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第六十四話 地に足をつけて (第一部 完)

賑やかで美味しい朝食が終わった後、アイリスが楽しげに手を叩いた。


「よし! お腹もいっぱいになったことだし、昨日おばあちゃんと圭くんが採ってきてくれたウコンを干す準備をしよっか!」


「ええ、頼みますね、アイちゃん。わたくしは少し奥の部屋で用事を済ませてきますわ」


シャルロットにそう見送られ、圭はアイリスに連れられて裏庭の作業場へと向かった。

そこには、昨日自分が風呂敷に包んで運んできた、ショウガのような黄色いイモが山ほど並んでいる。ウコンは薄くスライスしてから、天日でじっくり干して粉々にする必要があるらしい。


包丁を握るアイリスの横で、圭は自分の手元を見つめた。

【俊敏99】や【筋力99】のチート能力を使えば、こんなイモなど一瞬でバラバラにできるだろう。だが、今の圭にはそんな気は微塵も起きなかった。なにより、あのチートをドヤ顔で使うこと自体、今の圭にとっては恥ずかしくて死にたくなる最大の黒歴史となっていた。


(チートは、もう二度と使わない。完全に封印だ)


ただのタンクトップ姿の16歳の少年に戻った圭は、アイリスに教わりながら、ぎこちない手つきで包丁を握った。前世は引きこもりのゲームオタク。料理なんて一度もやったことがない。


しかし、いざウコンを切り始めると、圭の頭の中に前世の奇妙な感覚が蘇ってきた。

――ネットゲーム(MMO)で、何時間もひたすら同じキーを連打し、画面をクリックし続けて、地味な素材集めをしていたあの時間。


(……あ、これ、あの単純作業と同じだ)


オタク特有の凄まじい集中力のスイッチが、カチリと入った。

チート能力など一切使っていない。ただ生身の集中力だけで、圭の包丁はトントントントンと規則正しいリズムを刻み始めた。全てのウコンが、寸分の狂いもない見事な一定の薄さで、次々とスライスされていく。


「えっ……ちょっと待って、圭くん凄すぎない!? プロの職人さんみたい!」


横で見ていたアイリスが、琥珀色の瞳を丸くして大絶賛の声を上げた。

前世では「部屋に引きこもってゲームばかりして」と、両親や姉に呆れられていた無駄な時間。それが、この異世界の日常では、みんなの生活を大いに助ける特別な技術として、目の前の女の子をこんなにも純粋に笑顔にしている。


夕暮れ時、全てのウコンが綺麗にザルの上に並べられた頃、圭の胸はかつてないほどの充実感で満たされていた。

女神に貰った最強の数字なんかよりも、自分の生身の手で、誰かの役に立てたことが、涙が出るほど誇らしかった。


(俺、ずっと自分の殻に閉じこもってたけど……ここなら、この人たちの隣なら……)


圭はぎゅっと拳を握りしめ、溢れそうになる想いを言葉にするため、深呼吸をした。ちょうどそこへ、用事を終えたシャルロットが戻ってくる。

圭は二人の美少女を真っ直ぐに見つめ、勇気を振り絞って声を張り上げた。


「あの! ……俺、この村に住みたいです! この村の雑用でも、ウコン切りでも、何でもやります! だから、ここに住んでもいいですか……っ!?」


引きこもりだった少年が、人生で初めて、自分の意志で掴み取ろうとした「居場所」。

一瞬の静寂の後、アイリスがパッと顔を輝かせて、飛び上がるように喜んだ。


「やったぁ! もちろん大歓迎だよ、圭くん! 」 


続いて、シャルロットもおっとりとした上品な笑みを浮かべて両手を合わせる。


「あらあら、まぁまぁ。それはとても助かりますわ。野良仕事の手伝いや力仕事など、手伝ってくださる男手はいくらあっても困りませんもの。ねぇ、ギルバート様?」


シャルロットが縁側の向こうへ微笑みかけると、いつの間にか警護の配置についていたギルバートが、宿舎の若い隊員たちを引き連れてフッと目元を和らげた。


「歓迎しますよ、圭くん。これからは毎日、朝の訓練に付き合ってもらうからな。覚悟しておきなさい」


「うわ、隊長ずるい! 俺、圭に剣の使い方教えてやるよ!」

「俺は盾の構え方!」


兵士たちからも次々と温かい声が飛び、圭の周りは一気に賑やかな歓迎の笑顔で溢れかえった――。

バカにされることも、拒絶されることもない。みんなが、ただの「小田圭」という人間を、心から仲間として受け入れてくれている。

圭の胸の奥は、これまでにないほど熱く、優しい涙が出そうなほどの幸福感で満たされていった。


ひとしきり盛り上がった後、シャルロットが「お祝いの準備をしましょうね」と微笑みながら、腕に抱えていたものを圭へと差し出した。綺麗に洗濯されて真っ黒な輝きを取り戻した、あの圭の黒コートだ。


「お待たせしましたわ、圭さん。お預かりしていたコート、綺麗に洗っておきましたわよ」


「あ……ありがとうございます」


受け取った黒コートに触れる。


実はこのコート、女神から授かったチートアイテムの一つで、身に纏えば【空を飛べる】という凄まじい魔道具だった。


少し前の圭なら、これを翻して空高くから世界を見下ろし、俺様最強とイキり散らしていたことだろう。

だが、ギルバートたちの血の滲むような努力を知り、アイちゃんの甘酸っぱい優しさに触れ、自分の手で誰かを笑顔にする喜びを知った今の圭にとって、フワフワと空に浮かぶような借り物の強さは、もう必要のないものだった。


圭は一度だけ黒コートを見つめると、未練など一ミリも残っていない、本当に晴れやかな笑顔でシャルロットへと突き返した。


「これ、俺にはもういらないです。……よかったら、そこの台所の雑巾にでもしてください」


「あらあら、まぁ」


シャルロットは不思議そうにパチクリと目を瞬き、アイリスやギルバートたちは「雑巾って!」と大爆発のような笑い声を上げた。


最高にクソダサかったチート保有者・小田圭は、このエデン村の片隅で、今度こそ本物の、地に足のついた格好いい男として、新しい一歩を踏み出すのだった。

木々の隙間から、彼の新しい門出を祝うような、温かい木漏れ日が優しく差し込んでいた。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

本日の更新をもちまして、第二章、第一部が完結いたしました。


空を飛べる最強のチートコートを「台所の雑巾にしてください」と言い放った圭。

かつてはイキり散らかしていた彼が、借り物の強さを捨て、ただの「小田圭」として、地に足のついた本物の一歩を踏み出しました。ここまで一緒に見守ってくださり本当にありがとうございます。


さて、明日からは第二章、第二部へと突入します!

第二部では聖女として召喚された女の子の物語が始まります。この異世界で、彼女がどんな運命に巻き込まれ、どんな選択をしていくのか……。どうぞお楽しみに!


少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったら、ページ下部のブックマーク追加と評価☆☆☆☆☆で応援していただけると、更新の励みになります!

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