第二十五話 手鏡の誕生花と、カリカリのハッシュドポテト
『鉄壁の四重奏』の男の子たちやマルクさんが王都へ旅立ってから、さらに数日が経ったわ。
我が家の庭先の畑では、ギルくんとお供の騎士様たちが、相変わらず大汗をかいて畑の開墾を手伝ってくれていたの。エリート騎士様たちなのに、今やみんな泥だらけの顔をして、すっかり頼もしい農家さんねぇ。
ひとしきり土を耕し終えたギルくんが、額の汗を拭いながら、縁側にストンと腰を下ろして息を吐いたわ。
その横で、私は愛用の小さな手鏡を膝の上に乗せて、静かに眺めていたの。
「シャルロット様、その手鏡をいつも大切そうに持っていらっしゃいますね。夕べ……いえ、道中や村でも、肌身離さずお持ちだったとか」
ギルくんが不思議そうに私の手元を覗き込んできたわ。
夜の森で、この鏡の銀枠の角を使ってゴブリンの群れを一瞬でお片付けしたことなんて、この騎士様には知る由もないのよね。
「ええ。この角の丸みがね、私の小さな手に、とてもしっくりと馴染むの。だから、お父様とお母様から十歳の誕生日にいただいてから、片時も離さず持ち歩いている大切な宝物なのです」
手鏡の銀色の枠の一角には、小さな、可愛らしい星型をしたお花の模様が刻まれている。よく見ると線が少し歪んでいて、不器用な出来栄え。
「これはね、『水鏡華』という私の誕生花なの。透き通った小川のほとりに咲く、花弁が鏡のように光を反射する薄青色の綺麗なお花で、昔お母様が一生懸命に彫ってくださったんです」
鏡の背面にそっと指を滑らせる。
「私が十歳の誕生日の日はね、私を真ん中に挟んで、お誕生日おめでとうって、とっても優しい笑顔で笑いかけてくれたのです。……人の心というのは、立場や環境で簡単に変わってしまう。寂しいけれど、仕方のないことなのかもしれませんね」
ぽつりと、132歳のおばあちゃんとしての達観した独白が口から零れ落ちたわ。
二つの人生を生きて三つ目の人生の今の私は、人の心の移り変わりなんて嫌というほど見てきたから、今世の両親の冷え切った愛情に今さら傷つくことなんてない。けれど、十六歳で前前世と前世の記憶が戻るまで、ただただ両親を信じて健気に愛を乞うていた『この身体の幼いシャルロット』の純粋さを思うと、胸の奥が少しだけチクリと痛む。
あの子は本当に、この手鏡を宝物にして、両親の笑顔を信じていたのね。可哀想に、よく頑張ったわねぇ、私。
――そんな、少し感傷的な目をして遠くを見つめていたのかしら。ギルくんは私の言葉を聞いた瞬間、胸を締め付けられたような顔をして、目から今にも涙を溢れさせそうにして、鼻をグスッと鳴らしたの。
「シャ、シャルロット様……っ。そのような仕方のないことなどと、どうかご自分を納得させないでください……! 冷酷な王都の者たちが見捨てようとも、このギルバート、命に代えてもシャルロット様をお守りいたします……っ!」
(あらあら。生真面目なギルくんったら、とっても涙もろくて可愛い子ね)
私はクスッと微笑むと、「まぁ、そんな顔をなさらないで。ちょうどお昼のいいおやつが焼き上がったところですのよ」と言って、調理場から持ってきた大きなお皿を差し出したの。
重苦しい空気を一瞬で吹き飛ばすように並んだのは、おばあちゃん特製の新しいジャパイモ料理、『ハッシュドポテト』よ!
細かく刻んだお芋に、ほんの少しのお塩とデンプンを混ぜて、平たい小判型にギュッと成形し、それを多めのお油をひいたフライパンで、外側がこれでもかとキツネ色になるまで、じっくりとカリカリに焼き上げたもの。
「さあ、これならナイフもフォークもいりませんからね。手を洗ったら、みんなで手づかみでポイポイお食べください」
畑仕事の合間の休憩には、こうして片手で手軽につまめるおやつが一番。私が勧めると、泣きそうになっていたギルくん、そして休憩に入った四人の護衛騎士様たちが、おずおずと指先でお芋を掴んで口に放り込んだわ。
カリッ、ザクッ、ホロォ……。
「っ、美味い……っ!!」
「な、なんだこの小気味いい食感は……! 噛んだ瞬間、外側がザクザクと音を立てるのに、中からお芋の旨味がホロホロと解けていく……!」
ギルくんもお供の騎士様たちも、しんみりした雰囲気はどこへやら、ハグハグと必死にお芋を口に詰め込み始めたじゃないの。
「シャルロット様、このハッシュドポテトというもの、ポテトチップスに負けず劣らず悪魔的な美味さです!手づかみで食べられるから、畑仕事の合間につまむのに最高の贅沢です!緑茶にも最高に合いますっ!」
ギルくんが泥の手を拭って涙目を丸くして大喜びし、お供の若い騎士様たちも「夕べの疲れが一気に吹き飛びます!」なんて、満面の笑みを浮かべて大はしゃぎしているわ。おばあちゃん、作った甲斐があったというものよ。
「ふふ、喉に詰まらせないでくださいね。急がなくても、お代わりはたくさんありますからね」
賑やかにハッシュドポテトを頬張る騎士様たちを横目に、私は再び、膝の上の手鏡に視線を落としたわ。
不器用についた、小さな『水鏡華』の傷。
私はそっと、その小さな花の彫刻を指先で優しくなぞった。




