第七話 氷の貴公子の骨抜きお茶会
「もう、怒ってばかりだと眉間にシワが寄って、せっかくの男前が台無しになりますよ? 難しいお話は一旦おいておいて、まずは中にお入りください」
私はふうとため息をつくと、まだフンスフンスと鼻を鳴らして怒っているお兄様の腕を掴んで、そのまま有無を言わさずに、マルクさんの交易所の中へと引っ張っていったわ。
「な、なんだこの匂いは……?」
調理場に漂う、あのほくほくとしたジャパイモの甘い香りと、香ばしく揚げた塩とお油の匂いに、お兄様のつり目がピクリと動いたのを見逃さなかったわよ。
「お兄様、王都からここまで馬を飛ばしてきて、お腹が空いているでしょう。私の特製料理をお譲りしますから、お食べくださいな」
私はお兄様を無理やり椅子に座らせると、さっき大好評だった『ふかしジャパイモ』と『カリカリじゃが』、そして淹れたての温かい『緑茶』を目の前にすっと差し出したの。
「ふん、私はこれでもローゼンバーグの次期公爵だぞ? 公爵家の最高級料理を食べて育ったこの私を、このような辺境の芋料理で懐柔しようなどと――(モグッ)――……」
お兄様が一口齧った瞬間、ピキーンと全身が硬直したわ。
冷徹な「氷の貴公子」の仮面が、一瞬でひび割れていくのが分かっちゃった。
お兄様は夢中でジャパイモを口に放り込み、緑茶をズズッと啜っている。
もう、さっきまで村人たちを怯えさせていた威圧感なんてこれっぽっちもない。
お皿と湯呑みを綺麗に平らげたところで、お兄様はふぅ……と長いため息をついて、ぽつりと呟いたの。
「……うまい」
「お口に合ったようで何よりです」
お茶を三杯目、一息ついたところで、お兄様のつり目が、なんだか少し潤んでいるようにも見えるわね。
急にトーンダウンして、湯呑みを両手で包み込みながら、ぽつりぽつりと本音を漏らし始めた。
「……シャルロット。お前が王太子殿下に婚約破棄されたと聞いた時、私は……胸が張り裂けそうだったのだよ」
「え? あら、そうなの?」
「我が家は厳格だ。完璧な貴族であることだけを求められる。だが……お前がいなくなって初めて、私は気づいたのだ。私は、家族を失うのが、お前を失うのが、死ぬほど怖い……!」
お兄様は肩を震わせ始めたわ。
「お前は覚えているか? 私たちがまだ小さかった頃……厳格な父上の目を盗んで、一度だけ庭の隅で一緒に泥んこになって遊んだことがあっただろう。お前が転んで泣いた時、私は『私が一生お前を守ってやるから、もう泣くな』と約束したんだ。……あの時から、私の気持ちは何も変わっていない!」
(……そういえば、そんなこともありましたねぇ)
お兄様の言葉に、この肉体の古い記憶がふっと蘇ってきたわ。
いつも冷たくて完璧な跡継ぎとして振る舞っていたお兄様だけど、あの時だけは小さな手で私の泥を払って、必死にお兄ちゃんぶろうとしてくれていたのよね。
「それなのに、お前は実家に何も相談せず、忽然と王都から姿を消して……! ようやく連絡が届いたと思ったら『隠居します。探さないでください』だと!? どれだけ私が心配したと思っているんだ! 憤慨して、いてもたってもいられなくて、私は護衛も付けずに馬を全力で走らせてここまで来たんだぞ!」
(あらあら、まあまあ……)
私は、あ然としてお兄様を見つめちゃったわ。
冷淡だと思っていたローゼンバーグ公爵家だけど、このお兄様、冷徹の皮を被っていただけで、中身はただの妹思いのお兄ちゃんだったんじゃないの!
婚約破棄されて妹が傷ついていると勘違いして、心配で、でも届いた手紙があまりにもドライでそっけなかったから、寂しさと怒りが爆発しちゃったわけね。
132歳のおばあちゃんからすれば、もう、可愛いというか、めんどくさいというか……うふふ。
「お兄様、心配をかけてごめんなさい。でも、私はご覧の通り、とっても元気です。こののどかな村で、美味しいお茶とお芋に囲まれて、本当に幸せなのです」
「だ、だがな! だからといって、お前の家出を認めるわけにはいかないぞ!」
お兄様はお茶碗をテーブルにガタッと置いて、急にムキになってごね始めたわ。
「本当は王太子殿下との婚約なんてどうでもいい! だが、お前がこんな辺境の、いつ魔物に襲われるかもわからない村に残るなど、絶対にダメだ! 家に帰るんだ、シャルロット! 帰って、今度は私が守ろう!」
あらあら、まあまあ。私の家出を認めるのだけは頑なに拒否してごね続けるわけね。
シスコンっぷりが拗れて、完全に駄々っ子モードに突入しちゃっているじゃないの。
(あーあ、本当にめんどくさいわねぇ。これじゃあ、どれだけ説得しても王都に連れ戻すって言い張って聞かなそうだわ……)




