閑話 氷の貴公子の盤面と迫る終局(お兄様視点)
「アルベルト……もう胃薬が効かないよ。王宮の半分が、君の手によって真っ白に片付いてしまったじゃないか……」
公爵家の執務室。親友のクロードが、青白い顔で胃のあたりをキリキリと押さえながら、デスクの上に積まれた大量の『辞表』と『査察報告書』の山を見つめて絶望的なため息を吐いた。
「何を言うんだ、クロード。私はただ、不要な羽虫どもを綺麗に掃除しただけだよ」
私は手元の重要書類にササッとサインをしながら、冷徹な仮面の裏で、ふっと不敵な笑みを浮かべた。
すべては、あの男爵令嬢アイリスが王太子ジークハルト殿下に「実家へ戻って静養する」と嘘を吐き、そのまま行方をくらませたことから始まった。
殿下を操って我がローゼンバーグ公爵家をハメようと裏で蠢いていた不穏な影(他派閥の貴族ども)は、神輿にしていた女が突然消えたことで大パニックを起こし、自滅の道を突き進んだ。
そこへ、実家の全権と騎士団の指揮権を完全に掌握した私が、冷徹に切り込んだのだ。
彼らが私腹を肥やすために行っていた不正流通や闇資金の証拠を、一本の逃げ道すら与えずに淡々と突きつける。
さらに、マルク商会と我が最愛の妹シャルロットが王都で大流行させている、あの美味なるジャパイモ料理――『フライドポテト』や『ハッシュドポテト』の莫大な経済利権と税収を盾に、彼らの資金源を完全に干からびさせてやった。
それだけではない。私はマルク商会を通じ、これまで家畜の餌同然だったそのジャパイモを、王都の平民や貧民層へ向けて安価に大量流通させる手配を完了させていた。冬が近づき飢えに怯えていた王都の民衆は、この安くて栄養価の高いお芋料理によって完全に救済され、今や城下町中が我がローゼンバーグ公爵家への熱狂的な感謝と支持で沸き返っている。
民衆の圧倒的な支持を得た今の我が家に、王宮のどんな理不尽な罠も通用しない。我が家を敵に回すということは、王都の新たな経済の生命線と、民衆の暴動のリスクを丸ごと背負うということだ。
逆らう者には、職を辞すか、不正で捕まるかの二択しか与えなかった。結果、王宮の腐った陰謀勢力は、今や泡を吹いて一掃されることとなった。
「公爵家のお金を流用して殿下に媚びを売っていた父上たちも、大人しく遠くの別荘へ強制隠居させられた。……これで我が家を脅かす障害はすべて消えたな」
「国家規模の危機と、まさかの貧民救済の利権まで丸ごと利用して、自分の実家乗っ取りと王宮の大掃除を同時に完遂させちゃうなんてね……。本当に、妹のことになると加減が利かなくて恐ろしい男だよ、君は」
「心外だな、クロード。私はローゼンバーグ公爵家の次期当主として、我が家の財産を守り、不当に貶められたシャルロットの名誉を回復するために、極めて合法かつ合理的な手段を講じたに過ぎない。これのどこに加減を誤る要素があるというんだ」
私のあまりに冷静で隙のない正論に、クロードは「……あ、ハイ、そうだね。君が正しいよ」と諦めたように机に突っ伏していたが、書類の決裁はまだ残っている。早く仕事を終わらせて、エデン村の進捗報告を読まなくては。
「――だ、誰かいないか!! アイリスはどこだ! なぜ見つからんのだ! 私を騙してどこへ行ったぁぁぁ!!」
開け放たれた窓の向こう、王宮の廊下からは、未だに現実を受け入れられずに発狂しているジーク殿下の無様な叫び声が響いてくる。
裏の協力者をすべて私に合法的に排除され、完全に四面楚歌となった生意気な王太子。
普段は完璧で冷静な次期国王を気取っているようだが、お気に入りの女に逃げられたショックと、周囲の味方が全員消えた焦燥で、今の殿下は完全に正気を失い、顔面を真っ青にして怒り狂っている。
「……ふっ。哀れな男だ」
私は窓の外の喧騒を見下ろしながら、「氷の貴公子」の名に恥じぬ凍てつくような冷酷な微笑を浮かべた。
すべては、我が愛しき妹の平穏のためだけに。
お前を不当に貶めた王宮の害虫どもは、この私が一匹残らず駆除してやった。もうお前を脅かすものなど、この王都には何一つ存在しない。
待っていなさい、シャルロット。
私はお前のための実家を含めた完璧な安全圏を今ここで完成させよう。
私は不敵な笑みを浮かべながら、冷徹に最後のチェックメイトの書類へとペンを走らせた。
さて、次の第五部は「おイモの深淵と俺様王太子の襲来」。ついにアイちゃんを、あの俺様王子が迎えに来てしまいます!追放したはずのシャルロットの姿を見た王子は激怒。「アイリスをかどわかしたな!」と大いなる誤解をしてしまい……!?
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