第十四話 帰還地、エデン村 (第六部 完)
辻馬車に揺られ、のどかな風に吹かれながら、ガルバたちはエデン村へと到着した。
馬車を降りた瞬間、目の前に広がる地平線の彼方まで続くかのような大農園の圧倒的なスケールと、見たこともない最先端の『輪作』の光景に、ゴライアス、セリア、リネット、ジークの4人は驚きを隠せず、ただ息をのんで言葉を失っていた。
「すげえな……。こんな場所が、本当にあったんだな……」
ゴライアスがぽつりと漏らす。かつて右腕が動かず、絶望の中でこの村を目指したガルバは、今度は大切な仲間たち全員を連れて、誇らしげに先頭を歩いていく。
ガルバの案内で小川のせせらぎが聞こえる西の端へと向かうと、ぽつんと立つ、あの風変わりで質素な木造の住宅が見えてきた。
そこには、やはりシャルロット様がいた。彼女は家の中から外の庭へ向かって細長く伸びた、屋根付きの不思議な木製の床に腰を下ろし、いつものように温かいお茶をすすっていた。
ガルバを先頭にした『スチール・ファング(鋼の牙)』の五人の姿が庭に現れたその瞬間、シャルロット様は器をそっと置き、目を細めた。17歳くらいの絶世の美少女であるはずの彼女が、その時ばかりは、まるで愛しい孫の元気な姿を見るような、深く優しい目を五人に向けたのだ。
「お帰りなさい」
ただそれだけの一言が、過酷な死線を潜り抜け、お互いを想い合って傷つき合ってきた彼らの心を、この上ない安心感で満たしていった。
「シャルロット様……!」
ゴライアスを筆頭に、メンバー全員がシャルロット様の前に並び、泥に汚れた膝をつくことも厭わず、深く深く頭を下げて心からの感謝を述べた。
「ガルバを……俺たちの、かけがえのないエースを救っていただき、本当にありがとうございました……!」
しかし、シャルロット様は穏やかに微笑み、その感謝をガルバ自身へと返すように優しく首を振った。
「私は何もしていませんよ。ただ、道を示しただけです。気の遠くなるような、あなた自身の泥臭い努力が必要となります、と……。それを信じて、本当に血の滲むような努力をして回復したのは、ガルバさん自身ですよ」
その高潔な言葉に、仲間たちは改めてシャルロット様の器の大きさに圧倒され、同時にガルバのこれまでの壮絶な頑張りを想って胸を熱くするのだった。
だが、ゴライアスにはどうしても、あの戦場で自分たちの命を繋いでくれた、あまりにも強力だった最上級ポーションの価値が頭から離れなかった。彼は懐の財布を握りしめながら、必死に食い下がる。
「で、では……せめて、あのお借りした高級ポーションの代金だけでも教えてください! これ以上、お返しもせずに甘えるわけにはいきません!」
大枚を叩いて高級ポーションの借金に苦しんできたゴライアスの必死の訴えに対し、シャルロット様は静かに首を振った。
「いりません。必要とする人の役に立てば、それでいいのです……。『知足安分』というのでしたかしら?」
自分の持てるものに満足し、見返りなど求めない。その絶対的な器の大きさと高潔な教えに、ゴライアスたちは言葉を失い、ただただ深く、もう一度頭を下げることしかできなかった。ガルバはそんなシャルロット様の優しさに胸を熱くしながら、守るべき仲間たちが今ここに揃っている幸福を、静かに噛みしめていた。
すると、シャルロット様がふと穏やかな空を見上げ、呟いた。
「もうすぐお昼ですね」
その言葉を合図にするように、それまで庭の片隅で静かに野良仕事をこなしていた騎士隊長のギルバートをはじめとする護衛騎士たちが、一斉に顔を上げて心地よい汗を拭った。
同時に、質素な木造家屋の引き戸がガラリと開き、家の中からパタパタと軽快な足音が響いてくる。
「はーい! お昼ご飯の準備、ばっちりできてるよー!」
飛び出してきたのは、アイリスだ。今はパステル・コテージのメイド服ではなく、動きやすい軽やかな私服姿の彼女は、お盆の上に出来立ての温かい料理を山ほど乗せて、まぶしい笑顔を振りまいている。
「今日はおばあちゃんと一緒に、腕によりをかけて作ったんだから! はい、特製のスイートポテトだよ!」
アイリスが誇らしげに掲げた器からは、甘く香ばしい香りがふわりと立ち上り、庭の澄んだ空気を満たしていった。大農園で採れた最高のジャパイモを、極上の甘味へと仕立て上げた、エデン村ならではのご馳走だ。
「す、スイートポテト……?」
見たこともない黄色くツヤツヤとした美味しそうな料理を前に、お腹を空かせていたリネットとセリアの目が、一瞬でキラキラと輝き出した。ゴライアスもジークも、その鼻をくくるとんでもない香りに、思わずゴクリと喉を鳴らす。
「ふふ、さあ、皆さん遠慮せずにこの床に腰をかけて。温かいうちにお茶と一緒にいただきましょう」
シャルロット様が優しく微笑みながらお茶を淹れ直す。
かつて右腕が動かず、絶望の中で一人きり土下座をしていたガルバ。そんな彼が泥水をすすりながら掴み取った『今』が、ここにあった。
自分が命を懸けて救い出した大好きな仲間たちと、自分を暗闇から救い出してくれた最愛の恩人たちが、一つの縁側を囲んで笑い合っている。
「ゴライアス、セリア、リネット、ジーク。……みんな、たくさん食べてくれよ。ここが俺の、自慢の場所なんだ」
ガルバは完全復活を果たした右腕で温かいお茶の器を持ち、かつてのエースらしい、最高に快活で泥臭い笑顔を仲間に向けた。
穏やかな昼下がりの光が、エデン村の小さな縁側と、ようやく一つに重なり合った彼らの未来を、どこまでも温かく照らし出しているのだった。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
本日の更新をもちまして、第2章、第六部が完結いたしました。
ちなみに、作者の脳内を流れる今回のエンディングBGMは、ゆず 『栄光の架橋 』です。
ガルバの諦めない泥臭い挑戦に、ぴったりな応援歌だと思っています。読者の皆様の心にも、彼のやり遂げた一歩が熱く響いていれば幸いです。
さて、明日からは第2章、第七部へと突入します。
第七部では前世の知識チートで先物取引をする柳瀬進太郎の物語が始まります。エデン村に、今度はどんな波乱が舞い込むのか……どうぞお楽しみに。
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