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第四十五話 狂乱の王太子、襲来(前編)

「はぁー、やっぱり春の風は心地いいわねぇ」


私は縁側で温かい緑茶をずずっと啜りながら、春の柔らかな光に目を細めていたの。庭先では、泥だらけのアイちゃんがお隣の子供たちに引っ張り回されながらキャッキャと笑い声を弾ませていて、その横では、ギルくんたち五人の騎士様たちが楽しそうにクワで畑を耕している。


あの理不尽な婚約破棄で悪役令嬢として追放された私と、ゲームのヒロインとなったはずのアイちゃんが、今では家族としてここで笑い合っているのよ。本当にのどかで、愛おしい日常ですこと。


なんて、のほほんとしていた、まさにその時よ。


ガラガラガラッ!!!


春の静寂を無惨に切り裂く激しい蹄の音と共に、我が家の門の真ん前へ、物凄い勢いで豪華な馬車と四騎の武装した騎兵が滑り込んできたの。


「シャルロット様……! 避難を!」


ギルくんが瞬時にクワを放り出し、腰に銀色の剣を帯刀させ私の近くにくる。他の四人の護衛の男の子たちも、一瞬で身構えたわ。


門の前に急停車したのは、王宮の紋章が刻まれた、悪趣味なまでにギラギラと着飾った一台の豪華な馬車。そしてそれを囲むようにして馬を並べた、物々しい武装を施した王太子直属の四騎の近衛兵。

村の守備隊や憲兵たちが「何事だ!?」と大農園のほうから騒然と駆けつけてくるけれど、それよりも早く、騎馬を降りた近衛兵の二人が馬車の扉を開け放ったの。


「アイリス……っ! アイリスはどこだ! 私のアイリスはここにいるのだろう!!」


馬車の中から、壊れた人形のように狂った叫び声を上げながら、一人の男が地面を強く踏みつけて降りてきたの。


それは、冷静沈着で有能な次期国王を気取っていた、あの本性は理不尽な王太子、ジークハルト殿下その人だったわ。


「……あ、あぁ……っ!!」


アイちゃんが一瞬で恐怖にお顔を真っ白に強張らせ、わたしのドレスの袖をぎゅっと掴んでカタカタと震え出したわ。無理もないわよね。ゲームのバッドエンドで自分を殺しにくる恐怖の対象だった俺様王太子が、憎悪を剥き出しにして目の前に現れたんだもの。


ジーク殿下は畑の土で高級な革靴を汚しながら、一歩、また一歩と我が家の敷地へ踏み込んでくる。

そして、縁側の私と、後ろで震えるアイちゃんの姿を捉えた瞬間、殿下は、怒りと嫉妬でドロドロに血走った眼で、私を射殺さんばかりにギロリと睨みつけて、大声を張り上げて私を責め立ててきたのよ。


「……なぜだ。なぜお前がここにいる、シャルロット……!隣国へ這いずり回る惨めな罪人として追放したはずのお前が、なぜ私のアイリスの前に立っている……っ!お前がそそのかしたのだな!?その毒婦の口でアイリスを惑わし、私から引き離したのだ!お前が私の財布を握り潰し、お前の兄が王宮の臣下をそそのかして私を孤立させた!すべてはお前の、私への復讐か!?認めろ!私を奈落へ突き落とし、その歪んだ愉悦に浸りたかったと!それほどまでに……それほどまでに私を憎んでいたのかァッ!!」


まぁまぁ、おいたが過ぎるにも程がある、完全な逆恨みの言動よ。

激しい怒気の籠った私を責め立てる声が開拓村の春の青空に響き渡る。

でも、中身百三十二歳のおばあちゃんからすれば、のほほんとした感想しか湧いてこないのよね。


(あらあら。顔色も真っ赤ですし、胃がキリキリして相当なストレスが溜まっているようねぇ。お茶でも淹れて、少し落ち着かせてあげたほうがいいかしら。本当に手のかかるお子様ね)


