第五十六話 ゲーム脳の枠外の強さ
毒地帯を脱出し、紫のビーコンが安全を示す「青」に変わると、急に視界が開けた。
そこは、天井が大きく丸く崩落した、不思議な空間だった。
ぽっかりと開いた大穴からは、あたたかな日の光と心地よい外気が流れ込み、洞窟の中だというのに、まるで静かな森のようになっている。
いろいろな意味で冷や汗をかき続けていた圭は、その外気の心地よさにホッと息をついた。
ふと横を見ると、シャルロットが小さな首をきょろきょろと動かし、何かを探している。
しばらく森の中を進むと、彼女の冷たかった氷藍の瞳が、パッと華やいだ。
「――見つけましたわ」
どうやら、彼女がこの上級ダンジョンに求めていた目的のものが、目の前にあるらしい。
シャルロットは嬉しそうに、楽しげな足取りでそれを取りに向かおうとする。
だがその瞬間、上空から巨大な『黒い影』が、猛烈な勢いで降ってきた。
ドォン!!
大地が揺れる。
そこに姿を現したのは、無数の鋭い脚を持つ、禍々しい巨大な蜘蛛――ボスモンスターの『ギガントデススパイダー』だった。
圭の『鑑定(極)』が、瞬時にその危険度を弾き出す。
(適正討伐レベル……74だと!? マズすぎる、あんなのレベル1のお嬢様じゃ、掠っただけで命がねえ!)
「ギシャアアアアッ!」
ギガントデススパイダーの太い脚が、獲物を見定めてシャルロットへと振り下ろされる。
「危ねえッ!!」
考えるより先に、圭の身体が動いていた。
白いタンクトップ姿の圭がシャルロットの前に割り込む。そして、振り下ろされた巨大な脚を、カンストした筋力『99』の豪腕でガシィッ! と受け止めた。
(よし、受け止めた! あとは俺の大魔法で――)
「おい、危ねえから下がって――」
攻撃へ移るため、シャルロットに退避を促そうと後ろを振り向く。
しかし、そこに少女の姿はどこにもなかった。
「……え?」
圭が呆然とした、その刹那。
シャルロットは影のように、ギガントデススパイダーの『死角』を通り抜け、すでに奴の首の後ろへと回り込んでいた。
彼女の手には、いつの間にか、細く頼りない小刀が握られている。
シャルロットはその小刀を、蜘蛛の首のわずかな隙間――『頚膜』へと正確に突き刺した。
筋力はたったの『1』。しかし彼女は、刃を入れた位置を『支点』にして、全体重を乗せて身体を反転させたのだ。
純粋な、テコの原理。
バキィッ!!! と筋が断裂する凄まじい音が響く。
次の瞬間、適正レベル74を誇る化け物の巨頭が、あっけなく地面へと転がり落ちた。
ドサリ、と崩れ落ちる巨大な蜘蛛の死体。
あまりの光景に、圭の思考は完全に停止した。口を開けたまま、石のように唖然とするしかない。
そんな圭の前で、シャルロットは小刀の血を上品に拭い取り、少し頬を染めてはにかんだ。
「……私、昆虫は少し苦手でして。お見苦しいところをお見せしましたわ」
(いや、お見苦しいとかそういうレベルじゃねえだろお前っ!!)
圭のゲーム的常識が、音を立てて崩壊していく。
適正レベル74の凶悪なモンスターを、レベル1の儚い少女が、ただの小刀一本で屠ったのだ。こんな現実があっていいはずがない。
(そ、そうだ! レベルだ! これだけの強敵を倒したんだ、とんでもない経験値が入って、レベルが爆発的に上がってるはずだろ!?)
圭は自分のゲーム脳の感覚のまま、慌ててシャルロットのステータスを再び『鑑定』した。
【名前】シャルロット・ローゼンバーグ
【肩書】グランベル王国の公爵令嬢
【年齢】16歳
【レベル】1
【筋力】1
【防御】1
【魔力】0
【俊敏】1
【知力】5
「な……変化、なし……!?」
全く、1ミリも数値は変わっていなかった。レベル1のままだ。
そこで、圭はハッと悟った。
ゲーム脳の自分には計り知れないことだったが、この少女の強さは、自分のゲーム的な理屈の『枠外』にある存在なのだと。
思えば当たり前のことだった。
自分の強さは、女神から与えられた『ゲームのシステム』に過ぎない。自分はその基準だけで、この世界の人間を勝手に測定していたのだ。
ゲームの知識があるがゆえに、ゲームの制約にとらわれ、『レベル』という明確な数字だけを信じ切っていた。間違っていたのは、自分の視点の方だったのだ。
強さには、様々な形がある。
それは決して、レベルという薄っぺらい数字だけで測れるものではないのだ。




