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第六話 おばあちゃん、堪忍袋の緒が切れる

「シャ、シャルロット様! 大変です! ローゼンバーグ公爵家の長男であるアルベルト様が、自ら馬を飛ばしてこの村に向かっておられます! もうすぐ入り口に到着すると!」


マルクさんが文字通り真っ青な顔をして飛び込んできたわ。


公子がこんな辺境の開拓村に直接やってくるなんて、国家的な大事件レベルよ。


交易所は大騒ぎになり、村長さんを筆頭にした村人たち、そして『鉄壁の四重奏』のメンバーたちも、全員がガタガタ震えながら村の入り口にズラリと整列してお出迎えすることになったの。


(あらあら。せっかくのお茶の時間が台無しじゃないの。めんどくさいわねぇ……)


私は心の中で盛大にため息をつきながら、みんなと一緒に村の入り口へと向かったわ。


やがて、街道の向こうから激しい地鳴りのような蹄の音が響き渡り、一頭の見事な黒馬が砂煙を上げて静止したの。

そこに跨っていたのは、私の肉体の実の兄――アルベルトお兄様だったわ。


ハッと息を呑むほど整った容姿。

だけど、私とよく似たつり目の奥にある瞳は、まるで万年床の氷河のように冷徹そのもの。

王都の貴族たちが「氷の貴公子」なんて呼んで恐れていた通りの、冷たい威圧感を全身から放っているわ。

村人たちも冒険者の男の子たちも、そのプレッシャーに耐えかねて地面に平伏しているじゃないの。


お兄様は、馬から降りようともせず、高い位置から見下ろすように私をその冷徹な目で射抜いたわ。

そして、氷が擦れ合うような低い声で、淡々と私への説教を始めたのよ。


「……探さないでください、だと? どこまで愚かなのだ、シャルロット。王太子殿下に婚約破棄を言い渡され、挙句にこんな汚らしい民しかいない辺境の開拓村へ逃げ延びるとは、ローゼンバーグ公爵家の血を引く者として恥を知れ。お前がどのような不手際をやらかしたかは知らんが、家の一大損害だ。分を弁えぬからそうなる。お前はただの政略の道具であり、我が家の駒に過ぎない。その自覚もなく、このような薄汚れた土地で『隠居生活』などというおままごとに興じるとは、呆れて物も言えん。一族の面汚しめ、今すぐ王都へ戻り――」


最初はね、私も132歳のおばあちゃんですから、「若い子が何かツンツン尖ったことを言っているわねぇ」なんて、冷静に受け流していたのよ。


だけど、お兄様の言葉はどんどんエスカレートしていくじゃないの。

私のことはいくら道具扱いしてもらっても構わないわよ? 痛くも痒くもないもの。


でもね、このお兄様、私が気に入って、一生懸命に汗を流して畑を耕している村人さんたちの優しさや、こののどかで美しい村のことまで「汚らしい民」「薄汚れた土地」なんて、一方的に侮辱し始めたのよ。


一回目の人生、フランスの暗殺者として、権力を笠に着て大衆を蔑む傲慢な貴族が大嫌いだったわ。

2回目の人生、日本の主婦として、泥にまみれてお野菜を作ってくれる農家さんへの感謝を忘れたことはないわ。


その二つの魂が、お兄様の冷酷な言葉に、ついにピキーンと反応しちゃった。

私の、合計132年分の堪忍袋の緒が、音を立ててブチ切れたわ。


「――お前のような出来損ないは、一生地下の牢獄にでも――」




「お黙りなさい!!!!」




私の口から飛び出したのは、優しげなおばあちゃんの声でも、公爵家に従順なシャルロットの声でもなかったわ。


一回目の人生で、狂ったフランスの歴史をたった一人で闇から変えようとした、あの「暗殺の天使」としての、地獄の底から響くような絶対的な威圧。


ビシィィィィン……!!!


大気が物理的に凍りついたかのような錯覚が走ったわ。


あまりの殺気とプレッシャーに、お兄様が乗っていた見事な黒馬が、一瞬で恐怖に身を竦め、ブルンッ!と激しく嘶いてその場に踏みとどまったの。

お兄様は手綱を握る手をガタガタと震わせ、つり目を極限まで見開いて、幽霊でも見たかのように驚愕の表情で私を凝視しているわ。


平伏していた村長さんも、マルクさんも、『鉄壁の四重奏』のメンバーたちも、あまりの空気の変貌に息をすることすら忘れて硬直している。


「まずは馬からお降りください。お話はそれからですわ」


私のその一言に、お兄様は生唾をゴクリと飲み込んでね。身体をすくませてゆっくりと馬から降りてきたわ。

さっきまでの威勢はどこへ行ったのかしらねぇ。


「……降りたぞ、シャルロット。これで満足か」


「満足なわけがないでしょう? お兄様、まずはこの村の皆さんに謝ってくださいな」


「なっ……!? なぜ私が、このような平民に――」


「お、だ、ま、り、な、さ、い、と言ったはずです!」


私がにっこり微笑みながら、ほんの少しだけ「暗殺の天使」の殺気をピリッと漂わせたら、お兄様は「ひっ……!」と息を呑んで完全に硬直したわ。


お兄様はね、ただ私の気迫に怯えているだけじゃないの。

それ以上に、我が家の利益のための政略の道具であり、自分の後ろに大人しく従うだけの駒だと思い込んでいた妹が、まさか自分に対してここまで真っ直ぐ、強烈な威圧感を持って意見してくるなんて夢にも思っていなかったのね。

その想定外のあまりの激変ぶりに、頭の処理が追いつかないって顔をして驚愕しているわ。


「汗水垂らして畑を耕し、国を支えてくれている国民の皆さんがいるからこそ、私たち貴族が美味しいご飯を食べていけるのです。それを『汚らしい民』だなんて、ローゼンバーグ公爵家の教育はどうなっているのかしら」


お兄様は悔しそうに唇を噛み締め、私の豹変ぶりに圧倒されながらも、怒りのあまり言い過ぎてしまったことを本気で後悔した表情を浮かべたわ。

冷徹に見えて、このお兄様も次期公爵としての責任感はあるのよね。国民の大切さを頭ではちゃんと理解しているからこそ、かつては人形のようだった妹からの真っ当な正論が、ぐうの音も出ないほど心に刺さったみたい。


お兄様は、平伏している村長さんたちの方へゆっくりと向き直ると、深く頭を下げたのよ。


「……すまない。私の不徳の致すところだ。ローゼンバーグの名にかけて、先ほどの非礼を詫びる。許してほしい」


「お、お大層にございます、公子様……!」

村長さんやマルクさんが、公爵家の人間が頭を下げたことに腰を抜かさんばかりに驚いているわ。


よしよし、ちゃんと謝れて偉いわね、お兄様。


私が内心でパチパチと拍手を送っていると、お兄様はガバッと顔を上げて、まだ信じられないという目で私を凝視しながらも、今度は私を指差して声を荒らげたわ。


「だ、だが、シャルロット! これとそれとは話が別だ! お前がどれだけ強くなろうとも……家に何も言わず、あんなドライな手紙一枚で勝手に家出をしたことだけは、私は絶対に許さんからな!」


あらあら、まあまあ。そこは譲らないわけね。

お兄様は肩を荒く息づかせながら、どうしても私を王都へ連れ戻すという強い意志の目を向けてくるじゃない。


(あーあ、めんどくさいわねぇ……。せっかくお芋が美味しく焼けたところだったのに)

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