第二十話 おばあちゃん製のお弁当とお茶
「ギルバート様、村に駐留してくださるのはとても心強いですが……辺境伯様へのご報告はどうなさるつもりですの?」
「はっ!確かに、アルベルト様からのご依頼の件、そして夕べの『非常事態』を含め、一刻も早くエドワード様へ報告書を届けねばなりません」
私の問いかけに、ギルバートくんはハッと背筋を伸ばしたわ。
「……よし、お前たち二騎、今すぐ馬を飛ばして居城へ戻り、この報告書を届けてくれ!」
「ハッ!」
優秀な二騎の部下たちがすぐに出発の準備を始めたのを見て、私は急いでキッチンへと向かったわ。おばあちゃんからすれば、これから長旅に出る若い子たちを、空腹のまま送り出すなんて絶対に許せませんもの。
「これを持っていってください。旅の道中お腹がすくでしょうし、領主様へのお土産にもひとつ」
私が二人に手渡したのは、大きなお弁当箱……ではなく、この世界にある木製の大ぶりの容器。その中には、何日経っても傷まず、それどころか美味しさも食感も変わらないように工夫した、おばあちゃん特製料理――前世の日本で大人気だった『ポテトチップス』がぎっしり詰まっているわ!
「それから、これもお城へのお土産に持っていってくださいな。お城に着いたらお湯を沸かして、この葉っぱを器に入れてお湯を注いで飲んでくさいませ」
そう言って、私は丁寧に乾燥させて揉み込んだ特製の『緑茶の茶葉』を詰めた小さな布袋を差し出したの。これなら何日経っても劣化しないし、お城でいつでも淹れたての最高の香りが楽しめるわ。
「あ、ありがたき幸せにございます、シャルロット様……!」
二騎の騎士たちは、まるでお国の大事な宝物でも預かるかのように恭しくそれらを受け取ると、名産品としてのサンプル用の生ジャパイモの麻袋も馬の鞍に括り付け、領主の城へと駆け去っていったわ。
「ふふ、道中お気をつけてくださいね」
私は縁側からひらひらと手を振り、残ったギルバートくんたち三騎の頼もしい警備姿を眺めながら、のんびりとお茶を啜ったの。
◇◇◇
――それから数日後。エドワード辺境伯の居城、その執務室。
「……なるほど。アルベルトの妹、シャルロット嬢はエデン村で極めて安全にのんびりと暮らしている、か」
机に広げられたギルバートからの報告書を読み終え、美しい金髪を揺らした若きエドワード辺境伯は、ふむと顎に手を当てた。報告書には「村に到着する前日に遭遇した不穏な動き」についての記述もあったが、最後は「村自体は何の被害もなく至極平穏であり、公爵令嬢は至高の美味と共に平穏に暮らしております」と結ばれていた。
「しかし、同行した使者が土産に持ち帰った、この『ジャパイモ』とやらを使った料理……。数日経っているというのに、本当に食べられるのか?」
そう呟きながら、机の上にある飾り気のない木製の容器を開く。
「フム、あまり派手じゃない料理だな。……それと、この緑の葉にお湯を注いだものが、報告書にある『リョクチャ』という飲み物か」
エドワードは、騎士たちが指示通りに温かいお湯を注いで淹れた、鮮やかな緑色のスープを少し物足りなさそうに眺めた。王宮や大貴族の晩餐会に出てくるような豪華な宮廷料理に比べれば、薄く揚げられただけの黄色い木っ端のような塊は、いかにも素朴で田舎じみたものに見えたのだ。
「まぁ、ギルバートがそこまで言うのだ。一口、試してみるか……」
エドワードは優雅に指先でお芋を一枚つまむと、数日前に作られたというそのお芋をパクリと口に運び、続けて温かい緑茶を一口、喉へと流し込んだ。
パリッ、サクゥ……。ズズッ……。
「っ、グハ……ッ!?」
その瞬間、エドワードの端正な顔が劇的に強張った。
脳を直接殴られたかのような味覚の暴風雨に膝の力が一瞬で抜け、身体が大きく尋常ではないほどよろめいたのだ。
(な、なんだこの新食感は……!?数日経っているというのに、湿気るどころか驚くほど軽やかにパリパリと弾ける!、噛むほどに溢れ出すジャパイモの濃厚な旨味と絶妙な塩気、一切の無駄がない完璧な味の調和……!そしてこの、温かい緑のスープを口に含んだ瞬間、口内が信じられないほど爽やかにリセットされ、また次の一枚を求めてしまう……!これは、悪魔の料理か!?)
「エ、エドワード様!? 大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄ろうとする側近たちを、エドワードは片手で制した。けれど、その身体はまだ完全にフラついており、すぐ横にあった大きな書類棚に、ガシッと片手を突いてどうにかその巨体を支えている状態だった。
棚の手すりをギリッと握り締め、荒い息を吐きながら、エドワードはギラギラと輝く飢えた肉食獣のような目を部下たちに向けた。優秀な領主としての政治的脳細胞が、この「数日経っても劣化しない驚異の美味と、乾燥状態で流通可能な画期的な茶葉」に刺激されて高速で回転し始める。
「おい、お前たち……!今すぐ、他国のローゼンバーグ家と我が領に繋がっているマルク商会の動向を……いや違う、今すぐ私の旅装の準備をせよ!」
「は、ははっ!?一体何を……!?」
「決まっているだろう!これほどの至高の財産(ジャパイモとお茶)が、我が領の端に眠っているのだぞ!数日経っても一切腐らず、それどころかこの美味を保ち、茶葉の状態でいくらでも持ち運べるなど、保存食としても計り知れない価値がある!もし王都の不届き者や他国にこれほどの利権を先に独占されたら、我が領の、いや我が国の歴史的大損失だ!あの村へアルベルトの国の商人が来ているのなら、いかにしてこの美味い名産品を、我が領内にも平和的に、かつ最優先で回してもらえるか、直接交渉しなければならん。アルベルトから託された『妹の監視』という大義名分もある。私が直々にエデン村へ赴き、シャルロット嬢とマルク商会に直談判して囲い込んでみせる!」
「は、はいっっ!!」
領主のあまりの熱量と抜け目のない政治的決意に、執務室の騎士たちは雷に打たれたように直立不動で敬礼し、部屋を飛び出していった。
エデン村ののどかな縁側でおばあちゃんが「お隣の国でも流行らせたいですわねぇ」なんて微笑んでいるまさにその頃。お隣の国の優秀な領主様は、ポテトチップスと淹れたての緑茶のおいしさと有益さに気が付き、公務を後回しにして自ら村へと強行軍で駆けつけるための出立指令を下すのだった。




