第八話 おばあちゃんの交渉術、炸裂ですわ
「だ、だがな! だからといって、お前の家出を認めるわけにはいかないぞ!」
湯呑みをガタッと鳴らして、必死な顔で「実家に帰れ」とごね続けるお兄様。フンスと肩を荒くしている姿は、完全に駄々をこねる子供そのものね。
でも、精神年齢132歳のおばあちゃんからすれば、お兄様が「妹を危険から守りたい」という強い責任感と愛情から言っているのは、とーってもよく分かるのよ。だからこそ、その責任感をちょっとだけ逆手に取らせてもらいましょうかねぇ。
「まあ。お兄様、そんなに私の身を案じてくださって、本当に嬉しいです」
「だったら大人しく王都へ――」
「でもね、お兄様。今のローゼンバーグ公爵家は、お父様とお母様が実権を握っているでしょう? 私を政略の道具としか見ていないあの冷淡な二人の元へ戻って、果たしてお兄様は私を本当に『守った』と言えるかしら?」
「なっ……?」
私の言葉に、お兄様が言葉を詰まらせたわ。
「私が戻れば、お父様たちはまたすぐに別の、今度はもっと酷い男との政略結婚を無理やり持ってくるでしょう。お兄様は、それをお父様たちから拒絶して、私を守り抜く自信がおあり?」
「それは……くっ……」
お兄様は悔しそうに拳を握りしめたわ。
そうなのよ。次期公爵とはいえ、まだ実権は親にある。
お兄様の今の立場じゃ、私の安全は保証できないの。
「だからね、お兄様。一つ、私からお願いがございます」
私は身を乗り出して、お兄様の手をそっと包み込むようにしながら、優しく微笑みかけたわ。
必殺のおばあちゃんスマイルよ。
「お兄様が公爵家の実権を完全に掌握してください。そうして、お父様たちを隠居させて、誰も私に文句を言えないような『完璧な安全圏』を我が家に作っていただきたいのです。それができたら、私はいつでも王都へお戻りいたしますわ」
「な……! 私が実権を……!?」
「ええ、そうよ。それまでは、私はこの村を拠点にして、お兄様のために動く『情報員』としてヒッソリ活動します。ここなら隣国の情報も集まりますし、王都のギスギスした監視の目からも逃れられるでしょう?」
「ちょ、情報員……? お前がか……?」
お兄様のつり目が点になっているわ。ふふ、まさか妹から公爵家の世代交代を促されるとは思わなかったでしょうね。
「それにね、お兄様。ここが危険な辺境だとおっしゃるけれど、この隣国の端っこを支配しているのは、どなたの領地だかご存知?」
「……『エデンの開拓村』を管轄しているのは、確か隣国のエドワード辺境伯だが」
「そうです! あの辺境伯様、若くてとっても優秀なうえに、お兄様とは学生時代からの大の仲良しでしょう?」
お兄様はハッと息を呑んだわ。
そうなのよ。この身体の記憶をほじくってみたら、お兄様は隣国のエドワード辺境伯と非常に親しい間柄だったの。それなら、この村の治安なんて最初から身内みたいなものじゃない。
「マルクさんと開発したこの『ジャパイモ料理』と、この美味しい『お茶』をね、お兄様のコネを使って、まずはその辺境伯様に差し入れとして贈るのです。こんなに美味しいお芋とお茶をプレゼントされたら、辺境伯様だって大喜びで、この村の警備をますますガチガチに強化してくれるに決まってます!」
「な、なるほど……! エドワードなら美味いものに目がないし、私からの直々の贈り物なら、喜んでこの村の護衛兵を増員するはず……!」
お兄様、私の提案(おばあちゃんの口車)にすっかり乗せられて、頭の中でシミュレーションを始めちゃっているわ。
「でしょう? だから、私はこの村で辺境伯様と良好な関係を築きつつ、お兄様のために美味しいお芋を仕込んで待っています。お兄様は王都へ戻って、私を本当に守れる力を手に入れるために、お父様たちから実権を奪い取る準備をなさってください。難しい政治のことはお任せしますわ」
完璧な論理のすり替え。
132歳の知恵袋にかかれば、「実家に連れ戻す」というお兄様の目的を、「妹を完璧に守るために王都で権力を握る」という壮大なミッションへ、綺麗にすり替えちゃうなんてお安い御用よ。
お兄様は湯呑みをじっと見つめた後、覚悟を決めたように力強く顔を上げたわ。
「……分かった。シャルロット、お前の言う通りだ。残念だが今の私では、お前を本当の意味で守りきれない。私が公爵家のすべてを掌握するまで……お前はここで、エドワードの庇護の元、隠居生活という名の『情報員活動』に励むがいい!」
「ええ、承知いたしましたわ、お兄様」
うふふ、大成功。
これで実家からの連れ戻しは完全に阻止できたし、この村の管轄である辺境伯の強力なバックアップまで手に入る見込みが立ったわ。
おまけに、お兄様が実権を握るまでは王都に帰らなくていいんだから、当分はここで誰にも邪魔されずにのんびりできるってものよ。
お兄様を完璧に丸め込んだ私は、冷めかけた緑茶をズズッと啜りながら、これからの極上隠居生活に改めて胸を躍らせるのでした。




