第二十二話 領主様と大商人の火花、縁側から居間へ(前編)
「……失礼。つい取り乱してしまった。アルベルトの妹君の前で、とんだ不調法を働いたな」
温かい緑茶を飲み干し、ようやく五臓六腑が落ち着いたらしいエドワード様はキリッと端正な領主の顔に戻られたわ。お腹が満たされたところで、私たちは縁側からお家の中の居間へと場所を移し、マルクさんも交えて本格的なお話をすることになったの。
「シャルロット嬢、そしてマルク殿。単刀直入に言おう。このエデン村で、これほど驚異的な特産品が開発されたのだ。領主としては、ぜひともこの利権を、我が領内で平和的に、かつ最優先で流通させてもらいたい」
エドワード様が真剣な目を向けると、待ってましたとばかりに大商人のマルクさんが商人の顔になって一歩前に出たわ。
「辺境伯様、お言葉ですが、この特産品はいずれ我がマルク商会がシャルロット様の母国である『王都』へ持ち込み、一大旋風を巻き起こす予定の大切な商品でございます。他国へホイホイと優先権をお渡しするわけにはまいりません」
「ふむ、だがこのエデン村は、我がアインハルト辺境伯領の土地だ。我が領内で生産される物資の第一流通権は、領主である私に交渉の優先権があるはずだが?」
「それは通常の農産物の話でございます。このジャパイモ料理のレシピや、乾燥茶葉の製法は、すべてシャルロット様と我が商会が独自に開発した機密資産。土地の所有権とは別問題です。……まさか、高潔なるエドワード辺境伯様が、力ずくで一商人の利権を奪い取るような真似はなさいませんよね?」
マルクさんも一歩も引かない。若い男性が2人が、お芋とお茶を巡って、火花を散らしているわ。
「……くっ、力ずくで奪うなどと言うわけがないだろう。私はあくまで平和的な交渉を申し入れている。……マルク殿、そなたがこれを王都へ運ぶというのなら、この国境近くの長い街道を、大量の荷を積んだ商隊で移動せねばならんのだろう?」
エドワード様は金髪を軽くかき上げ、ふっと不敵な笑みを浮かべたわ。
「この国境付近には危険な魔物の軍勢や夜盗が蠢いている。……関所までの通行税および関税を格安に優遇し、国境までの流通ルートの安全は、我が騎士団が責任を持って完全保障しよう。さらにだ、国境を越えた先の王都への街道に関しても、我がアインハルト家と懇意にしている他国の有力な警備組織へ、私直筆の紹介状を書いて斡旋してやろう。これならば、そなたの商隊は両国間で安全に物資を運べるはずだ」
「ほう……国境の関税優遇と、他国内の有力な護衛の斡旋、ですか」
マルクさんはふぅとわざとらしくため息を吐いて首を振ったわ。
「確かに魅力的ですが、我が商会が王都の貴族や富豪たちにこれを売り込めば、それ以上の莫大な利益が約束されております。辺境伯様が提示される優遇措置だけでは、王都での独占利益を諦めるほどの釣り合いが取れませんなぁ」
「な、何だと……!?では、これ以上の条件を私にどうしろと言うのだ!」
お芋のあまりの美味しさと保存食としての凄まじい価値に完全に目が曇って、なんとしても自分の領地に囲い込もうと必死な領主様と、商人の意地をかけてギリギリまで条件を吊り上げようとする大商人。
うん、2人ともとっても優秀だけど、目先の利益を巡って泥沼の言い合いを始めちゃうなんて、まだまだ青くて可愛い男の子たちですわねぇ。
私は2人のピリピリとしたやり取りを、淹れたての温かい緑茶をズズッと啜りながら、微笑ましく見守っていたの。
(お二人とも、とっても素晴らしいけれど……おばあちゃんから見れば、肝心なお話がすっぽり抜け落ちていてよ?)
2人の議論が極限まで白熱したまさにその時――。
私は湯呑みをコトッとテーブルに置いて、うふふと上品に微笑みながら、2人の会話の間に割って入ることにしたの。
「あらあら。お二人とも、とってもお熱くなられて。ここらでちょっと、温かいお茶でも飲んで落ち着いてください」




