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第五十四話 死角から迫る最弱の令嬢

モンスターハウスの中央にたたずむ銀髪の美少女。

その光景は、誰が見ても異様だった。

数匹もいれば軍隊をも脅かすヘルハウンドの群れ。その真ん中にあのようなお嬢様が立っていれば、普通なら一瞬で襲われて命を失うはずだ。


(……待てよ。おそらくだが、あれは本物の人間じゃない。俺を騙そうとしている幻覚か、あるいは新種のモンスターの擬態だろ)


前世はビビりのゲームオタクだった小田圭は、本能的に不穏な気配を察知した。こういう時こそ、あのちょっと浅慮な女神から授けられたチート能力の出番だ。


「――『鑑定(極)』」


圭の視界に、少女のステータスウィンドウが浮かび上がる。



【名前】シャルロット・ローゼンバーグ

【肩書】グランベル王国の公爵令嬢

【年齢】16歳

【レベル】1

【筋力】1

【防御】1

【魔力】0

【俊敏】1

【知力】5



(……は? 公爵令嬢??)


圭は思わず目を見張った。だが、驚いたのは肩書だけではない。

ステータスが、あまりにも低すぎる。

自分の『ALL 99』というカンスト値と比べるまでもない。いや、この世界の一般人比べてもそれ以下の、完全に最弱の一般市民の数値だった。


しかし、なおさらこの状況の異常さが際立つ。

最弱のステータスのお嬢様が、なぜヘルハウンドに囲まれて平然としているのか。

前世のビビりな根性が顔を出し、圭の背中に冷たい汗が伝わる。


(チッ、考えてもラチが明かねえ! とりあえず、周りのヘルハウンドどもをまとめて消し飛ばして――)


圭が攻撃のモーションに移ろうとした、まさにその瞬間だった。


フッ、と目の前の銀髪の少女が視界から消えた。


(なっ――消えた!? 馬鹿な、あり得ねえ! 俺の俊敏は『99』でカンストしてるんだぞ!?)


人間の限界を超えた反応速度を持つはずの圭が、少女を見失った。

だが、少女は消えたわけではなかった。

圭の視線、首の角度、わずかな動作から完璧に動きを予測し、一切の気配を消して圭の『ブラインドスポット(死角)』へと滑り込んだのだ。


「――攻撃する意思のない相手に敵意を向けるのは、おやめなさい」


気がついた時には、すぐ真後ろから涼やかな声が響いた。


「ひっ……!?」


圭の心臓が跳ね上がる。恐怖にのまれた圭は、カンストした筋力『99』の腕力に任せて、背後の少女を強引に排除しようと腕を振り回した。

もしこの一撃が当たれば、レベル1の少女など一瞬で肉塊に変わる。そこまで考えが及ばないほど、圭はパニックに陥っていた。


ドォン! と空気を引き裂く豪腕。

しかし、少女は避けることすらしなかった。

圭の腕が届くより早く、少女の小さな手が、圭の肘と肩の『関節の支点』となる部分へ的確に触れる。


「がはっ……!?」


次の瞬間、圭の巨躯はあっけなく床に組み伏せられていた。

力が逃げていく。筋力『99』の圧倒的なパワーが、指先一つ動かせないほどに完全に無力化されていた。

少女の純粋な『技術』の前に、圭は底知れない恐怖を感じてガタガタと震えた。


「その暑苦しいコートを脱ぎなさい。暗闇で黒はむしろ目立つし、汗臭いですわ」


上から見下ろす少女の氷藍の瞳が、冷たく圭を射抜く。


「ひ、はひ……っ」


最強の俺様キャラはどこへやら、圭はしぶしぶ黒コートのボタンを外し、脱ぎ捨てた。


「ほら、汗だらけじゃないですの。見苦しいですわね」


辛辣な言葉を浴びせられても、圭は「はい」としか言い返せなかった。コートを剥ぎ取られた圭の格好は、前の世界で夜中にコンビニへ行く途中で交通事故に遭ったときのまま――上が白いタンクトップ、下がヨレヨレの寝間着姿だった。


異世界最強のはずの圭が、ダンジョンの最深部でタンクトップ一丁になるという、本来なら耐え難いほどの羞恥。


だが今の圭にとっては、目の前の少女への恐怖が、その恥ずかしさを完全に上回っていた。

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