第二十三話 領主様と大商人の火花、縁側から居間へ(後編)
「あらあら。お二人とも、とってもお熱くなられて。ここらでちょっと、温かいお茶でも飲んで落ち着いてください」
私が新しい緑茶を2人の前にトトトッと注ぎ足すと、額に青筋を立てて言い合っていたエドワード様とマルクさんは、ハッとして口を噤んだわ。湯呑みから立ち上るお茶の香りが、ピリピリと張り詰めていた居間の空気を優しく解きほぐしていく。
二人はお茶を一口啜って、ふぅと長い息を吐いたわ。
「……シャルロット嬢、見苦しいところを見せた。だが、これは我が領に関わる重大な交渉なのだ」
エドワード様が真剣な目を向けると、マルクさんも「ええ、商会の未来がかかっておりますので」と小さく頷いたわ。
「ええ、お二人とも国やお店のことを大真面目に考えていて、とっても素晴らしいですわ。……でも、お二人のお話はどちらもすでに出来上がったお芋とお茶をどう分けるか、というお話ばかりでしょう? 一番大切な土台のお話が、すっぽり抜け落ちていてましてよ?」
「土台、とは……?」
エドワード様が不思議そうに綺麗な眉をひそめたわ。
「これからどうやって、このお芋を安定して大量に作っていくか、という生産のお話よ。お二人とも、目先のお宝をどう分けるかばかりに目を曇らせて、畑の都合をこれっぽっちも考えていないんですもの。それでは、すぐにお宝は底を突いてしまいますわよ?」
「畑の、都合……?」
今度はマルクさんがポカンとした顔をしたわ。優秀な領主様と大商人とはいえ、2人ともまだ20代そこそこの若者だもの。お野菜を育てる大地の厳しさなんて、知る由もないわよね。
「ジャパイモは寒さに強くて、どんな痩せた土地でもゴロゴロ育つとっても優秀なお野菜なのですが、お芋にだって嫌なことがあるのです。同じ畑で何年も何年も続けてお芋だけを植え続けると、次の年からはお芋が全部腐って、収穫量がゼロになってしまいます。これを連作障害と言います」
前世の農家さんたちが、何百年も前から大切にしてきた大地の知恵よ。連作障害という聞いたこともない言葉に、エドワード様とマルクさんは息を呑んで顔を見合わせたわ。
「な、ならばどうするのだ……? 土が痩せたら、数年間は畑を何も植えずに放置し、大地の力が自然に回復するのを待つしかないのではないか? 我が領の農業ギルドでも、それが常識のはずだが……」
エドワード様が焦ったように尋ねてきたけれど、私はお上品に微笑んで首を横に振ったの。
「そんなことをしなくても大丈夫です。畑を3つか4つに分けて、お芋を植えた次の年は畑に『大豆』を植えます。大豆の根っこには、土の中に栄養を蓄えてくれる、目に見えない小さな生き物が住んでいます。だから、大豆を育てるだけで土が勝手にホクホクに肥えていくのです。その次の年は麦を植えて、またその次の年にお芋に戻る……。そうやって毎年植えるお野菜をぐるぐる回していく輪作をすれば、土地を1日も休ませることなく、毎年安定して大量のお芋が収穫できるようになるのです」
「な……ッ、何だと……!?」
私の説明が終わるか終わらないかのうちに、エドワード様が椅子からガタッと立ち上がって、今日一番の衝撃を受けたような顔で絶句されたわ。
エドワード様は、輪作農業が持つ、国家の土台をひっくり返すような凄まじい価値に気づいて、金髪を振り乱しながらブルブルと震えていたわ。
(……これほどの知識、国家の根幹を揺るがすような恐るべき農業改革の発想……! これは、次期王太子妃として王宮で学び、培ってきた教養なのか?……だとしたら、これほどの至宝たるお嬢様を、たかだか男爵令嬢に現を抜かして手放し、国外追放などという愚挙に走ったあちらの王太子は、なんと愚かなのだ!……いや、アルベルトの奴め。王太子がその愚かさに気づく前に、いち早く妹の安全を確保しつつ、我が領へこの知恵を持ち込んできたのか?)
「シャルロット嬢、君は……ただの公爵令嬢ではないな。この驚異的な農業改革の発想……君のその頭脳には、一体どれほどの知恵が詰まっているのだ……!」
「ただのおばあちゃんの……いえ、実家の方の古くからの知恵ですわ」
私がいつもの笑顔でお上品に煙に巻くと、隣で聞いていたマルクさんも唖然としているわ。
「……決まりだ、マルク殿。我が領地内の職人や人手をこの村に投入し、シャルロット嬢の言う通りの大規模な大農場を国費で建設しよう。もちろん、関税はゼロ、護衛の騎士も増員だ。その代わり、この大農場で採れたお芋のファーストロットは、我が領が最優先で買い取る!」
「ほう、そこまで領主様が歩み寄ってくださるなら、我がマルク商会としても断る理由はございません!」
優秀な若い男性2人は、おばあちゃんの知恵に感服して、平和的な契約をトントン拍子に結んでしまったわ。
居間の窓から、畑で相変わらず泥だらけになって芋を掘っているギルくんたちの姿を眺めながら、私は再びのんびりとお茶を啜るのでした。




