第十六話 闇夜の激走、追撃の爪牙
「走れ! 馬を止めるな! 開拓村はもうすぐのはずだ!」
漆黒の闇に包まれた夜の街道を、激しい蹄の音を響かせながら、我ら五騎の軍馬が火花を散らすように疾走していた。
手綱を握る私の両手は、冷や汗と緊張で酷く強張っている。
私、ギルバートは、辺境領を治める高潔にして優秀なエドワード辺境伯様の直属の騎士であり、今回はその『お使い』として、領地の端にあるエデン村へ派遣された身だ。
辺境伯様の元へ、学生時代からの数無き旧友であるアルベルト公子から一通の公文書が届いたのは数日前のこと。『我が公爵家の娘シャルロットがそなたの領の端にある村へ向かった。一族の面目に関わる事態ゆえ、そちらで厳重に保護し、その動向を監視してほしい』という依頼だった。
あの完璧を絵に描いたような次期公爵が、わざわざ直々にそんな依頼をしてくるなど前代未聞だ。主君である辺境伯様も「あの冷徹なアルベルトが動くとは、王都の婚約破棄の裏で、国家を揺るがすような恐るべき政治的陰謀が動いているに違いない」と判断され、我ら精鋭の騎士五人を極秘の重要任務としてこの地へ送り出したのだが――まさか、目的地を目の前にして、これほど最悪な事態に巻き込まれるとは夢にも思わなかった。
ギギィィィッ! ギャァァァア!
背後の闇から、鼓膜をキリキリと引き裂くような、醜悪で耳障りな咆哮が幾重にも重なって押し寄せてくる。
「ギルバート様! 後方の奴ら、さらに距離を詰めてきます! この数、ただの野良の群れではありません!」
「ああ、分かっている! 統率されている……『将軍』級の上位種が裏にいるぞ!」
振り返る余裕すらなかったが、風に乗って届く凄まじい「鉄の錆びた匂い」と血生臭い悪意の圧迫感だけで、背後にいるゴブリンの集団が尋常ではない規模であることは痛いほど理解できた。
通常、知能の低いゴブリンどもは夜間にこれほど組織的な追撃は行わない。だが、今我々を追い詰めているのは、闇に紛れて一糸乱れぬ隊列を組み、獲物の退路を完璧に断とうと動く、文字通りの『魔物の軍勢』だった。
闇を切り裂いて放たれた、数本の粗悪な矢が私の頬をかすめていく。
「くっ……!」
馬の腹を蹴り、速度を限界まで上げさせるが、森の奥の細い街道だ。これ以上馬に無理をさせれば、いずれ足を滑らせて転倒し、その瞬間に背後の緑の濁流に貪り尽くされるだろう。
辺境伯様の使者として、ここで無様に果てるわけにはいかない。ましてや、この先にある開拓村には、両国の重大な政治的鍵を握っているかもしれない、ローゼンバーグ家のお嬢様がいるのだ。もし、この統率された魔物の軍勢が我々を食い殺した後、そのまま無防備な村へ雪崩れ込んだとしたら――。
(村を護衛する平民や、渦中のお嬢様など、一瞬で蹂躙されてしまう……! 何としても、私がここで食い止めなければ……!)
「四人とも、剣を抜く準備をしろ! 次の開けた場所で馬を反転させ、迎え撃つ!」
「「「「はっ!!」」」」
心臓が破裂しそうなほどの焦燥感と、逃れられぬ死の予感に全身の血が沸騰する。
じわじわと包囲網を縮めてくるゴブリンどもの無数の赤い眼光が、すぐ背後まで迫っていた。絶望的な夜の森の闇の中で、我ら五人の騎士は、迫り来る決戦の瞬間に向けて、ただ必死に武器の柄へと手を伸ばすのだった。




