第九話 面倒はお兄様にお丸投げして、私はお茶を飲みます
「……それではシャルロット、私はこれにて王都へ引き返すことにする」
公爵家の実権を完璧に掌握し、妹のための『完璧な安全圏』を作る――その壮大なミッションに完全に火がついたお兄様は、冷徹な仮面の裏で物凄い執念を滾らせながら、愛馬の手綱をギュッと握り直したの。
実はね、お兄様、私のあのドライな手紙を読んだ直後にパニックを起こしちゃって、すべての公務を放り出して王都を飛び出してきていたのよ。
普通ならお父様たちに大目玉を食らう大問題になるところなんだけど、お兄様の同僚であり親友のクロードという伯爵子息のご友人がね、その有能な手腕で、お兄様の不在を隠蔽してくれているらしいの。
「次期公爵が無断で辺境に外出だなんて、本当においたが過ぎます。お友達にこれ以上迷惑をかけないよう、すぐにお帰りください」
そう私が諭したら、お兄様は少し耳を赤くしながらも、
「分かった、すぐに帰る! 父上たちを隠居させるための準備も、今すぐ始めよう。」
と、私と固い約束を交わしてくれたわ。
そんなお兄様の出発を、村の入り口では村長さんをはじめとした村民の皆さん、マルクさん、そして『鉄壁の四重奏』のメンバーが総出で見送ることになったの。
さっきまで地面に平伏していた村人たちも、お兄様が素直に非礼を詫びて、さらにこの村のジャパイモ料理を「うまい」と認めてくれたことで、すっかり親近感を抱いたみたい。
「公子様、お気をつけて!」
「またいつでもジャパイモを食べに来てくださいね!」
なんて、温かい声援が飛び交っているわ。お兄様は少し照れくさそうに、でも気高くコクンと頷いていたわね。
「では、行ってくる。シャルロット、お前も体に気をつけて、エドワードの庇護の元でしっかり隠居に励むといい」
「ええ、お兄様もお達者で。夜道は冷えますから、暖かくして馬を走らせるのですよ」
私がいつものおばあちゃんスマイルで見送ろうとした、その時だったわ。お兄様がふと馬を止め、何かを思い出したように、そのつり目を険しく尖らせたの。
「……そうだ、シャルロット。一つ言い忘れていたことがあった」
「あら、なんですの?」
お兄様は声を一段と低くして、周囲に聞こえないような密やかな声で話し始めたわ。
「お前を理不尽に追放した、あの愚かな王太子の婚約破棄の件だ。……どうやら、あの裏にはかなりきな臭い噂が流れている。男爵令嬢にただ現を抜かしただけではない、我が公爵家、あるいは国そのものを揺るがそうとする『不穏な影』が動いている形跡があるのだ」
(あらあら、まあまあ。10代の可愛い痴話喧嘩だと思っていたけれど、裏に何か大人の事情が隠れているのかしらねぇ)
精神年齢132歳のおばあちゃんからすれば、「おやおや、物騒ねぇ」という感じだけど、一回目の人生(暗殺の天使)の血が、その『不穏な影』という言葉に、ほんの少しだけピリッと反応したわ。
一回目の人生で狂った血の歴史を間近で見てきた私には、その『厄介さ』がどれほど血生臭いものか、痛いほどよく分かるのよ。
「お前を害そうとする者がいるのなら、私は絶対に許さん。王都のそのきな臭い噂の裏、我がローゼンバーグの力……あるいは知人の手も借りて、俺も探ってみよう。お前は何も心配せず、ここで待っていなさい」
「難しいことはお任せします、お兄様もお気をつけてくださいね」
「フン、私を誰だと思っている。では、またな!」
お兄様はニヤリと力強い笑みを浮かべると、今度こそ本当に、砂煙を上げて風のように王都へと引き返していったわ。
お兄様の不在を隠して胃を痛めている親友の元へ、激走していく後ろ姿を見送りながら、私はふぅと息を吐いたの。
「……王都の陰謀、ねぇ。ま、難しい政治のお話はお兄様や若い人たちに全部お任せしちゃいましょうかね」
もしその不穏な影とやらが、私のこの愛おしい緑茶とジャパイモのスローライフを邪魔しに辺境までやってくるなら?
その時は、一回目の人生で培った「暗殺の天使」の技術で、静かに、迅速に、お片付けしてあげるだけ。
嵐のようにお騒がせなお兄様が去っていったあと、私は交易所に戻って、ようやく淹れたての温かい緑茶をズズッと啜ったわ。
「あぁ……淹れたての温かいお茶は美味しいですこと。これでしばらく、辺境でのんびり隠居生活を楽しめますわー!」
私の三度目の人生――理想の「縁側付きマイホーム」で送る極上のスローライフが、今度こそ本当に、ここから始まるわけでございます。
(第一部・完)
10代の痴話喧嘩をスルーし、妹想いのお兄様の強制送還をかわし、シャルロットはついに最高の自由を手に入れました!面倒事はすべてお兄様に丸投げし、のんびりお茶を啜るシャルロットですが、物語はここで終わりではございません。続く【第二部】では辺境の村にシャルロットの家を作ります。お楽しみにですわー!
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