第五十一話 シャルロットの愛しい居場所
雲一つない五月晴れの、日差しの温かい穏やかな朝のことよ。
鳥のさえずりを BGM に、アイちゃんと二人で素朴ながらも美味しい朝食を済ませた私は、「せっかくの良いお天気ですもの、今日はお出かけいたしましょう」と提案したの。
私たちは、女の子らしくそこそこの時間をかけて、お互いにお出かけの身支度の時間を楽しんだわ。
私が鏡の前で髪を整えていると、後ろからトトトッと軽い足音を響かせて、ハーフポニーテールを揺らしたアイちゃんがヘアブラシを手に近づいてきたの。琥珀色の瞳をキラキラと輝かせた彼女は、まるで部屋の中に差し込む太陽の光そのもの。
「おばあちゃん、髪を縛ってあげる!」
鏡越しに満面のひまわりのような笑顔を向けてくるアイちゃんに、私は目を細めて優しく微笑み返したわ。
「あら、ありがとう。本当にアイちゃんはいい子ですわねぇ」
アイちゃんは「えへへ、おばあちゃんの綺麗な銀髪を触るの、大好きなんだ!」と言いながら、私の髪をそれはそれは愛おしそうに、優しく丁寧に梳かし始めたの。ふんわりとした栗毛を揺らす彼女の指先から、温かいぬくもりがじんわりと伝わってきて、おばあちゃん、なんだかそれだけで胸がいっぱいになってしまったわ。
こうして準備を終えた私たちは、近所へ配るためのお醤油の瓶を数本持って、お出かけすることにしたの。
すると、アイちゃんがすかさず「私が持つよ!」と言って、重いお醤油の瓶を率先して持ってくれたの。まぁ、お年寄りにこうして自然に気を使うなんて、本当になんて優しい子なのかしら……。
(……まぁ、中身は百三十二歳のおばあちゃんだけど、今は私もアイちゃんと同じ17歳なのですけれどね?)
そんな微笑ましい心のツッコミを入れつつ、私たちはまずお隣さんの家へと向かったの。
敷地へ入ると、お隣の旦那様が庭で薪割りをしてましたわ。「こんにちは」と私たちが声をかけると、旦那様はペコと頭を下げるだけ。
愛想のない人だ、なんて他の方は思うかもしれませんけれど、私は知ってますわ。この間の大変な事件の時、二人の子供たちが無事にお家にまで戻ってきた姿を見て、この旦那様が人目もはばからず大泣きしてたのを。
本当は家族を誰よりも愛している、とても優しい旦那様です。
私がクスクスと笑いながら扉をトントンとノックすると、中から奥様が顔を出してくれたわ。
私の顔を見るなり、奥様は「まあ!」と言ってパァッと華やかなお顔をしてくれたの。
「ごきげんよう。これ、ほんのおすそ分けですわ」
少しお話をした後でお醤油の瓶を一本手渡すと、奥様は満面の笑顔で大喜びして受け取ってくれたわ。そればかりか、「これ、今朝採れたばかりなんです!」と、お返しに瑞々しくて立派なイチゴをたくさんいただいてしまったの。まぁ、こんなにたくさん!
