第六十二話 著しくカッコ悪い
アイリスから甘酸っぱい特製ドリンクを貰った後、圭の胸の奥には、どうにも妙なやる気がみなぎっていた。
若い兵士たちと汗を流した男同士の連帯感も、確かに嬉しかった。だがそれ以上に、自分が必死に頑張った努力の姿を、同年代の可愛い女の子に真っ正面から褒められたこと。それが、前世を通じて人生で初めての経験だったのだ。
(我ながら、いくら何でも現金すぎるだろ……)
心の中で自分自身に痛烈なツッコミを入れる。だが、それが紛れもない男の事実なのだから仕方がない。やる気が出るものは出るのだ。
その後、ギルバートたちは宿舎の前の広場で、本気の剣の稽古を始めた。
先ほどのマラソンで自分の持久力の限界を嫌というほど知った圭は、さすがにこれ以上は体力がもたないと判断し、「俺は少し休ませてもらいます」と、無理をせず木陰で休ませてもらうことにした。
しばらくの間、隣に並んだアイリスと一緒にその凛々しい稽古の様子を眺めていた。だが、やがて本宅の方から「アイちゃーん!」とシャルロットに呼ばれる声が響き、アイリスは「はーい! じゃあ、またね圭くん」と、楽しげに家の方へと戻っていった。
一人残された圭は、ギルバートの木剣の振りをじっと見つめていた。
鋭い風切り音を立てて、一寸の狂いもなく繰り出される一振り。その無駄のない洗練された体捌きからは、はっきりと、長年にわたる血の滲むような稽古の努力が透けて見て取れた。
(あの人たちは……違うんだ)
圭は静かに胸の内で呟いた。
ギルバートたち騎士は、俺のように女神から突然ポンと与えられたチート能力で強いわけじゃない。今日まで一日も欠かさず、一本一本の素振りを泥臭く積み重ねてきた、気の遠くなるような努力の結晶なのだ。その本物の人間の強さに、圭は畏敬の念を抱かずにはいられなかった。
――努力の結晶。
その言葉が胸に落ちた瞬間、圭の脳裏に、少し前の記憶が唐突にフラッシュバックした。
それは、この世界に転移してきて間もない頃のことだ。
まだ自分が最強のチート能力に酔い痴れていた時、どこかの街道で、適正レベルを遥かに超えた強敵『ジャイアントダークスケルトン』に、二十人ほどで命がけで挑んでいた聖騎士たちの姿だった。
当時の圭は、彼らのことをゲームのNPCのようにしか見ていなかった。
だが、今ならはっきりと分かる。
あの時の聖騎士たちは、バケモノの一撃に吹き飛ばされようが、大盾がベキベキにひしゃげようが、誰一人として戦線を離脱しなかった。隊長の鋭い怒号の下で一糸乱れぬ統制を保ち、一人一人が己の役割を全うして、格上のモンスターに泥臭く立ち向かっていたのだ。彼らもまた、努力を積み重ねてきた本物の戦士たちだった。
結果だけを見れば、乱入した圭が、女神から与えられただけのチート大魔術をぶっ放して一瞬で消滅させた。
問題は、その後の自分の行動だった。
『フッ……名乗るほどの者じゃねーよ。ただ、所属している冒険者ギルドはユルトの街、とだけ言っておくか……!』
マントを翻し、自分が何者であるかを言いたくて言いたくて仕方のない様子で、最高に格好をつけて去っていったあの時の自分。
「う、わあああああ……っ!」
木陰で、圭は思わず両手で顔を覆い、その場にうずくまった。
タンクトップの肩が激しく震える。顔から火が出るどころか、全身の血液が沸騰しそうなほどの凄まじい羞恥心が押し寄せていた。
あの時は「俺様カッコいい!」と本気で悦に浸っていた。
だが、本物の人間の努力と温かさを知った今の圭から見れば、あの行動は――著しくカッコ悪い。ただの痛々しい中二病の黒歴史でしかなかった。
(うわあああ……っ! 思い出したら、マジでのたうち回りたい……! あの一生懸命戦ってた聖騎士の人たちに、今すぐ土下座して謝りたい……!)
木陰で両手で顔を覆い、猛烈な恥ずかしさと申し訳なさで魂が抜けかけていた。だが、いくら今ここで一人で慌てて、過去を悔やんだところでどうにもならない。圭は必死に深呼吸をして、荒れ狂う羞恥心をなんとか心の中に抑え込んだ。
そうこうしているうちに、訓練を続けていたギルバートから「よし、そこまでにしよう。休憩だ!」と号令がかかった。
気がつけば、あれほどひんやりとしていた早朝の空気は消え去り、日はすっかり高く昇っていた。朝というよりも、もうすっかり日中という感じの、あたたかな日差しが広場を照らしている。
圭は汗を拭っているギルバートの元へと歩み寄り、声をかけた。
「あの、ギルバートさん。隊としての訓練が終わったら、次は何をするんですか?」
「ああ。これからは一度宿舎で身なりを整えてから、シャルロット様の家へと向かう。あちらでシャルロット様の警護に当たるのが、俺たちの普段の任務だからな」
その言葉を聞いて、圭は「そっか……」と小さく呟いた。
あんな風に泥にまみれて黄色いイモを掘ったり、自分で作った便座を少し自慢げに「むふ」と笑ったりしているシャルロットだが、彼女はグランベル王国の最高峰に位置する『公爵令嬢』なのだ。領主からエリート騎士の部隊を直々に付けられるのも、当然の身分だった。
(さすがは公爵令嬢だな。やっぱ、お嬢様なんだ……)
改めて彼女の凄まじい身分を実感しつつも、圭の心に昨日のような未知の恐怖はもうなかった。
圭はギルバートたちの後に続くように、再びあの小川の辺りにある、どこか懐かしい佇まいの一軒家へと一緒に向かうことにした。もちろん、格好は相変わらずタンクトップと寝間着姿のままではあったが――。




