第十話 トントンカンカン我が家作り、縁側がなきゃ始まりませんわ!
「ほら、ここなら最高の日当たりですわ。」
お兄様を王都へお丸投げ……いえ、実権掌握の旅へと送り出し、厄介事をきれいに片付けた私は、さっそく理想の隠居先となるマイホームの建築に取りかかっていたの。
場所はね、お散歩のときに見つけておいた、あの冷たくて透き通った小川のすぐ近くの空き地。
せせらぎの音が耳に心地よくて、南側には遮るものが何もない絶好のロケーションよ。
ここに日本の懐かしい平屋を建てて、日当たりの良い大きな縁側を作るの。マルクさんからもらったあの見事な緑茶を急須で淹れて、お庭を眺めながら啜るには、これ以上ない特等席だわ。
「よし! マルクさんの商隊が王都へ引き返すまで、俺たちが村の警備の合間に全力で手伝うからな! シャルロット様、このロイにお任せください!」
「……ん。力仕事、任せろ」
嬉しいことに、マルクさんやリリィちゃんたちが王都へ帰るまでにはまだ少し時間があるの。それまでの間、村の警備が主な仕事になっている『鉄壁の四重奏』の男の子たちが、ボランティアで大工仕事を買って出てくれたのよ。
リーダーのロイくんがテキパキと指示を出し、筋肉モモリモリのガイルくんが「……ぬんっ!」と物凄い力で巨大な丸太を一人で運んでいくわ。気の優しくて力持ちなガイルくん、本当に頼りになるわねぇ。
だけどね、土台を固定する石積みの作業に入ったとき、男の子たちが重い石をただ積み上げようとしてグラグラ揺れて苦戦していたの。
「おい、これじゃあちょっと押しただけで崩れちゃうだろ」
「そ、そうだな……何か強固な接着方法でもあればいいんだが……」
なんて困っていたから、私、前世の日本の主婦時代に、DIYで庭のレンガ花壇を作ったときの知恵袋を思い出したわ。
「あらあら、皆さん。そんなときはね、石同士をカチッとくっつける接着剤――『モルタル』を作るといいのよ」
「モルタル……? ですか? 魔法じゃなくて?」
ロイくんがポカンとした顔をしたけれど、私は「ちょっと材料を調達してきますわね」と言って、リリィちゃんを連れてマルクさんの交易所へと向かったの。
交易所へ着くと、マルクさんは次の商売の準備で忙しそうに棚を整理していたわ。
「あら、マルクさん。お忙しいところごめんなさいね。こちらの交易所を建てたときの余りで、建材用の『石灰岩の粉』と、細かくて綺麗な『川砂』ってどこかに残っていませんか?」
「えっ? 石灰岩の粉と川砂ですか? ……ええ、この交易所の外壁を白く綺麗に仕上げるために、漆喰の材料として王都から持ち込んだものが、使い切れずに裏の倉庫の隅に余っていますよ。壁の左官仕事が終わってからは処分に困って放置していたものですが……シャルロット様、そんな泥臭い物を一体何に使うのですか?」
マルクさんは不思議そうに首を傾げたけれど、おばあちゃんの知恵袋にかかれば、壁塗りの余り物の粉と砂だって魔法の接着建材に早変わりよ。
「ふふ、これがあると、男の子たちの作業がとっても捗るようになるのよ。マルクさん、これをお譲りさせてちょうだいな」
「いえいえ! 処分する予定の余り物ですから、いくらでも持っていってください!」
快く引き受けてくれたマルクさんから材料を受け取り(もちろん重い袋はガイルくんとロイくんに運んでもらったわ)、私は手際よく地面に掘った穴で、スコップを使って材料にお水を混ぜ合わせ、モルタルを練り上げて見せたの。
絶妙な粘り気が出るまで、お水を少しずつ足していくのがおばあちゃんのコツよ。
「……ん。これ、重い。でも、石に塗ると、吸い付くように安定する」
無口なガイルくんが、私の作ったモルタルを器用に石の間に塗って、次の石をドンと置いたわ。
その瞬間、石積みの安定感が段違いに上がったのを見て、男の子たちの目の色が変わったのよ!
