第二十一話 領主様の直談判と、おばあちゃんのご馳走
「ギルバート様、そこ、もう少しだけ腰を落としてクワを引くと、綺麗に土が返りますわよ」
「は、ははっ!こうですか、シャルロット様!……くっ、この私が、クワ一つ満足に扱えんとは……っ!」
お家とお手洗いが完成してから数日。我が家の自慢のお庭のジャパイモ畑では、生真面目すぎる責任感に火がついたギルくんとお供の騎士様たちが、大汗をかいて開墾を手伝ってくれていたわ。
それにしても、このギルくん、時折お茶を飲みながら『あの恐るべき殺戮の天使の目に恥じぬよう、我らもこの地を死守せねば……!』なんて、とーっても物騒なことを熱く呟いているのよねぇ。
一回目の人生で、王の命を受けて闇を這っていた頃の私はね、確かに世間から『暗殺の天使』なんて呼ばれていたけれど……。
(この異世界には『殺戮の天使』なんていう、物騒な二つ名を持ったお人が本当に存在するのかしら。そんな物騒な精鋭部隊をお兄様が私に隠れて手配している?)
そのとき、土間の横でハンスくんと一緒に木材を削っていたリーダーのロイくんが、遠くの街道を指差して声を張り上げたわ。
「シャルロット様!マルク会長の交易所の方から、見慣れぬ立派な馬車がこちらに向かって勢いよく走ってきます!」
「え……!?あの紋章は、まさか……っ!?」
畑で芋を掘っていたギルくんが、泥だらけの顔のままガタッと立ち上がり、そのキリッとした目を限界まで見開いたの。
見れば、小川沿いののどかな一本道を、砂煙を激しく巻き上げながら、数人の優秀な護衛だけを従えた一台の豪華な馬車が、凄まじい勢いで爆走してくるじゃないの。馬車の側面に刻まれているのは、このエデン村がある領地を治めるエドワード辺境伯様の高貴な紋章。
「バ、馬鹿な……!エドワード様ご本人が、護衛数人だけを連れて、領地の端っこまで直々に馬車を飛ばしてやってこられるなんて……!」
ギルくんは「やはり国家規模の恐るべき陰謀が、このエデン村を舞台に……!」と勝手に顔を真っ青にしてガタガタと震え出しているわ。
(あらあら。辺境伯さまが、わざわざこんな辺境の村までお越しくださるなんて、一体何のご用かしらねぇ?)
「まぁ、せっかくのお客様ですもの。特製のご馳走でも用意してお迎えしましょう」
猛スピードで砂煙を巻き上げていた豪華な馬車が、我が家の庭先でキィッ音を立てて停止したわ。
扉が勢いよく開くと、そこから姿を現したのは、眩しいほどの金髪を揺らした、とーっても気品のある見事な美男子だったの。
ギルくんが泥だらけの顔のまま大真面目に直立不動の敬礼をするのを横目に、私は縁側からそっと立ち上がり、スカートの裾を持ち上げて優雅に一礼したの。いくらお兄様の友人とはいえ、まずはきちんとお行儀よくご挨拶をしなければね。
「初めまして、遠路はるばるようこそお越しくださいました。私はシャルロット・ローゼンバーグと申しますわ。そちらのギルバート様たちには、村の警備から畑仕事まで大変お世話になっておりますの」
私がいつものお上品なお嬢様言葉で微笑むと、金髪の貴族様はハッとして、すぐに完璧な貴族の微笑みを取り繕って胸に手を当てたわ。
「……これは失礼した、シャルロット嬢。私はこの辺境領を治めるエドワード・フォン・アインハルト辺境伯だ。君のお兄様であるアルベルトとは、学生時代からの数少ない友人でね。彼から直々に『妹が貴公の領の端の村へ向かったため、厳重に保護してほしい』との文書が届き、自ら様子を窺いに参った次第だ」
「まぁ、エドワード辺境伯様でしたのね。お兄様からのご連絡の件、色々とお手数をかけて申し訳ありません」
私がいつものおばあちゃんスマイルでお迎えすると、エドワード様はキリッとした目を少し細めて、真面目な顔で頷いたわ。
「いや、アルベルトの奴め、表向きは『監視しろ』などと冷淡に言っておきながら、先日私に届いたサンプル用の生ジャパイモ、そしてシャルロット嬢が我が使者に持たせてくれた『ポテトチップスと茶葉』のおかげで、ようやくあやつの本当の意図が分かった。あの男がわざわざそんな差し入れを贈ってきたのは、我が領内でのこの名産品の利権を、どこよりも早く私に独占させてくれようとしたのだろう」
