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第八話 ケミカル・リスタート(第三部 完)

リヒトウェルの街を流れる川のほとり。

かつてドブ川と化していたその場所で、タカシは泥にまみれながら、自らの手のひらを巨大な穴に向けてかざしていた。


「――ケミカルクラフト、構造錬成」


タカシの体から溢れ出た温かい魔力が、ガルフたちの掘り進めた巨大な土壁を包み込んでいく。光が収まった後には、シャルロットから教わった設計図通り、一分の隙もない滑らかなモルタル製の外壁が姿を現した。


かつて富豪として豪遊していた贅沢な衣服は脱ぎ捨て、今は動きやすい労働着を着込んでいる。私財をすべて治療費に投げ打ち、毎日泥まみれになって働くタカシの表情には、以前のような傲慢さはなく、どこか引き締まった、清々しい充実感が宿っていた。


「よくがんばってますわね」


背後から、鈴を転がすような澄んだお上品な声が響いた。

タカシがハッとして振り返ると、そこには美しい銀の髪をなびかせたシャルロットが、氷藍の瞳を優しく和らげて佇んでいた。その後ろには、栗色の髪の少女――アイリスも一緒に並んでいる。


「あ、シャルロット様、アイリスさん……」


タカシは照れ臭そうに、泥のついた手で頭を掻きながら、へらりと笑ってみせた。


「だいぶはかどりました。この外壁が完成すれば、浄化槽の土や砂を入れることができます。そうすれば、あとは汚れを分解してくれる微生物を定着させるだけです」


かつてのゲーム脳でファンタジーの呪いだの陰謀だのと騒いでいたタカシの姿は、そこにはなかった。一人の真面目な技術者として、自分のやらかした公害を自らの手で片付ける責任を、彼はしっかりと果たしていたのだ。


シャルロットは、そんなタカシの真摯な姿をじっと見つめ、小さく頷いた。


「休憩されてはいかがですか? 差し入れを持ってきましたの」


「え、わざわざすみません」


タカシが恐縮していると、隣からアイリスが、ずっしりと重い大きな包みを嬉しそうに差し出してきた。


「おばあちゃん特製のハッシュドポテトだよ。温かいお茶もあるからね!」


「え……ハッシュドポテト!?」


異世界でまさか、そんな現代的な料理の名前を聞くとは思わなかった。包みを開けると、名産のジャパイモを使ってカラリと揚げられた、香ばしいキツネ色のハッシュドポテトがぎっしりと詰まっていた。一口齧ると、どこか懐かしい、そして泣きたくなるほど優しい味が口いっぱいに広がった。


「うまっ……、めちゃくちゃ美味いです、これ」


タカシは目を丸くしながら、感謝してそれを受け取り、縁側に腰掛けるように浄化槽の縁に座って、お茶と一緒に美味しそうに頬張った。シャルロットとアイリスも、その隣に並んで腰を下ろす。


「隆司さん。これから、どうなさいますの」


ハッシュドポテトを美味しそうに食べるタカシの横顔に、シャルロットが静かに問いかけた。

この浄化槽が完成すれば、川は元に戻り、タカシの「公害の尻拭い労働」は一つの終わりを迎えることになる。全財産を失い、石鹸ビジネスも禁止された彼が、次にどこへ向かうのかを尋ねたのだ。


タカシは最後の一口を飲み込み、お茶をズズッとすすってから、リヒトウェルの青い空を見上げた。


「うーん……、今は何も考えていません」


タカシは苦笑しながら、自分の右手のひらをじっと見つめた。


「でも、どんなにいいチートがあっても、使う俺が後先考えられなきゃ意味ないですもんね。今回は、本当に自分の頭の悪さを思い知らされました。……これからは、もっとちゃんと勉強して、周りのことも考えて、この力をどう使うべきかゆっくり考えますよ」


少しはにかみながら、だけどまっすぐにそう語ったタカシの言葉を聞いて、シャルロットはフッと、今度は冷たさの全くない、心からの可憐な微笑みを浮かべた。


「良い答えですわ。……あなたなら、次はもっと素敵なものを生み出せますわよ」


「おばあちゃんの言う通り! 次はみんなが幸せになるやつ、作ってよね!」


アイリスも隣で元気よく笑う。


上流から流れる川の水は、彼らの足元にある巨大な浄化槽を通り抜け、再び水晶のような美しいきらめきを取り戻して下流へと流れていくだろう。

思慮の浅い女神にもらったチート能力。それを今度は、世界をほんの少しずつ良くするために使っていこうと、タカシは爽やかな風の中で、新しく誓うのだった。





ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。


本日の更新をもちまして、第2章、第三部が完結いたしました。


「ケミカルチートでウハウハ!」と思わせて、まさかの「環境公害問題」に発展するお話でした。後先考えずにやらかしたタカシが、痛い目を見て一人の誠実な技術者へと成長する姿は皆様に届いたでしょうか。


実は、この一連のシーンを書いているとき、作者の脳内ではこんなBGMが流れていました。


・多摩川の悪夢、格の違い(81話):『暴れん坊将軍』の殺陣のテーマ

・ケミカル・リスタート(83話):『水戸黄門』の「ああ、人生に涙あり」


もしよろしければ、このBGMをバックに思い浮かべながら、もう一度読み返してみてください。


さて、明日からは第2章、第四部へと突入します。

第四部では少女モカと聖獣フェルくんの物語が始まります。エデン村に、今度はどんな癒やしと波乱が舞い込むのか……どうぞお楽しみに。


少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったら、ページ下部のブックマーク追加と評価☆☆☆☆☆で応援していただけると、更新の励みになります。

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