第十三話 再起の刃、繋がる絆
「セリア、行けるか!?」
両眼を潰され、狂ったように巨体をのたうち回らせる魔獣の咆哮の中、ガルバは後方へ向かって鋭く声を張り上げた。
「だ、大丈夫……っ」
セリアの返ってきた声は、今にも消え入りそうなほどに弱々しかった。
彼女はただ恐怖で座り込んでいたわけではなかった。魔獣の放った強烈な一撃を頭部に直接受けてしまい、意識が激しく朦朧としていたのだ。愛用のマジックハットの隙間から、一筋の鮮血が彼女の青ざめた頬へと痛々しく流れ落ちている。
だが、死地の中に響いたガルバの力強い声が、彼女の意識の底に眠る魔力を叩き起こした。
彼女の意志に応えるように、杖の先端にはめ込まれた魔石がキィィンと甲高い音を立てて明滅する。周囲の空気から引き絞られた無数の青白い火花が、バチバチと音を立てて魔石へと吸い込まれ、雷光の球へと膨れ上がっていく。セリアは残されたすべての力を振り絞って叫んだ。
「――『ライトニングショット』!!」
杖の先から放たれた眩い雷球の弾丸が、視界を失って防備の薄くなった魔獣の胸元へと真っ直ぐに突き刺さる。
凄まじい爆音と共に激しい電撃が炸裂し、魔獣の巨体が大きく痙攣してのけぞった。肉の焦げる凄惨な臭いと紫電が撒き散らされ、完全にその動きが止まる。
絶好の、そして最高のトドメのチャンスが、そこに生まれた。
ガルバは魔獣の致命的な隙を瞬時に捉えた。岩肌のような分厚い皮膚の隙間――のど元に出来た、わずかな空間。
「おおおぉぉあぁーーーッ!!」
大気が震えるほどの咆哮。ガルバは爆発的に地を蹴り、全ての体重と闘志を乗せて、大剣を真っ直ぐに突き出した。
ズブシュゥゥッ!!!
凄まじい肉肉しい音を立てて、ガルバの大剣が魔獣ののど元の空間へと深く、深く突き刺さる。
巨獣は一際大きく震え、やがて轟音を立ててその場に崩れ落ちた。もはや、指先一つピクリとも動かない。完全な討伐だった。
◇
鉱山跡地に、不気味な静寂が戻る。
大剣を引き抜いたガルバは、激しい息を吐きながら、ゆっくりと背後を振り返った。
そこには、ボロボロになりながらも、呆然と涙を流して自分を見つめるゴライアスたちの姿があった。
ガルバは何も言わず、すぐに背嚢から美しい木箱を取り出した。中には、シャルロットから旅の選別として預かった、最上級の高級ポーションが並んでいる。
ガルバはそれを手に取ると、一人一人の傷口へと惜しみなくかけて回った。その効果は絶大だった。リネットの太ももから流れていた血は一瞬で止まって傷口が塞がり、頭から血を流していたセリアの瞳にも、みるみるうちにハッキリとした光が戻っていく。
全員の命が繋がった安堵の中、ガルバは空になったボトルを見つめ、(とんでもないな……)とその異次元の効果に内心で驚愕していた。
だが、静寂を破ったのは、リーダーの驚愕の叫びだった。
「ガルバ、お前……復活したのか!?」
目の前で起きている現実がまったく訳が分からないゴライアスは、混乱と衝撃のあまり声を震わせていた。他のメンバーも、きょとんとしたまま動かない。世界の常識では、魔法やポーションで治らなかった麻痺が、後から治るなど有り得ないことだからだ。
しかし、セリアだけは違った。
彼女は、ガルバの近くへ、生まれたての小鹿のように足元を震わせながら歩み寄ってきた。
セリアは、自分のせいでガルバの右腕が再起不能になってしまったのだと、この数ヶ月間ずっと自分を責め続け、魂を引き裂かれるような罪悪感に苦しんできたのだ。
「あ……、あ……」
言葉にならない声を漏らしながら、セリアは恐る恐る、ガルバの右腕にそっと両手で触れた。
傷跡一つない皮膚。その奥にある、数ヶ月前には氷のように冷たくて動かなかったはずの、生きた温もり。そして、確かに力強く躍動している筋肉の感触。
それが気のせいではないと確信した瞬間、セリアの胸の奥で、張り詰めていた絶望の糸が完全に千切れた。大粒の涙が、セリアの瞳から溢れ出す。
「う、うあああああぁぁぁ……っ!! ガルバ、ガルバぁぁ……っ!!」
セリアはその場に崩れ落ち、ガルバの右腕を抱きしめたまま、子供のように声を上げて激しく泣き崩れた。
世界が突きつけた冷酷な常識を、血の滲むような泥臭い努力でひっくり返した、ガルバの右腕。
その力強い右腕が、今度こそ本当に、崩壊しかけていた『スチール・ファング(鋼の牙)』のすべてを、救い上げた瞬間だった。