エドワード様は、私とお兄様の「コネと差し入れ」の連携を、とっても都合よく大真面目に解釈して深く頷いたわ。
「これほど長期流通に適した至高の戦略物資が我が領で生まれたのだ。王都の者に気づかれる前に、いかにしてこの美味い名産品を我が領内に最優先で回してもらえるか、領主としてマルク商会の会長も交えて、平和的な独占流通の直談判に参った次第だ」
「ええ、難しいお話はあとでマルクさんといくらでもなさってください。遠い道のりで、酷くお腹が空いているでしょう? ちょうどお昼のご馳走ができたところですから、まずはこれを食べて落ち着ついてくださいませ」
私が縁側の大きなローテーブルに並べたのは、宮廷料理の脂っこい常識をひっくり返す、おばあちゃん特製の二大ジャパイモ料理よ。
蒸かしたおイモをモチモチに練り上げて塩を振るった、『イモ餅の塩焼き』。そして、極上の和風出汁に新鮮なお野菜とおイモのお団子を入れた、温かい『イモ団子汁』よ。
「……ふむ。これが、新たなジャパイモ料理か。宮廷の洗練された料理に比べれば、いかにも素朴だが……」
エドワード様は、促されるままに縁側へ腰掛け、まずはツヤツヤと光る『イモ餅』を優雅に口へと運んだわ。
カリッ、モチィ……。
「っ、グラリ……ッ!?」
その瞬間、エドワード様の端正な顔が劇的に硬直したの!
あまりの衝撃に、身体が大きくよろめいて、すぐ横にあった縁側の頑丈な木柱に、ガシッと片手を突いてどうにかその身体を支えている状態になったわ。
(な、なんだこの未体験の食感は……!?外側は香ばしく焼かれているのに、中は信じられないほどモチモチと吸い付くような弾力がある!う、美味すぎる……!)
「お口が少し濃くなったら、こちらのイモ団子汁をお飲みください。お茶も淹れたてですのよ」
私が優しくお汁の器を差し出すと、エドワード様はフラつきながらも器を受け取り、温かいお出汁をズズッと口に含んだの。
「っ……ふ、ふらり……ッ!?」
今度は反対側の、一緒に驚いている護衛騎士さんの肩にガシッと手を置いて、再び激しくよろめいたわ。
(な、何だこの五臓六腑に染み渡る、澄み切った圧倒的な旨味の深さは……!?宮廷のどんな濃厚なスープよりも、優しく、しかし強烈に味覚を揺さぶってくる……!この雑味のない極上のスープを吸ったモチモチのお団子が、胃袋を完璧に満たしていく……!)
お芋とお出汁を口にするたび、右の柱、左のマルクさんへと交互にガクガクとよろめくエドワード様。そのあまりにも極端で派手なリアクションを見つめながら、私は湯呑みを片手にクスッと笑ってしまったわ。
(あらあら、まあまあ。前世の日本で孫たちが読んでいた、料理を食べると服が弾け飛んだり背景にビジョンが走ったりする、マンガみたいな動きをなさる領主様ですこと)
そんな領主様の横では、ギルくんやお供の護衛騎士様たちも、差し出されたおイモとお汁を口にして涙目を浮かべて大騒ぎしていたわ。
「いも餅、最強です!お汁も、身体に染みる!」
「ギ、ギルバート様、ポテトチップスも凄かったですが、このモチモチした温かいやつはさらに美味すぎます!これが毎日食べられるなら、俺、一生この村の警備でも……」
ギルくんが深く深く噛み締め、若い騎士様が普段の騎士の規律をすっかり忘れてハグハグとおイモを詰め込んでいるわ。まぁ、泥だらけの顔をして、若い人は可愛いわ。おばあちゃん、作った甲斐があったというものよ。
「エドワード様、お代わりはたくさんありますからゆっくりお食べください。差し入れを喜んでくださって何よりですが、こんな領地の端っこまで直談判に来てくださるなんて、ご公務はよろしいんですの?」
私が淹れたての熱い緑茶を差し出しながら、お茶目な口調でちくりと微笑むと、エドワード様はおイモの美味さと、おばあちゃん特有の「すべてを見透かしたような優しい正論」に、器を持ったままフリーズしちゃっていたわ。
優秀な領主としての政治的な囲い込み交渉のはずが、お家に来た瞬間、おばあちゃんのご馳走で完全に骨抜きになっちゃったエドワード様。
私の自慢の縁側で、エリート騎士が畑を耕し、偉大な領主様が柱にしがみついておイモを頬張るという、とっても賑やかで平和な午後が、こうして更けていきました。




