第六十三話 チートと既製品のマヨネーズ
宿舎で身なりを整えたギルバートたち護衛兵士の部隊に連れられ、圭は再びあの小川の辺りにある一軒家へと戻ってきた。
家の前に到着した瞬間、圭たちの目に飛び込んできたのは、縁側に用意された大きな木製のテーブルだった。そこには焼き立てのパン、新鮮な牛乳、ホクホクとした湯気を立てるソーセージ、そして大きなボウルにたっぷりと盛られたポテトサラダがずらりと並んでいる。
「皆さん、今日も朝の訓練ご苦労様でしたわ」
エプロン姿のシャルロットが、おっとりとした上品な笑みを浮かべて一行を迎えてくれた。
「じゃーん! 見て見て! 今日の朝食はめちゃくちゃ力が入ってるよ!」
ライトブラウンのふんわりとした髪を弾ませながら、アイリスが琥珀色の温かい瞳を輝かせて胸を張る。どうやら二人がかりで、訓練帰りのみんなのためにこれだけの御馳走を用意して待っていてくれたらしい。
「おおっ! これは美味そうだ! いつもありがとうございます、シャルロット様、アイリス殿!」
見事な朝食を前に、ギルバート隊の面々はオンの時の引き締まった顔から一転して、若い男らしい素直な歓声を上げた。
圭はといえば、グランベル王国の最高峰に位置する『公爵令嬢』であるはずのシャルロットが、平然とお勝手に立ってエプロンを馴染ませている光景に、多少の違和感を覚えていた。王族に次ぐ身分のお嬢様が、いくら前世の記憶があるとはいえ、なぜこんな田舎の一軒家で兵士たちの飯を……。
だが、そんな難しそうな違和感も、初めての激しい朝練で限界までお腹を空かせたペコペコな胃袋の前には、一瞬で消え去った。
(……いや、今は考えるだけ無駄だ。腹が減りすぎて死ぬ)
圭は余計な思考を放棄し、ギルバート隊と並んで縁側の席へとついた。タンクトップと寝間着姿のまま、エリート騎士たちに混ざる姿は最高にシュールだったが、誰もそれを気に留めない。
「「「いただきます!」」」
全員で元気に手を合わせ、いよいよ至福の時間が始まった。
騎士たちは「美味い!」「最高だ!」と口々に言いながら、ホクホクのソーセージを頬張り、パンを口に押し込んでいく。
圭も負けじと、まずは気になっていたポテトサラダをスプーンですくい、口へと運んだ。
エデン村の特産品であるホクホクとしたジャパイモの甘みと、絶妙な塩加減。そして、それを優しく包み込むコクのあるまろやかな風味――。
(……美味すぎる。なんだこれ。いや、でも待てよ?)
幸せな味のハーモニーに舌鼓を打っていた圭の動きが、ふとピタリと止まった。
口の中に広がる、この独特な酸味とコクの正体を、圭の前世の知識が瞬時に弾き出したのだ。
(これ……マヨネーズだろ。だけど、マヨネーズって、この世界にはまだ存在しなかったはずじゃ……!?)
ギルドの食堂や街の様子を見て回ったときも、この世界のポテト料理はただ蒸すか焼くかの質素なものばかりだった。調味料の文化だって、地球の日本ほど発展してはいない。そんな異世界で、なぜ完璧な日本のポテトサラダの味がするのか。
圭がポテトサラダを口に含んだまま、スプーンを握って完全にフリーズしていると、その様子をじっと観察していたアイリスが、ニヤニヤと楽しそうに小首を傾げて覗き込んできた。
「あれあれ~? もしかして圭くん、気がついちゃった系?」
お茶目に指をさして突っ込んでくるアイリス。その隣では、シャルロットが「ふふ」と少し誇らしげに胸を張っている。
彼女たちのその反応を見て、圭はこれがシャルロットの『特別レシピ』――すなわち、前世の記憶を頼りに自作された、自家製の手作りマヨネーズなのだとすべてを察した。
横を見れば、ギルバートさんたち騎士隊は、「いやあ、本当にシャルロット様の作るポテト料理は絶品ですよね!」などと言いながら、何も難しいことは考えずにパクパクと無邪気に平らげている。
この世界の人々にとっては、ただの「シャルロット様が作った凄く美味しいソース」でしかないのだ。
(手作り、マヨネーズ……?)
前世の日本で、ただの高校生だった圭にとって、マヨネーズとは既製品をスーパーの棚からチューブで買ってきて、冷蔵庫に入れておくものという認識しかなかった。
卵と油と酢を混ぜて、ゼロから自分たちの手で作るなんて発想、そもそも頭の片隅にもなかったのだ。
そこで圭は、牛乳をゴクリと飲み干しながら、ふと、とんでもなく情けない事実に気がついてしまった。
(待てよ……。俺にとってのマヨネーズは【既製品をチューブから絞り出すだけ】だった。……それって、今の俺のチート能力と全く同じじゃねーか?)
仕組みも、作り方も、血の滲むような努力も何も知らないのに。
女神から貰った完成品のチート能力を、ただチューブからマヨネーズを絞り出すのと同じくらいお気楽にぶっ放して、さも自分の力であるかのようにイキっていたのだ。
(うわ……。俺、既製品のマヨネーズのチューブ絞りながらドヤ顔してたのか。めちゃくちゃダサいな、俺……)
対するシャルロットは、快適なトイレも、この絶品マヨネーズも、ギガントデススパイダーを仕留めた攻撃術も、すべて自分の頭で考え、手を泥にまみれさせてゼロから作り上げてきた「本物の技術」だ。
「おい圭くん、手が止まってるぞ? ポテトサラダ、もっと食うか?」
「あ、いや……ギルバートさん、大丈夫です。……ただ、自分の『お手軽さ』にちょっと絶望してただけです」
無邪気にバクバク食べている騎士隊の横で、圭は美味しいポテトサラダを再び口に運んだ。
女神に貰っただけの冷たい数字が、またひとつ、心地よく噛み砕かれていくような気がした。




