第六十五話 間違えて呼ばれた女子高生
大音量のスピーカーから流れる、今流行りのJ-POP。
タンバリンをリズミカルに叩いて大はしゃぎするクラスの女子たちの声を背に受けながら、私はソファの端っこで、スマホの画面をぼんやりと眺めていた。
星野結愛、高校1年生。
自分で言うのもなんだけど、私はクラスのカースト最上位グループにいる。前髪のセットには毎朝30分かけるし、流行りのコスメもチェックしている。周りからは「いつも楽しそうだよね」なんて言われるし、今の自分のポジションに不満があるわけじゃない。
でも、正直――めちゃくちゃ退屈だった。
ハブられないように周りの顔色を窺って、大して面白くもない話に無理して笑って合わせる毎日。
私の人生って、このままなんとなく、誰かの引き立て役のまま終わっていくのかな。もっとこう、自分が世界の中心になれるような、特別でワクワクすることが起きればいいのに。
「……あ、ちょっとトイレ行ってくるわ」
盛り上がる友達にそう声をかけ、私は一人、カラオケの重い防音扉を開けて通路に出た。ドアが閉まった瞬間、耳が痛くなるような大音量が遮断され、静まり返ったひんやりとする廊下が目の前に伸びる。小さく息を吐き出しながらトイレへ向かって角を曲がった、まさにその時だった。
「――え?」
足元のリノリウムの床が、突然、見たこともない複雑な幾何学模様を描いて発光し始めたのだ。
まばゆい、目も開けられないほどの真っ白な光。
叫ぼうとしたけれど、喉がひきつって声が出ない。じわりと重力が消えて、体が宙に浮き上がるような強烈な浮遊感のあと、私の視界は完全に光の渦へと飲み込まれていった。
◇
『あちゃー……。やっちゃった。これ、完全にやらかしたわぁ』
次に気がついたとき、私は雲の上のような、どこまでも遮るもののない真っ白な空間にぽつんと立っていた。
そしてすぐ目の前には、この世の限界突破レベルの超絶美人が、頭を抱えてガックリとしゃがみ込んでいた。透き通るような金色の髪に、吸い込まれそうな碧色の瞳。まさに『女神様』という言葉がぴったりの美女だ。
だけど、その口から漏れる言葉は、神聖さとは程遠いものだった。
「あの、すみません……。ここ、どこですか? 私、カラオケにいたはずなんですけど……」
恐る恐る声をかけると、女神様はハッと顔を上げ、気まずそうに両手を合わせて微笑んだ。
『あ、えっとね! 私は世界を管理する女神。実はさっき、異世界のルミナリア教国ために、運命の『救世主の聖女』を召喚する儀式をしてたんだけど……。なんかちょっと手元が狂っちゃって、別の世界からあなたを引っ張っちゃったみたい! テヘッ☆』
「テヘッ、じゃないですよ!? 誘拐じゃん! 戻してください!」
『それがねー……この儀式って、一度発動すると『一方向の片道切符』だから戻せないんだよね。あ、でも安心して! 間違えて呼んじゃったお詫びに、魔力は無限にしてあげるし、一対一ならどんな大怪我でも元通りにする最強の回復魔法『ハイ・ヒール』を授けちゃうから! これでこっちの世界で聖女やってね、よろしくー!』
「ちょっと待っ――」
私の抗議なんて、女神様はこれっぽっちも聞いていなかった。
本当に浅慮というか、行き当たりばったりというか、見た目だけが良いポンコツ神様だ。
女神様が私の鼻先でパチンと指を鳴らす。
その瞬間、私の足元が再び激しい光に包まれ、エレベーターが急降下するような強烈なGが私を襲った。
『がんばってねー! 聖女ユア様ー!』
神様の軽い見送りの声を最後に、白い空間が引き裂かれ、目の前の景色が目まぐるしく一転していく。
まばゆい光がようやく収まったとき、私の目に飛び込んできたのは、大理石でできた荘厳な神殿の広間だった。
ステンドグラスから差し込む神聖な光の中、床に膝をつく私の周りには、きらびやかな法衣をまとったおじさん神官たちが、信じられないものを見るような目で群がっていた。
「おお……! 女神様のお告げ通り、光の中から聖女様が現れた……!」
「ルミナリア教国は救われたのだ!」
地面に額をこすりつけて、涙を流しながら私を拝む大人たち。
戸惑いながらも、私は自分の手のひらを見つめた。
(魔力無限……? 一対一ならどんな大怪我でも治す、最強の回復魔法……?)
カースト上位グループで周りの顔色を窺っていた、ただの女子高生の私。
それが、この世界では全員が私を求めて、ひれ伏している。
あれ? これってもしかして……私、人生の主役になっちゃったんじゃない!?
おじさん神官たちに恭しく手を引かれ、立ち上がった私の心には、これまでにない最高の全能感が湧き上がっていた。




