第二十七話 ハッピーエンドの対価(アイリス視点)
きらびやかな王宮の夜会。シャンデリアの光が眩しく降り注ぐ中、私は第一王太子・ジークハルト様の隣に立っていた。周囲からは、身分違いの恋を実らせた「奇跡の男爵令嬢」として、惜しみない祝福の拍手が送られている。
ジークハルト様は優しく私の腰を引き、完璧な微笑みを向けてくれた。
「愛しているよ、アイリス。君を私の妃に迎えられて、本当に幸せだ」
「……はい、ジークハルト様。私も、夢のようでございます」
私もまた、男爵令嬢としての完璧なスマイルを返す。
だけど、私の心の中は、冷え切った氷のように凍りついていた。
(ひぃぃぃ怖い! 怖いよおぉぉ! 笑うだけで表情筋が引きつって死にそう……!)
そう、私には前世の記憶がある。日本のありふれた女子高生だった私は、不慮の事故に遭い、気づいたらこの乙女ゲームの世界のヒロイン「アイリス」に転生していたのだ。
特殊能力なんて何一つない、ただのしがない男爵令嬢。ゲームのシナリオ通りに選択肢を選び、目の前のイケメン王子を「攻略」しなければ、待っているのは悲惨なバッドエンド――投獄、国外追放、あるいは処刑。死にたくない。ただそれだけの一心で、私は恋愛感情なんて1ミリもない王子を必死に攻略し、この「ハッピーエンド」を掴み取った。
だけど、そのハッピーエンドの舞台裏には、あまりにも重い対価があった。
数ヶ月前、この同じ広場で、王子の婚約者だった公爵令嬢・シャルロット様の断罪劇が行われた。シナリオ通りに嫌がらせを受けていた私は、自分が生き残るために、彼女の罪をこれでもかと王子に告発したのだ。結果、シャルロット様はすべてを剥奪され、着の身着のままで隣国の辺境へと国外追放された。
画面の向こう側の出来事なら、「悪役令嬢がざまぁされた」とスッキリできたかもしれない。
だけど、これは現実だ。私のせいで、一人の女の子の人生が、社会的に完全に抹殺されたのだ。冷酷に彼女を切り捨てた王子の横顔を見るたび、罪悪感と、「もし好感度が下がったら次は私がこうなるのでは」という恐怖で、夜も眠れない日々が続いていた。
そんなある日、私は息抜きのためにお忍びで城下町へ降りた。そこで、私はあり得ないものを目にした。
「……嘘、でしょ……?」
路地裏の屋台から漂ってきた、香ばしい油と塩の匂い。平民すら見向きもしない、この世界では「家畜の餌」か「飢饉の時の齧るもの」とされる泥臭いおイモが、細切りにされてカラリと揚げられていた。
フライドポテト。前世の私が、学校帰りに友達と毎日のように食べていた、大好物のジャンクフード。
驚いて店員に問い詰めると、それは隣国の辺境にある「エデン村」で開発され、今まさに広まりつつある食べ物だという。隣国の辺境――そこは、私が追放したシャルロット様が逃げ延びた場所だった。
(もしかして、シャルロット様も、私と同じ……転生者……!?)
その可能性に気づいた瞬間、私の手足はガタガタと震え出した。生き残るために必死だったとはいえ、私は同じ日本の同胞を、あの地獄へ追い落としてしまったのか?
「実家の男爵領に戻って、しばらく静養したいのです」
引き止める王子の執着めいた視線から逃げるように嘘を吐き、私は馬車を飛び乗った。実家なんて目もくれない。私はただ一目散に、国境を越えてエデン村へと馬車を走らせた。
手も足も、震えが止まらない。恨まれているかもしれない。罵倒されるかもしれない。それでも、いてもたってもいられない。私は、彼女に会わなければならなかった。




