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第五十九話 完成された味、明かされた秘密

ことことと小気味よい音を立てていた鍋が下ろされ、待ちに待った夕ご飯の時間がやってきた。


ちゃぶ台の上に並べられたのは、出来立ての肉じゃがだ。

小田圭はこれまで、料理の調味料や細かい調理法にはこれっぽっちも興味がなかった。

異世界に転移してきてからの食事も、基本的には登録した冒険者ギルドの食堂にあるものを適当に胃袋へ流し込むだけの日々だった。

異世界の飯だからといってまずいわけではなく、それなりに調理されたものは十分に美味かった。だが、やはりふとした瞬間に、日本の慣れ親しんだ味を懐かしむことはあったのだ。


圭がこの世界にやってきてから、それほど長い時間は経っていない。

だからこそ、圭の記憶にも新しい。今まさに街中では、日本のジャガイモにそっくりな『ジャパイモ』を使った料理が急激に流行りつつある最中だった。

とはいえ、あちこちの食堂ではまだ食べる方法が試行錯誤されている段階らしく、街で見かけるのはただ蒸しただけ、あるいは焼いただけの質素なポテト料理が主だった。


「さあ、冷めないうちに召し上がれ」


アイリスに促されるまま、圭は箸を伸ばし、肉じゃがを一口食べた。

出汁と甘辛いタレの旨味をこれでもかと吸い込んだジャパイモが、口の中でホロホロと崩れていく。


(……なんだこれ。味のハーモニーが凄すぎる)


そこにあったのは、完全に完成された日本の味だった。街の料理人たちが泥臭く試行錯誤しているポテト料理とは、次元が違っている。

これで圭の胸の中の疑惑は、確信へと変わった。

目の前にいる、西洋人っぽい外見をしているが、どが付くほどの超美少女二人は、絶対に日本からの来訪者だ。


圭は覚悟を決めて、喉の奥をごくりと鳴らしてから切り出した。


「あの……二人は、もしかして日本から来たんですか?」


ストレートな質問に、シャルロットとアイリスは一瞬だけ丸く目を合わせた。

だが、すぐに二人はお互いを見つめ合い、クスリと楽しそうに笑いながら、ニコニコと微笑み合い始めた。


前世で引きこもり気味のゲームオタクだった圭は、その女の子同士の独特な空気感に、たちまち居心地が悪くなってしまった。やっぱり場違いな質問をしてしまったのだろうか、と視線を泳がせる。


「あ、ごめんね。変に焦らせちゃって」


そんな圭の様子に気づいたアイリスが、優しく気遣うように声をかけてくれた。

アイリスはいたずらっぽく微笑みながら、さらに言葉を続ける。


「実はね、私たち、転生者なんだ。ある日突然、前世の記憶が戻ったんだよね」


ある日突然、日本の記憶が戻った――。

女神からチートを授かってそのまま転移してきた圭とは違う、この世界の住人として生まれ育った後に記憶を取り戻した『転生者』。それが二人の正体だった。


しかし、それ以上の詳しいことについては、二人がお互いに視線を交わしては楽しそうにニコニコしあっている。

女子という生き物に全く不慣れな圭には、その百合っぽい華やかな空気の壁をぶち破って、それ以上深く踏み込んで聞き出す勇気など、到底持ち合わせていなかった。


圭はそれ以上の質問を諦め、ただ目の前の肉じゃがを静かに咀嚼する。そんな圭に向けて、アイリスが楽しそうに小首を傾げた。


「それより圭くん、日本の話をしてよ。私、前世と同じくらいこっちの国で暮らしているからさ。日本ってなんだか、もう遠い昔の夢のような気がするんだよね」


日本の話。

その言葉を向けられた瞬間、圭の脳裏に一瞬だけよぎる光景があった。


それは、昼夜の境目すら曖昧な暗い部屋。

パソコンの画面から淡く放たれる、ブルーライトの光。

ネットゲームの仮想世界の中でだけ、最強として無双していた自分。

そして――時折、閉め切ったドアの向こう、階下から微かに聞こえてきていた、両親や姉の楽しそうな話し声。


パッとしないのは世の中のせいだと尖りながら、その実、ひどく孤独だった前世の痛々しい記憶。

圭は不意に言葉を詰まらせ、急に黙り込んでしまった。


「……圭くん? ごめん、思い出したくないことだった?」


再び暗い顔になった圭を見て、アイリスがハッとしたように顔を曇らせ、覗き込んできた。

圭は慌てて首を横に振る。


「あ、いや……なんでもないです。ただ、大した思い出がないっていうか……」


少し気まずさを紛らわせるように、圭はボリボリと頭をかいた。

そして、自分がかろうじて思い出すことのできる、数少ない「まともな記憶」――高校の入学式の日のことや、その後のちょっとした学校の雰囲気を、思い出しながらぽつりぽつりと話し始めた。サボりがちではあったが、学校という場所の空気は確かに覚えている。


それは圭にとって、なんてことのない、むしろ退屈で灰色な日常の断片に過ぎなかった。

だが、アイリスはまるで宝石の昔話でも聞くかのように、くりくりとした目を輝かせ、相槌を打ちながらとても嬉しそうに聞いてくれた。


「へぇ、今はそんな感じなんだ! すごいなぁ、懐かしいなぁ……」


楽しそうに喜ぶアイリスの笑顔を見て、圭の胸の奥の頑なだった何かが、少しだけ柔らかく解けていくような気がした。



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