第十四話:厄介な不穏の足音ですわ
「あぁ……。やっぱり、自分で建てた縁側で啜るお茶は、格別な美味しさですわねぇ」
マイホームが完成してからというもの、私の隠居生活はとっても充実しておりましたの。天気の良い日は南向きの縁側に腰掛けて、さらさらと流れる小川の音を聞きながら、淹れたての緑茶をズズッと啜る。日本の実家で過ごしたあの平穏な日々が、そのままここへ引っ越してきたようで、本当に幸せですこと。
ですが、そんな喉かな平穏にね、ほんの少しだけ冷たい風が混ざり始めたのは、お家ができて数日後のこと。
「おい、ハンス。そっちの警戒網の罠、不自然に壊されてる形跡はないか?」
「……うん、ロイ。やっぱり、この二日ほどで森の奥の気配が急激に変わっているかな。気のせいだといいんだけど、村の境界線のハーブが、何かに踏み荒らされたみたいに黒く枯れているんだ……」
交易所から戻る道すがら、庭先で『鉄壁の四重奏』のロイくんとハンスくんが、険しい顔をして話し合っているのが見えたの。カインくんもいつものお調子者な笑顔を引っ込めて、双剣の柄を握り直しているし、無口なガイルくんも「……ん」と短く唸って、森のほうをじっと睨みつけているわ。
「あらあら。皆さん、そんなに眉間にシワを寄せて、一体どうされたの?」
私が盆皿にお茶を乗せて近づくと、リーダーのロイくんが、ハッとして私を安心させるように無理に笑顔を作ったわ。
「あ、シャルロット様。いえ、何でもありませんよ! ただ、マルクさんたちが王都へ発つ前に、俺たちで村の周りの魔物を一掃しておこうと思いまして。……最近、少しだけ、森の奥の空気が変なんです」
「空気、ですの?」
「ええ。普通の魔物なら、村の結界ハーブの匂いを嫌って近づかないはずなんですが……それを無視して、何か大きな、そして統率された『意志』のようなものが、じわじわとこの村を取り囲むように近づいている気がするんです。でも、俺たちがしっかり警備しますから、シャルロット様は家の中で安心していてくださいね!」
「まぁ、頼もしい。警備、頑張ってください。ここにお茶を置いておきますね」
私はにっこりと微笑んで、いつものお上品な歩調でお家へと引き返したわ。
だけどね。お家に入って扉を閉めた瞬間、私はエプロンをパッパと払いながら、お茶目なお嬢様の仮面の裏で、元暗殺者としての「冷徹な目」を静かに細めたわ。
(男の子たちが気づくほどの違和感ですもの。……これは、ただの野良の魔物の仕業ではありませんわね)
私の鼻腔をね、窓から吹き込む新緑の匂いに混じって、わずかに「鉄の錆びた匂い」と、異様な「腐臭」がかすめたの。それは一回目の人生――狂ったフランスの暗殺者時代に、何度も戦場で嗅いできた、悪意を孕んだ軍勢のもの。
(せっかく手に入れた私の愛おしい縁側ライフを邪魔されるとなると、とても厄介だわ)
まだトントンカンカンとお家の木の匂いが残る、出来上がったばかりの我が家を見渡す。もし、この美しくて静かな山間の村に、そして私の大切な人たちに、あの血生臭い悪意を向けようとする不届き者がいるのなら……。
私は懐から、いつものお気に入りの手鏡をすっと取り出して、その鏡面に映る自分の冷え切ったつり目を、ふぅと息を吹きかけて隠したわ。
外では、ロイくんたちが「よし、夜間の見回りのシフトを厳重にするぞ!」と声を張り上げているわね。
さあ、可愛い孫たちを危険な目に遭わせるわけにはいきませんもの。今夜あたり、森の奥のお掃除でもしてきましょう。




