第十五話 孫たちの安眠を守るために夜回ります
のどかな隠居生活が本格的に始まったというのに、昼間にロイくんやハンスくんが森の境界線で難しい顔をして話し合っていたあの「不穏な気配」は、お日様が沈んで夜の闇が深まるにつれて、じわじわと濃くなっていくのが分かったわ。
風に乗ってかすかに届く、鉄の錆びた嫌な匂いと、泥臭い悪意。一回目の人生で戦場を渡り歩いてきた私の勘が、静かに告げていたのよ。「あらまあ。これは、ちょっとお行儀の悪いお邪魔虫たちが、群れをなしてこの村を囲もうとしていますわねぇ」と。
「よし、みんな! 夜間の見回りは2人一組で2時間交代だ! りりィはシャルロット様を護衛してくれ。シャルロット様に万が一のことがないよう!」
新しく完成した土間で、リーダーのロイくんが拳を握りしめて、男の子たちにキリッとした顔で命じていたわ。ガイルくんも無言で深く頷いているし、カインくんも双剣を磨いて張り切っている。ハンスくんは罠の最終確認に余念がないわね。
みんな、私のためにそこまで一生懸命になってくれて、本当に健気で可愛い男の子たちだこと。
だけどね、精神年齢132歳のおばあちゃんからすれば、20歳前後の若い子たちが、そんな物騒な悪意の塊を相手に、夜通し張り詰めて怪我でもしたら大変ですもの。若い子は夜にたくさん寝て、お日様の光を浴びて大きくなるのがお仕事よ。
「皆さん、夜間の見回りへ行く前に、ちょっとこれでも飲んで落ち着いてくださいね」
私はお気に入りのエプロンをパッパと払いながら、木製のお盆に人数分の湯呑みを乗せて、男の子たちの前にすっと差し出したの。
「あ、シャルロット様。ありがとうございます! ……おや、これはいつもの緑茶じゃないですね?」
ロイくんが不思議そうに湯呑みを覗き込んだわ。
「ええ、これはね、村の裏手で見つけたヨモギに似た野草の葉を、ちょっぴりブレンドしたお茶なのですわ。体にとっても良くて、芯から温まるから、夜風に当たる前に全員で一滴残さず飲み干してちょうだいね」
「わあ、嬉しいな! シャルロット様特製のお茶なら、なんだか力がみなぎってきそう!」
カインくんが真っ先に喉を鳴らしてゴクゴクと飲み干したわ。
「……ん。美味い。落ち着く」とガイルくんも大きな手で湯呑みを干し、ハンスくんも「……うん、なんだか頭がすっきりするような、不思議な香りがするかな」と、純粋に美味しそうに啜ってくれたわ。ロイくんも全員が飲み干したのを確認して、ペコリと頭を下げてくれたの。
「これで夜通しの警備もバッチリです! シャルロット様、僕たちに任せて安心して寝室でお休みください!」
「ええ、警備はお任せします。おやすみなさい」
私はお上品に微笑んで、自分の寝室へと引き下がったわ。
……それから、わずか数分後のことよ。
引き戸の隙間から土間の様子をそっと覗いてみれば、さっきまで「一歩も引かないぞ!」なんて息巻いていたロイくんたちが、全員、信じられないくらい幸せそうな顔をして、土間の長椅子や床に敷いた毛布の上で「すー……すー……」と気持ちよさそうに爆睡していたわ。
無口なガイルくんに至っては、「……ん……お芋……」なんて寝言まで言っちゃって、本当に可愛い子たちなんだから。おばあちゃん特製の、安眠ハーブ入り緑茶の効き目は、132年の知恵袋が保証する極上の逸品よ。これなら明日の朝まで、大砲をぶち込んでも絶対に起きやしないわ。
「さあ、可愛い子たちがぐっすり寝息を立てている間に、ちょっと夜風に当たりがてら、森のお掃除をしてきましょうかねぇ」
私は懐から、いつものお気に入りの手鏡をすっと取り出したわ。
鏡面に映る自分の肉体は16歳のお嬢様。けれど、その奥にある瞳は、お茶目なおばあちゃんの輝きを消し去り、かつてフランスの夜を支配した「暗殺の天使」としての、冷徹で絶対的な輝きを取り戻していたの。
可愛い子たちを、あんな血生臭い悪意に一歩でも近づかせるわけにはいきませんもの。
私は足音を完全に消し(これは元暗殺者のクセね、うふふ)、眠っているロイくんたちの頭を優しく撫でてあげるように通り過ぎると、音もなく引き戸を開けて、漆黒の闇に包まれた夜の森へと、一人静かに滑り込んでいく。




