第三十三話 おばあちゃんのお使いと、初めての「ありがとう」(後編)
最初のご近所さんのお家で、涙でぐしゃぐしゃになりながらも心からの温もりを受け取った私は、何度も何度も涙を袖で拭いながら、次のお家へと向かった。
最初の一歩を踏み出す前はあんなに冷たくすくんでいた足が、今は少し軽い。
次に向かったのは、少し坂を登ったところにあるお隣さん。仲の良さそうな老夫婦のお家。ここでもお爺さんとお婆さんが、「まぁ、わざわざ届けてくれてありがとうねぇ」と、私を温かく迎え入れてくれた。
「あの……シャルロット様の特製ハッシュドポテトです……よかったら……」
「おや、まぁ、嬉しいねぇ。シャルロット様のイモ料理は、本当にいつも優しい味がするんだよ」
そう言って笑ったお婆さんが、私の両手をそっと包み込んでくれた。その瞬間、私の手に触れたのは、驚くほどにごつごつとした、固くて厚い手の感触だった。
長年の厳しい開墾や畑仕事で酷使してきたのだろう。指の節々は太くゴツゴツと突き出し、手のひらはまるで木の幹の皮のようにザラザラと荒れて硬くなっている。
王宮の貴族たちが持っていた、美しく手入れされた白く滑らかな手とは、正反対の泥臭い苦労の手。
だけど、その無骨な手のひらから、じんわりと、驚くほど優しい体温が私の冷えた手に伝わってきた。
その飾らない温もりに、胸の奥に残っていた冷たい塊がまたひとつ、ふわっと溶けていくのが分かった。
(私、本当に、ここにいていいんだ……。こんなに一生懸命生きてきた人たちに喜んでもらえるなら、これから何だって全力で頑張ろう……!)
そう思った瞬間、心が一気に軽くなって、次のお家へ向かう私の足取りは、自然と小さなステップを踏むように弾み始めていた。
その次に向かったのは、村を束ねる村長さんのお家。
村長さんは「おお、シャルロット様の親戚のお嬢さんか。よく来てくれたな」と、私を怪しむどころか、大歓迎で温かく迎え入れてくれた。
「シャルロット様にはなぁ、本当に村中が感謝しても仕切れんほどの大恩があるんだ。あのお方がこの村へ来てくださってから、イモの育て方を教えてもらい、お茶を広めてもらい、さらには辺境領主様と大きな農園の契約まで取り付けてくださった。あのお方のおかげで、この村の暮らしは一変した。飢える心配もなくなり、これからは子供たちの未来だって明るい。シャルロット様はな、我らエデン村にとって、神様にも等しい尊いお方なんだよ」
村長さんは何度も何度も深く頷きながら、熱を込めてそう語ってくれた。その言葉の一つひとつに、村中からのシャルロット様――おばあちゃんへの、これ以上ないほどの心からの敬愛と感謝がぎっしりと詰まっていた。
それを聞いた瞬間、私の胸の奥から、とても大きな誇りがぶわっと湧き上がってきた。
(凄いや……。おばあちゃんは、この辺境の地で、こんなにもたくさんの人たちを救って、こんなにも深く愛されているんだ……!)
王宮で意地悪な悪役令嬢として理不尽に追放されたはずの彼女が、ここでは誰よりも気高く、みんなの優しくて偉大な英雄として生きている。そんなおばあちゃんが、私の身勝手な間違いをすべて「怖かったでしょうねぇ」と受け入れ、今ではこうして家族のように側に置いてくれている。
ただ生き残るためだけに心を凍らせ、孤独に震えながらお面を被り続けていた私にとって、おばあちゃんという存在は、もう何があっても揺るがない、人生で一番大きくて温かい精神的支柱だった。あのおばあちゃんがいてくれる。ただそれだけで、張り詰めていた心が芯から解きほぐされ、世界中を敵に回しても大丈夫だと思えるほどの無敵の安心感に、私はすっぽりと救われていた。
村長さんのお家を出た時、私の心からは、王宮でずっと私を縛り付けていたあの重苦しい負い目が、完全に消え去っていた。
青く澄み渡った辺境の空を見上げると、ただただ心地よい秋の風が通り抜けていく。
(おばあちゃん、私、お使いに来られて本当によかった……!)
弾むような足取りで、私は最後の目的地へと、ほとんど駆け出すようにして向かった。
そして、最後に向かったのは、村の入り口にある大きな交易所。
「あ、アイちゃん。お疲れ様。お使い、無事に回れたみたいねぇ」
交易所の前に辿り着いた瞬間、私の目に飛び込んできたのは、そこで私の帰りを待っていてくれたおばあちゃんの姿だった。
そしてその横には、温かい笑顔を私に向けてくれている騎士のギルバートさんの姿もあった。
ギルバートさんの手元には、お野菜や果物がこれでもかと大量に積まれている。
「おばあちゃん……! ギルバートさんも……どうしてここに?」
驚く私に、おばあちゃんはいつも通りののどかな笑顔で、温かい緑茶の入った水筒を差し出しながら、クスッと上品に笑った。
「ふふ、村の皆さんがねぇ、『シャルロット様の親戚のお嬢さんがハッシュドポテトを届けてくれた!』って、大喜びでお返しの品をたくさん持たせてくださるものだから。私たち、先回りして待っていたのですよ。よく頑張りましたね」
おばあちゃんが差し出してくれた温かいお茶を受け取りながら、私は心の中で、頼もしく優しいおばあちゃんに、そして優しく迎えてくれたギルバートさんに何度も何度もありがとうと呟いた。
私の胸の重い負い目は、おばあちゃんの圧倒的な優しさと、村の皆さんの温もりのなかに、綺麗に溶けて消えていく気がした。