これ、お家に帰ったらコトコトと甘いジャムにしようかしら。
嬉しいお土産を胸に、次に私たちは、少し息を切らしながら坂を上ったところにある老夫婦の家へと向かったわ。
お家が見えてくると、この間生まれたばかりだというのに、もう子牛がしっかりと自分の足で立ち、母牛の隣でお乳を一生懸命に飲んでいるじゃないの。
それを見たアイちゃんが「可愛い!」と大きな琥珀色の瞳を輝かせて大喜びしたの。子牛の誕生の瞬間に最初から立ち会ったから、彼女にとってもひとしお感慨深かったのでしょうね。
母牛の向こう側の特等席に腰掛けていたお爺様が、私たちに気づいて優しく手を振ってくれたので、私とアイちゃんも「ごきげんよう!」と元気に手を振り返したの。
お爺様に近づいてご挨拶をすると、お婆様は今、お薬を買いに交易所へ向かってしまって留守なのだと教えてくれたわ。まぁ、すれ違いになってしまって残念ですこと。私はお爺様にも「どうぞ、お醤油ですわ」と一本おすそ分けしました。すると、お爺様は大変感謝してくださり、お返しにと、なんと作ったばかりの出来立てのバターを分けてくださったのよ! 包みを開けた瞬間に、濃厚なミルクの良い香りがふわぁっと鼻腔をくすぐって、もうたまりません。
お爺様と別れた私たちは、今度は村長様のお家へと向かったわ。村長様は、働き盛りのとても生真面目な壮年のご夫婦なのです。
いらっしゃるかしらと思いながら歩いていると、ちょうど向こうから書類を抱えた村長様が歩いてくるのが見えたので、私たちは立ち止まってご挨拶をしたわ。
すると、村長様は私たちの顔を見るなり、
「こんなに村が豊かになり、魔物や盗賊におびえることもなく健やかに過ごせているのは、すべてシャルロット様のおかげです!」
と、その場で手を合わせて熱心に私を拝み始めてしまったの!
(ちょっとやめてちょうだいな!私、ただのおばあちゃんで神様じゃないんだから、拝まれると驚いてしまうわ!)
心の中で全力でツッコミを入れつつ、私は苦笑しながら「どうぞ、これを使ってください」とお醤油の瓶を村長様へ手渡しました。
村長様は「おおお!これは噂のお醤油……!」と大変喜んでくださったのですけれど、ふとお返しをするものを持ち合わせていないことに気づいたらしく、大慌てで上着やズボンのポケットをガサゴソと触り始めたの。けれど、中には何も入っていなかったみたいで……。
「うう、シャルロット様、申し訳ございません……」
と、あんなに立派な壮年の村長様が、耳を垂らした犬のようにションボリと肩を落としてしまったのよ。まぁ、そんなに気を使わなくてもいいのに、本当にエデン村の方々は義理堅くて素朴で、愛らしい人ばかりだわ。
村長様と別れ、お出かけの用事をすべて済ませて我が家に戻ると、お日様はちょうどお空の真上、お昼を回ったところだったわ。
するとそこへ、ガチャガチャと腰の剣を鳴らしながら、血相を変えて慌てて走ってくる人影があったの。
「シャルロット様ーーーっ!!アイリス殿ーーーっ!!」
ええ、プロ農民と化した護衛騎士のギルくんよ。
どうやら今頃になって、私とアイちゃんの姿が畑から消えていることに気がついて、大慌てで追いかけてきたみたい。
「ギルバード様、もう全部の家をまわり終わって帰るところですのよ……」
声をかけると、彼は素朴な野良作業着のまま、「な、なんと……!不覚……!」とガックリと膝をついていたわ。
でも、まぁ、ギルくんのあの人一倍強い責任感を考えれば、出かける前に最初に声をかけなかった私が悪かったんですけど。
「さぁ、ギルくんもそんなところで落ち込んでいないで、三人で家の中に入りましょう? 今日のお昼ご飯はね、お隣さんでいただいたイチゴと、お爺様の出来立てのバターを使った、特製の『イチゴバタートースト』よ!」
私の言葉に、アイちゃんが「わぁーい!おばあちゃんのイチゴバタートースト!」と太陽のような笑顔を弾けさせ、ギルくんも「なんと……!ありがたく頂戴いたします!」と目を輝かせたわ。
小川のせせらぎが優しく響く、私たちの愛しい日本家屋。
縁側に並んで、甘酸っぱいイチゴジャムと濃厚なバターの香りに包まれながら、私たちは今日も、どこまでものんびりとした最高のスローライフを過ごすのでした。




