第五十七話 異世界で出会った、まさかの同郷
「あの……いつまでそこに突っ立っているのですの? 見てないで手伝ってくださいな」
鈴を転がすようなシャルロットの声に、圭はハッと我に返った。
彼女はすでに森の奥へと進み、地面にしゃがみ込んでいた。さっきまでレベル74の巨大蜘蛛を涼しい顔で瞬殺していた公爵令嬢が、今は泥だらけになるのも構わず、一生懸命に手を動かしている。
「あ、ああ……今行く」
これまでは「俺様チート」で格好つけることばかり考えていた。だけど、彼女の数字に囚われない本物の強さを見た今、圭の薄っぺらいプライドの鎧はすっかり消え去っていた。
タンクトップと寝間着姿のまま、彼女の隣に腰を下ろす。泥にまみれながら、彼女が探していた目的の植物を一緒に掘り起こした。
土の中から現れたのは、まるで前世のショウガのような、ゴツゴツとした黄色いイモの根っこだった。
「これですわ。ようやく手に入りました」
シャルロットは嬉しそうに顔をほころばせると、持ってきた風呂敷を広げ、をいそいそと丁寧に包み始めた。
その様子を黙って見ていた圭は、自然と手を差し伸べていた。
「それ……持とうか?」
「……。ありがとうございます」
シャルロットは少し驚いたように氷藍の眼を丸くしたが、すぐにふわりと微笑んで、風呂敷包みを委ねてくれた。
すっかり角の取れた圭は、その荷物を静かに背負い、彼女と共にダンジョンを後にした。
薄暗い洞窟を抜け、二人が向かったのは、すぐ近くにある「エデン村」だ。
ここは今、日本のジャガイモにそっくりな『ジャパイモ』という作物が流通し、国と国をつなぐ一大流通路の中心地として栄えている村だった。
辺境伯が国費で作ったという巨大な大農場が、見渡す限り広がっている。
だが、シャルロットが足を進めたのは、そんな賑やかな農場とは反対の方向だった。
活気ある村の中心から少し離れた、静かな小川の辺り。
そこには、きらびやかな公爵令嬢にはまるでお似合いではない、どこか懐かしい「日本のおばあちゃんの家」を思い出させるような、古びた佇まいの一軒家がひっそりと建っていた。
シャルロットの足は、迷いなくその素朴な家へと向かっていく。
圭は、タンクトップと寝間着姿のまま、掘り出した黄色いイモの入った風呂敷包みを背負ってシャルロットの後を歩いていた。
シャルロットはその家の縁側まで進むと、ほっとしたように声をかけた。
「ただいま」
すると、ガラガラと扉が開き、中から一人の栗毛の少女がひょっこりと顔を出した。
少女はシャルロットを見るなり、嬉しそうに目を輝かせる。
「おかえりなさい! ウコンは取れた?」
「ええ、とれましたわ。冒険者パーティの人たちに聞いた通り、黄色いおイモ。おショウガみたいでしょう?」
さっきまでダンジョンの奥地で、レベル74の巨大蜘蛛を涼しい顔で瞬殺していたお嬢様が、今はまるで子供のように楽しそうに会話をしている。
その様子を黙って眺めていると、ふと、中から出てきた少女が圭の方を向いた。
「……おばあちゃん、この人は?」
「あら。ダンジョンの中で会った……誰だったかしら。そういえば、まだ名前を聞いていませんでしたわね。迷子さん」
迷子さん。
ステータスはカンストしており、レベル74の蜘蛛の攻撃をがっしりと受け止めたはずの圭の存在は、彼女の中ではただの「迷子」だったのだ。
圭は異世界に来て、女神にチートをもらって、俺様モードで無双していた自分がひどく恥ずかしくなってくる。格好のつかない今の自分の姿も相まって、顔がカッと熱くなるのを感じた。
圭は俯きながら、小さな声で絞り出すように言った。
「……小田圭って言います。高1です」
あ、しまった、といらないことまで口にしてから気づいた。
この世界の住人に「高1」などという言葉が分かるわけがない。前世の癖で、つい口が滑ってしまった。
しかし、中から出てきた少女は、くりくりとした琥珀色の目を限界まで大きく開いて俺を見つめた。
「へぇ! 高1なんだ。私、高2。名前はアイリスだよ」
――え?
弾かれたように顔を上げた。
高2。
今、この子は確かにそう言った。
異世界で出会った、まさかの同郷。
言葉が出ずに固まる圭をよそに、意味が分かっているのか分かっていないのか、シャルロットだけがおっとりと両手を頬に当てた。
「あらあら。じゃあアイちゃんはお姉さんですわね」
アイリスは驚きで呆然とする圭の顔を見て、ふふっと親しみのある笑みを浮かべた。
「今からおばあちゃんと肉じゃがを作るんだ。食べていきなよ。上がってー」
肉じゃが。
その温かい言葉を聞いた瞬間、圭の胸の中にあったシャルロットに対する畏怖の感情は、すうっと消えていった。背中に背負った、風呂敷包みのウコンの重みさえも、ひどく軽くなってしまったのだ。
「……あぁ。ありがたく、上がらせてもらうよ」
風呂敷の紐を握り直し、二人の少女に続いて、どこか懐かしい佇まいの家へと一歩を踏み出した。