しかし、私のそのあまりの涼しい顔が、さらに殿下の高いプライドを逆撫でしたみたいだわ。


「貴様、その態度が……っ!」


さらに怒りを沸き立たせた王太子は、私をさらに責め立てるため、その手で私の襟元を掴もうと、乱暴に一歩を踏み出して近づいてきたの。


さすがの私も、平和主義者とはいえお気に入りの手鏡に指をかけ、スッと構えたのだけれど――。


「やめて……っ!」


その私の前に、誰よりも真っ青なお顔をして、カタカタと震える両足を必死に我慢しながら、両手を大きく広げてアイちゃん立ちはだかったのよ!


「な、なぜだ、アイリス……!? お前は、その不届きな悪役令嬢にかどわかされていたのだろう……っ!?」


完璧な俺様気質で突っ走ってきたジーク殿下は、まさか自分が愛し、執着していたはずのヒロインが、かつて自分が追放した悪役令嬢を必死にかばって目の前に立ちはだかるなんて夢にも思っていなかったみたい。あまりの衝撃にびっくりして思わず一歩下がってしまったわ。


そんな殿下に向かって、アイちゃんは大粒の涙をいっぱいに浮かべながら、お腹の底から叫んだの。


「おばあちゃんに、手を出さないで!!」


ゲームのヒロインの仮面でもなく、破滅への恐怖でもない。

世界で一番大切なおばあちゃんを守りたい。その一心だけで、かつて恐れていた王太子の前に毅然と立ちはだかったのよ。


けれど、アイちゃんに明確に拒絶されたことで、ジーク殿下はさらに逆上したわ。


「アイリス、どけ……っ!」


狂乱のままに手を振るい、邪魔なアイちゃんを突き飛ばしたの!


「ああっ!」


よろけたアイちゃんは、私の左隣の土の上に、ペタンと膝をついて床へ座り込んでしまったわ。


大切な可愛い孫に手をあげるなんて、おばあちゃん、さすがにちょっとこれ以上はおいたが過ぎるわよって、拳にギュッと力がこもった、まさにその瞬間。


無言のまま、私の右隣にギルくんがスッと立ちはだかったわ。


ギルくんはエドワード辺境伯様の直属の騎士だから、身分制度の厳しさなんて誰よりもよく分かっているはず。他国の王太子とはいえ、次期国王に対してこんな風に立ちはだかって睨みつけば、自分の命なんて一瞬で吹き飛んでしまうかもしれないのよ。


それでも、ギルくんの私への忠義心は本物。

彼はジーク殿下を真っ直ぐに睨みつけ、言葉を一切発しないまま、岩のように一微動だにせず、鋭い威圧の瞳を殿下へ向けて私を守る盾になってくれたんだわ。


それを見たジーク殿下は、今度は怒りの矛先をギルくんに向けて、さらに血走った目をギラギラと輝かせて激昂したわ。


「貴様、俺を誰だと思っている! 貴様の命なぞ、どうにでもなるのだぞ!」


身分を盾に怒り狂ってギルくんを責め立てるけれど、無言のまま威圧し続けるギルくん。

気がつけば、我が家の開けた庭先の周りには、お隣の子供たちとご両親、坂を上った家のお爺さんとお婆さん、そして村長さんを筆頭に、エデン村のたくさんの人々が心配そうに大集結していたわ。


自分の威光がギルくんや伯爵領騎士たち、この辺境の村人たちにすこしも通じないことに完全に業を煮やしたジーク殿下は、ついに狂気で眼を血走らせて、......腰の装飾だらけの剣に手をかけたの!


「あぁっ!」

周りの村人たちから悲鳴が上がるけれど、それでもギルくんは眉一つ動かさずに立ちはだかっている。


「そこをどけ!無礼者が!」


そしてついに、殿下が剣を不躾に引き抜き、ギラリと光る矛先をギルくんに向かって振り上げたのよ――!

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