお疲れ様ー! うう〜、今日もいっぱい動いてお腹ペコペコだよぅ」
無事にお仕事が終わって、クリスさんにホカホカのバイト代をもらった私は、アイちゃんと一緒に急いでシャルロット様のおうちへ帰ってきたんだ。おうちに近づきながら、私はお財布をチャリンと鳴らして「にへっ」と笑ったの。
「お財布にお金もたまったし、帰ったらすぐにジャングル市場を開いて、フェルくんにアツアツのハンバーグを山盛りポチってあげよーっと!」
いつもなら、私たちが敷地に入った瞬間に、おっきな白い体をのっそり起こしたフェルくんが「おい、モカ! 遅いぞ、早く飯をよこせ!」って偉そうに吠える声が聞こえてくるはずなんだけど……。
「…………あれ?」
小川のほとりまで来ても、お庭の方からはなんの音も聞こえてこないの。森の中が、しーーんと静まり返っているんだよ。
なんだか胸の奥がざわついて、私はアイちゃんと顔を見合わせて、お庭の方へいそいで走っていったの。
お庭のひらけた場所に出た瞬間――私は持っていたお財布を、床にポロッと落としちゃいそうになった。
「フェ、フェルくん……!?」
そこにいたのは、いつもの格好いいフェルくんじゃなかったの。
真っ白で大きなお体を丸めて、地面に力なく横たわって……はぁはぁ、はぁはぁって、すっごく苦しそうに息を吐きながらふさぎ込んでいたの。
「モカちゃん、アイちゃん……。お帰りなさい……」
フェルくんのすぐそばには、シャルロット様がしゃがみ込んで、氷藍色の眼を曇らせながら、フェルくんのお体を優しく撫でていたんだ。シャルロット様のお顔は、朝よりも何倍も真っ青になっていて、お口元をきゅっと噛みしめている。
「シャルロット様! フェルくん、どうしちゃったの!? どこか痛いのぉ……っ!?」
私が泣きそうな声で駆け寄ると、フェルくんは重たそうに、ゆっくり、ゆっくりおめめを開けたの。いつもなら金色にキリッと輝いているおめめが、なんだかとろんとしてて、すっごく眠そうなの。
「おお……モカ、かえった、か……。すまん、な……今日の、飯は……」
フェルくんの声は、消えちゃいそうなくらい小さくて、かすれていたの。お口からはよだれじゃなくて、つらそうな吐息がはぁはぁって漏れているんだよ。
「うう、いいの! 喋っちゃダメだよフェルくん! 待ってて、今すぐジャングル市場でアツアツのハンバーグ出してあげるからね! お肉の缶詰もいっぱいポチるからっっ……!」
私はあわてて空中に光る画面を出して、お財布のお金を全部入れようとしたの。だけど、フェルくんは力なく、ふるふるとお首を横に振ったんだ。
「いや……いい、のだ……。我は、もう……何も……腹に、入らぬ……」
「えっ……? はん、ばーぐ……いらないの……?」
私は差し出そうとした手を止めて、ぽかんとした。
あの食いしん坊のフェルくんが、ハンバーグをいらないって言ったの。世界で一番大好きな食べ物を拒否するなんて、そんなの、まじでまじで絶対におかしいよ……!
「う、うわぁぁぁーーーーんっっ!!! フェルくん、どうしちゃったのぉぉぉーーーっっっ!!!」
私は我慢できなくなって、フェルくんの苦しそうなお体にぎゅーーって抱きついて、大粒の涙をポロポロ流して大泣きしちゃった。私の大好きな白い毛並みが、いつもよりすっごく熱くって、フェルくんがはぁはぁするたびにおっきなお体が震えているのが伝わってくる。
「やだよぅ、フェルくん……っ! 私、今日だっていっぱいお仕事がんばって、お金たくさん稼いできたんだよ!? だからジャングル市場で、何でも、どんな高級なお肉でも買ってあげるからぁ! お願いだから元気になってよぉぉぉーーーっっ!!」
私がフェルくんにお顔をうずめてワンワン泣いていると、シャルロット様が優しく私の肩に手を置いて、氷藍色のおめめでまっすぐ見つめてくれたの。
「モカちゃん、泣いてばかりいてはダメよ。今は、フェル様のために、私たちができることをいたしましょう」
「う、ぐすっ……私たちが、できる、こと……?」
「ええ。せめて既製品のレトルトではなく、まごころを込めた、美味しい手作りの食事を食べさせて差し上げましょう。温かくて消化に良いものなら、きっとお口にしてくださいますわ」
シャルロット様の言葉を聞いて、私は涙をゴシゴシ拭いて立ち上がったの。そうだ、泣いてる場合じゃない! フェルくんに美味しいご飯を作ってあげるんだ!
「うん! 私、ハンバーグ作る! シャルロット様、作り方教えて!」
そうと決まれば、みんなでいそいで準備スタートだよ!
帝国と王国をつなぐ流通の要の、いろんな物がいっぱい届くエデン村だから、材料は結構簡単に手にはいる。それにお野菜は、シャルロット様が自分のおうちの畑で愛情をたっぷり込めて作った、採れたての玉ねぎがあるんだもん!
おうちの台所に集まって、みんなで調理を開始したよ。私、日本にいた頃は、手作りお料理なんて一度もしたことがなかったんだけど……。
玉ねぎを切るだけでおめめがしみしみして、また涙がボロボロ出ちゃう。でも、フェルくんに元気になってほしいから、絶対に負けないんだから!
「玉ねぎは、こうして細かくみじん切りにして、お肉とよく混ぜるのですのよ」
「はいっ、シャルロット様!」
私はシャルロット様の見よう見まねをしながら、おっきなボウルに入った、ひんやりしたひき肉の中に手を突っこんだの。ううっ、お肉が冷たくって手がジーンとしちゃう。でも、私はお口をきゅっと結んで、フェルくんのカッコいい笑顔を思い浮かべながら、必死でお肉をこねこね、こねこねってこね続けたんだ。
(フェルくん、がんばって作るからね。これを食べたら、絶対に元気になって、またいつもの偉そうな声で『飯をくれ!』って言ってよね……!)
横では陽キャなアイちゃんも、いつになく真剣なお顔でお肉の形をまあるくペチペチって整えてくれている。3人のまごころがたっぷり詰まったハンバーグが、フライパンの上でジュージューって、こうばしい匂いをたてて焼き上がっていくの――。




