第四十三話 雷鳴の夜と、お布団の中のぬくもり
ゴロゴロ、ピシャァァァッ!!!
激しい落雷の地鳴りのような音が、冬の名残をはらんだ春嵐の夜空に轟き渡っていたわ。我が家の頑丈な縁側の戸をガタガタと叩きつける激しい雨の音を聞きながら、私は寝床の中で、ぬくぬくとしたお布団に包まりながら、静かに目を開けたの。
これだけ激しく天気が荒れるとねぇ、前世に主婦をやっていた頃の性分かしら、物干し竿を片付け忘れていないかしらとか、お家の周りは大丈夫かしらって、なんとなく心が落ち着かなくなってしまうのよね。
なんて、暗闇の中で天井を見つめていた、まさにその時よ。
トコ、トコと、廊下の板を踏み鳴らす、とっても小さくて遠慮がちな足音が、激しい雨音の隙間から聞こえてきたの。
静かに襖がすうっと開いて、枕元にぽつんと人影が立ったわ。
稲光が部屋を一瞬だけ白く照らし出した瞬間、そこに見えたのはね、大きな枕を両手でぎゅっと抱きしめて、不安そうにお口をへの字に曲げたアイちゃんのお顔だったの。
嵐の冷たい空気のせいかしら、小さな肩が小刻みにブルブルと震えているじゃないの。
「……おばあちゃん、起きてる……?」
蚊の鳴くような、今にも消えちゃいそうな細い声。
「あのね、雷が、すっごく大きく鳴り響いて……」
アイちゃんは一度きゅっと唇を噛んで、言い訳を探すように視線を泳がせたわ。
「……怖くて、どうしても一人で眠れなくて……」
ゴロゴロと外で大きな音が鳴ったけれど、アイちゃんは耳を塞ぐわけでもなく、ただ涙目でじっと私の顔を見つめている。会いたかったのは、雷の届かない安全な場所じゃなくて、「私」だったのだと、その琥珀色の瞳が雄弁に語っていたわ。
私は何も言わずに、にっこりといつものおばあちゃんスマイルを浮かべて、自分の温かいお布団の端をスッと大きく開けてあげたわ。
「まぁまぁ、ほら、おばあちゃんのお布団はとっても温かいから、早く中に入りなさいな」
「……うん……っ」
私の言葉に、アイちゃんはまるで救われた小鳥みたいにコクコクと何度も頷いて、お布団の中へと潜り込んできたの。
中に入ってきたアイちゃんの体を、私はお布団の上からぎゅっと抱きしめて、背中を優しく「トントン、トントン」と、一定の心地いいリズムで叩いてあげたわ。
「大丈夫よぉ、もう怖くないからね。おばあちゃんがここにいるから、安心してお眠りなさいな」
私の胸に頭を預けて、お布団の温もりに包まれたアイちゃんはね、張り詰めていた糸が解けたみたいに、何度も小さく「うっ……うう……」とお鼻を鳴らしていたけれど。しばらくして背中のトントンを続けていたら、やがて、すぅすぅ、すぅすぅと、とっても穏やかで愛らしい寝息を立てて、わたしの腕の中で静かに眠り始めたのよ。
規則正しい可愛い寝息を聞きながら、私はアイちゃんの煤の落ちた綺麗な前髪を、そっと優しい手つきで撫でてあげたわ。
そしてね、この子のこれまでの身の上を、静かに心の中で思い返していたの。
前世ではね、日本のどこにでもある普通の、のほほんとした女子高生だったのよね。
お家には大好きな親御さんがいて、美味しいご飯を作ってもらって、学校の友達と他愛のないおしゃべりをして、そんな当たり前の、何気ない幸せの中にいたはずの女の子。
それなのに、突然の悲しい事故で命を落としてしまって……。
目を覚ましたら、縁もゆかりもない異世界。しかも間違えたら自分が破滅させられて殺されてしまうかもしれないという、理不尽なゲームの世界に放り込まれてしまったんだもの。
元の世界の大切な親御さんとも、強制的に引き裂かれてしまってね。
誰にも自分の本当の正体を明かせず、本音も言えず、「生き残らなきゃ」っていう極限の恐怖とプレッシャーの中で、たった一人で張り詰めたお面を被って、どれほどの孤独に耐えながらここまで頑張ってきたことか……。泣き虫さんだけど、本当によく一人で耐えて生き延びてきたわ。
(アイちゃん、本当に、本当によく頑張りましたね……)
元の世界の親御さんのところへは、わたしがどんなに頑張っても、戻してあげることはできないけれど。
でもね、その親御さんと同じくらい、いや、それ以上にね。
この子が「あぁ、もう一人で怖がらなくていいんだわ。ここに私の本当の家があるんだわ」って、心の底から安心していっぱいに甘えられるくらいの大きな愛情を、わたしがこの手で、生涯をかけて注ぎ続けてあげましょう、って。
冬を越して、お醤油の寒仕込みをのんびり手伝えるようになったこの愛しい孫の手の温もりを思い出しながら、私は暗闇の中で静かに、けれど誰よりも強い決意を胸に灯したのよ。
この子は、もう絶対に誰の手にも渡しませんし、手放しませんことよ。
お外ではまだゴロゴロと不穏な雷鳴が響いているけれど、お布団に包まれた私たちの周りだけは、まるでお醤油の諸味がプクプクと育つお家の暗がりみたいに、世界一優しくて温かいぬくもりで満ちていたの。
私は眠るアイちゃんの小さな体をもう一度そっと抱き寄せ、可愛い孫の寝息に耳を傾けながら、目を閉じた。




