第二話 お茶は冷静に、実家にはドライに
「緑茶!!!」って叫んで、ガシッとマルクさんの両肩を掴みはしたものの、我に返ってマルクさんの顔を見たら、もうね、この世の終わりみたいな顔をしてガタガタ震えてるじゃないの。
災害指定級の熊を素手でコロリとやった女が、目の色変えて迫ってきたんだから無理もないわよね。
あらやだ、私としたことが。これじゃマタタビを前にした猫と変わらないじゃないの。落ち着きなさい、私。132歳のおばあちゃんでしょう?
ふぅ、と深く息を吐いて、マタタビに興奮した猫のような感情をすーっと引っ込めたわ。
「あ、ごめんなさいねマルクさん。ちょっとお茶が好きすぎて、はしたないところを見せちゃったわ」
「は、はあ……心臓が止まるかと思いました……。しかし、驚きました。この辺りでは誰も見向きもしない珍しい薬草を、どうしてシャルロット様がご存知なのですか?」
マルクさんが目を丸くして聞いてくるから、私はちょっと焦っちゃったわ。まさか「前世の日本で毎日のように啜ってました」なんて言えないでしょう?
「オホホ、ちょっと前にね、古い文献で読んだことがあったのよ。体にとっても良いんですって!」
なんて風に、公爵令嬢っぽくオホホと上品に笑って誤魔化しておいたわ。
「なるほど、さすがはローゼンバーグ公爵家のお嬢様だ。教養が素晴らしい」
「あら、私をご存知で?」
「もちろんですとも! 公爵家は我が商会にとって最大級の取引先ですからね。公爵様のことはよく知っております。……王太子殿下の婚約者である公爵家の美姫、シャルロット様」
「ところでマルクさん、この先はどちらへ?」
「ここから街道を東へ進んで、辺境にある『開拓村』まで行く予定です。商売の種を探しに」
「あら、奇遇ねぇ! 実は私が辻馬車で向かっていたのも、その開拓村なのよ。もしよかったら、マルクさんの商隊に私を同行させてもらえないかしら?」
「ええっ、シャルロット様がそんな辺境に!? ……いや、私としてはマグマベアを瞬殺するほどの御方が護衛にいてくだされば、これ以上なく心強いですが……しかし、公爵様にご許可はいただけるのでしょうか?」
私はその「公爵」という言葉を聞いて、ふと我に返ったわ。
前世の記憶を2回分も一気に取り戻しちゃったものだから、すっかり頭から抜け落ちたまま王都を出てきちゃったけれど、そういえばこの身体にも「親」がいたのよね。
今の私の家族は、お父様とお母様、それに私より少し年上の、冷たいお兄様が一人。この身体の元の記憶を辿っても、家族との思い出は氷のように冷え切ったものばかり。公爵令嬢としての完璧な作法や政略結婚の道具としての価値しか求められず、温かい言葉をかけられた記憶なんて一度もないのよ。
だけど、後からグチグチ言われるのも面倒だし、一応生きてるってことだけは伝えておいた方が大人のマナーってものよね。
「ねえ、マルクさん。ここから実家へ連絡って取れたりするかしら?」
「もちろんです! 公爵家の領地宛てなら、我が商会の通信網と早馬を使えば、すぐにでも伝言を届けられますよ!」
さすが大商人、頼りになるわね。
私はマルクさんから紙とペンを借りると、さらさらと一筆したためたわ。
そこにはね、こう書いたの。
『お父様、お母様、お兄様。私は元気です。
今後、私は隠居して辺境生活を送ることにしました。
王太子殿下のことは、10代の可愛い痴話喧嘩ですから、放っておいてあげてくださいね。
それでは皆様、どうぞお達者で。探さないでください。 シャルロットより』
「はい、これを早馬で実家に届けてもらえるかしら?」
「は、はい……『探さないでください』ですか。承知いたしました……」
マルクさんはゴクリと唾を飲み込みながら、その手紙を一番足の速い伝令に託してくれたわ。
手紙を送り出し、これで実家への義理も一応果たしたし、行き先もバッチリね!
冷え切った実家への未練なんて咲き終えたバラのごとく、これっぽっちもないわ。私はマルクさんの馬車の特等席に座らせてもらって、美味しい緑茶を啜りながら、のんびり開拓村を目指すわ。




