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閑話 氷の貴公子と王都の嵐(お兄様視点)

「……ハァ。アルベルト、僕の気のせいだといいんだけど。この数日間、王宮の空気が完全にハチの巣をつついたような修羅場になっているのは……どうしてかな」


王宮の一角にある執務室。親友のクロードが、いつものようにすっかりやつれた顔で、自分の胃袋のあたりをガシッと押さえながらため息を吐いた。


「気のせいではない。事実、王宮内は未曾有の大パニックの真っ只中だからな」


私は手元の重要書類にササッとサインをしながら、冷徹な仮面の裏で、ふっと不敵な笑みを浮かべた。


すべては、あの男爵令嬢アイリスが、王太子ジークハルト殿下に「実家へ戻って静養する」と嘘を吐き、そのまま行方をくらませたことから始まった。

数日後、我慢できなくなったジークハルト殿下が男爵領へ使いを出したところで、実家には寄り付きもしていないという事実が発覚。普段は完璧で冷静に見えるが、じつは俺様バカなジークハルト殿下が、お気に入りの女に嘘を吐かれて逃げられた途端、今や顔面を真っ青にして「私のアイリスが私を騙して消えただと!? どこへ行った、今すぐ全軍を動かして捜索しろ!」と、王宮の廊下で大真面目に怒鳴り散らしているのだ。


殿下のあまりの取り乱しぶりに、裏でアイリスを利用して公爵家をハメようと蠢いていた不穏な影―他派閥の貴族どもまでもが、「おい、利用するはずの神輿が消えたぞ!」と、大慌てで右往左往している。


実に見苦しい。恋愛という盲目的な感情に目を曇らせ、お気に入りの女一人に騙されて行方をくらまされた挙句、職務を放棄して王宮を大混乱に陥れるなど、一国の次期王座に就く男のすることではない。


「だが、クロード。これは我がローゼンバーグ公爵家にとって、これ以上ない【最高のカード】だ」


「……うん。君がそうやって綺麗な顔で冷たく笑うとき、ろくなことが起きないのは知っているよ。次は一体、誰をハメるつもりだい?」


クロードが諦めたように肩をすくめる。私は席から立ち上がると、窓の外で怪しい土煙を上げている王宮の様子を見下ろした。


「ハメるのではない。公爵家の未来のために、当然の処理を行うだけだ。……殿下のあの無様な大不祥事を見ろ。王都は今、恋に目が眩んだ王太子とその一派のせいで、極めて危険で不穏な状態にある。このような泥沼の王都に、我が妹シャルロットのための居場所など、どこにも存在しない」


妹が辺境へ行ってから数ヶ月。私はずっと、シャルロットがいつでも安心して王都へ戻ってこられるよう、実家の世代交代のチャンスを虎視眈々と狙っていた。


「父上と母上は、未だにあのジークハルト殿下の派閥にすがり、公爵家の資金を不透明に流用してまで王都の政争に加担しようとしている。……これほど国家を混乱させる危険な殿下に付き従うなど、我が公爵家の威信を奈落に突き落とす愚挙。もはや一刻の猶予もない」


私は、クロードの伯爵家が極秘裏に集めてくれた「両親の杜撰な派閥運営と資金流用の証拠」を、デスクの上にドン! と叩きつけた。


「この王太子の最大のスキャンダルを逆手に取り、『殿下の不祥事によって王都が混乱している今、我が家の名誉を守るため、これ以上の政争への加担は許されない』と父上たちに突きつける。そして――すべての実務と騎士団の指揮権を、今すぐこの私が完全掌握する」


「……なるほど。国家の危機をそのまま実家乗っ取りの口実にしちゃうわけだね。本当に、妹のことになると加減が利かなくて怖いよ、アルベルト」


「心外だな、クロード。私はローゼンバーグ公爵家の次期当主として、我が家の財産を守り、不当に貶められた身内の名誉を回復するために、極めて合法かつ合理的な手段を講じたに過ぎない。これのどこに加減を誤る要素があるというんだ」


私のあまりに冷静で隙のない正論に、クロードは「……あ、ハイ、そうだね。君が正しいよ」と諦めたように机に突っ伏していたが、書類の決裁はまだ残っている。早く仕事を終わらせて、エデン村の進捗報告を読まなくては。


クロードがまた「胃が痛い……」と呟いていたが、私には関係のないことだ 。

あの冷淡な両親には、言い訳の余地など一切与えず、大人しく遠くの別荘へ強制隠居してもらう。


待っていなさい、シャルロット。

お前が少し実権を奪ってきてと言ったからね、私は確実に実家を乗っ取って、お前のための完璧な安全圏を今ここで完成させてみせる。


すべては、我が妹の平穏のためだけに――。


王都の裏舞台で、氷の貴公子が不敵な笑みを浮かべながら、冷徹に最後のチェックメイトへと動き出した。

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