第四十四話 嵐のあとの日本晴れと、甘じょっぱいいも餅の誘惑
「あぁ、やっぱり嵐のあとの青空は、洗い流されたように澄み渡っていて気持ちがいいわねぇ」
昨夜のあの激しい雷鳴と豪雨が嘘のように、エデン村の朝は、見事なまでの日本晴れが広がっていたの。
お日様の光はぽかぽかと温かく、濡れた新芽の瑞々しい匂いが、春の柔らかなそよ風に乗って縁側まで心地よく運ばれてくるわ。
私は縁側に腰掛けて、ずずっと温かい緑茶を啜りながら、庭先のなんとも微笑ましい光景に目を細めていたの。
「あはは、待って、待ってってばー! もう、二人とも元気すぎるよぉ!」
庭先を見れば、あの遭難事件の夜にアイちゃんが命がけで守り抜いたお隣の二人の子供たちがやってきていてね。「アイリスお姉ちゃん、こっちだよー!」って、アイちゃんの手を引いて元気いっぱいに駆け回っているのよ。
小さな子供たちにすっかり懐かれて、泥だらけになりながら楽しそうに笑っているアイちゃんの姿は、前世の普通の女子高生だった頃の面影も重なって、まるでお優しい「保母さん」みたい。
昨夜はお布団の中で怖がって涙目でお鼻を鳴らしていた泣き虫さんが、次の日の朝にはこんなに輝くような本当の笑顔を見せてくれるなんて、おばあちゃん、胸の奥がじんわりと温かくなっちゃうわね。
一方で、庭先の大きな畑のほうからは、力強い男の子たちの掛け声が響いていたわ。
「おい、そっちの畝の水はけを確認してくれ! 大雨で溝が埋まっているぞ!」
「了解だ、ギルバート! こっちの倒れた大豆の支柱は、俺が一本残らず真っ直ぐに直しておく!」
ギルくん率いる四人の逞しい騎士様たちは、朝から上着を脱ぎ捨てて、泥まみれになりながら畑のお片付けに精を出してくれているの。
昨夜の嵐はなかなかに激しかったから、風で倒れた支柱を直したり、水はけの溝をスコップで丁寧に掘り直したりと、やらなきゃならない仕事が山ほどあるのよね。
それでも、クワやスコップを握る手つきはもう、辺境領のエリート騎士様というよりは、すっかり生粋のプロの農家さん。私の専属護衛に集中しながら、こうして毎日本当に逞しい貴重な労働力になってくれて、おばあちゃん頭が下がりますわ。
そんなみんなの姿をニコニコと眺めながら、私がお台所でせっせと用意を始めたのが、お醤油が完成したからこそ作れる、念願の最高傑作のおやつ。
茹でてホカホカに潰したおイモを丸めて、こんがりとキツネ色に焼き上げたいも餅ですわ!
以前に作った時はね、まだお醤油がなかったから、焼いてお塩をパラパラと振るだけの素朴な味付けだったの。だけど今回は違うのよ。
交易所から買ってあったお砂糖と、お家の暗がりで一年近くじっくりプクプク熟成させて、先日やっと少しだけ絞り出した『初代のお醤油』! これを火にかけて、とろ〜りと濃厚な、みたらし風の甘じょっぱい特製タレを仕込んだの。
それを、焼き立ての熱いいも餅にジュワッとたっぷり絡めれば……。
――チチチ、じゅううううぅぅッ!!
お醤油が焦げたなんとも香ばしい、凶悪なまでに食欲をそそる芳醇な和の香りが、春の澄んだ空気の中に爆発するように広がっていったわ!
「さぁ、みんなー! 泥んこ遊びも畑のお片付けもそこまでにして、温かいうちに最高のおやつを食べなさいな!」
私が縁側から声をかけた、まさにその瞬間よ。
ドタドタドタドタッ!!!
と物凄い地鳴りのような足音が響いたかと思ったら、クワを放り出したギルくんたち五人の騎士様と、子供たちを抱きかかえたアイちゃんが、まるでおいたを見咎められた子供みたいな凄まじい目の色をして、一斉に縁側へすっ飛んできたじゃないの。
「シャルロット様ぁぁぁ!!この、この鼻腔を狂わせるような甘じょっぱい至高の香りは一体何事ですか……っ!?」
「我らの魂を揺さぶる新たなおイモの深淵……っ! いただきますッ!」
ギルくんたちが大汗をかいたお顔を輝かせながら、焼き立てのいも餅を豪快にお口へと運んだわ。
一噛みした瞬間、男の子たち全員が、あまりの美味さに雷に打たれたかのようにガタガタと震え出したのよ。
「う、美味すぎる……! 外側のカリッとした香ばしさと、中のおイモのモチモチ感、そしてこの『オショウユ』の甘じょっぱいタレが絡み合って、口の中が美味の桃源郷です……っ!」
「これ、すごく美味しいよぉ……!おばあちゃん、世界最強のおやつだよ……っ!」
アイちゃんも普通の元女子高生らしい満面の笑顔でお口をモグモグさせ、お隣の子供たちも「お姉ちゃんこれ美味しいー!」って、お口をタレで真っ黒にしながら大喜びしているわ。
お皿にてんこ盛りにしたはずのいも餅が、文字通り一瞬でお片付けされるみたいに、凄まじい勢いでみんなの胃袋へと吸い込まれていくじゃないの。
そんなみんなの猛烈な食べっぷりを、淹れたての温かい春の緑茶をずずっと啜りながら眺めていたのだけれど……。
ふと、おばあちゃん、心の中でちょっとした疑問が浮かんじゃったのよね。
(……あらあら、待ちなさいな。もしかしたらわたし、ギルくんたちを完全に胃袋から『餌付け』しちゃったかしら……?)
だって貴方たち、エドワード辺境伯様から「極密任務」として派遣されてきた、本来はとっても優秀で生真面目なエリート騎士様たちなのよ?
それが今や、朝から畑仕事を死に物狂いで片付けて、私が出すおイモ料理をハグハグと食べることに、毎日の生きる目的のすべてを注いでいないかしら、って。
まぁ、みんなが笑顔で健康的な生活を送ってくれるなら、それが何より一番なんですけどねぇ。
「さぁさぁ、喉を詰まらせないようにね。温かい緑茶もたっぷりありますから、たくさんおあがりなさいな」
私が微笑みながらお茶を注ぎ足すと、縁側には子供たちの元気な笑い声と、みんなの「美味すぎる!」という賑やかな歓声が、ぽかぽかとした春の光の中にどこまでも響き渡っていったの。