「すっげえ! 魔法の魔力消費を気にしないで、いくらでも頑丈な土台が作れるじゃないか! ほらほらガイル、どんどん石を持ってきて! 僕ちゃんがこれを塗りまくってあげるから!」
「おいカイン、はしゃぐなって。でもこれなら、作業効率が何倍にも……!」
モルタルのおかげで土台作りが爆発的なスピードで進み、男の子たちは「これ、城壁の補修とかにも使えるんじゃ……」って大興奮。
「シャルロット様、私たちも負けていられませんね! おがくず集めとお水汲み、私がお供します!」
「ふふ、ありがとうね、リリィちゃん。じゃあ、私たちはそっちの軽い木材の面取りでもしましょうかねぇ」
見た目は16歳の華奢な公爵令嬢である私とリリィちゃんも、一緒になって汗を流したわ。
リリィちゃんが恋バナをしながら一生懸命にお手伝いしてくれる姿は、見ていて本当に「若いわねぇ」と微笑ましくなっちゃう。
男の子たちの素晴らしいチームワークのおかげで、家の骨組みはあっという間に形になっていくけれど、やはりそこは建築の素人集団。トントンカンカンと勢いよく柱を立てていくのはいいけれど、手元が狂って、屋根を支える大きな梁がガクンと派手に傾いてしまったの。
「うわっ、危ねえ! 落ちるぞ――」
ロイくんが悲鳴を上げたとき、その真下にいたハンスくんは完全に反応が遅れていたわ。普通なら直撃して大惨事になるところよ。
(やれやれ、仕方のない男の子たちですこと……)
私はお上品にため息をひとつつくと、彼らがパニックで目を瞑ったり、上を見上げて誰も私を見ていない『一瞬の隙』に、トッと地面を蹴ったの。
前世の記憶が自分の体力がもつかを一瞬心配したけれど――私の細い手首と体幹は、無意識に前前世に、城壁から降ってきた鉄格子の罠を素手で弾き飛ばしたときの足捌きを完璧に再現していたわ。
ロングスカートを美しく翻して音もなく跳躍すると、ハンスくんの背後から、頭上に落ちてくるその巨木を片手で受け止める。そのまま、かつて体に叩き込んだ暗殺の勁力を使い、トントン、と指先で軽く突くだけで、寸分の狂いもなく元の正しい位置へと戻したわ。
ここまでの所要時間、わずか一秒足らず。
男の子たちが恐る恐る目をあけると、そこには、何事もなかったかのように微笑んで佇む私と、なぜか完璧な位置に固定されている大きな梁があったわ。
「うわっ、危ねえ!……あれ? 梁が勝手に元の位置に戻ってる?」
パニックになりながら頭をひねるロイくんたちを横目に、私はいつの間にか元の場所へと戻り、必殺のおばあちゃんスマイルでエプロンをパッパと払ってみせたの。
「あらあら、危ういところね。日頃の行いが良いから、神様が助けてくれたのかしら」
お上品に煙に巻いておいたけれど、ハンスくんだけは、何やら一歩引いた目で私をじっと見て呟いていたわ。
頭をひねるロイくんたちの中で、ハンスくんだけは、一瞬だけ視界の端を通り過ぎた『お嬢様にあるまじき神速の残像』と、私がレンガを置くときに見せる精密すぎる手つきに、何かを察したようで……。
「……気のせいだといいんだけど。シャルロット様が教えてくれたあの泥、ただの砂と粉なのに、高価な接着魔法よりずっと乾燥が早くて強固な気がする……」
ハンスくんが何やら一歩引いた目で私をじっと見て呟いていたけれど、私は「私の実家の方の古くからの知恵ですわ」って、いつもの笑顔でお上品に煙に巻いておいたわ。
男の子たちの素晴らしいチームワークと、私のおばあちゃんの知恵(と、たまに誰も見ていない瞬間に発揮する元暗殺者の超人的な身体能力での微調整)のおかげで、家の骨組みはあっという間に形になっていく。
「ふふふ、とっても素敵ですこと!」
自分たちの手で少しずつ理想の我が家が出来上がっていくのを見るのは、本当にワクワクしちゃいますわね。
面倒な王都の陰謀はぜーんぶお兄様たちにお丸投げして、私はこののどかな山間の村で、みんなと笑い合いながらお家を建てていく。
あぁ、これぞまさに私が求めていた、極上のスローライフですわー!




